第168話 王都 旅立ち1
俺達4人を乗せた幌馬車は王都の近くまで来ていた。
「ユヅキさん、これからどっちに向かいますか」
「この先の街道を右に曲がると、共和国へ行けるそうだ。とりあえずは、そっちへ行こうか」
「その前に王都に行こうよ、ユヅキ」
「師匠、あたしも王都に行ってみたいです」
「でも私達、王都で捕まらないかしら」
アルヘナであれだけの騒ぎを引き起こしちまったからな、普通なら逮捕、監禁だな。だけどこの世界の情報伝達スピードは遅い。インターネットはおろか電話すらない。一番早くて手紙やデンデン貝の輸送だからな。
「アルヘナを出るとき、王都からアルヘナを調べに来てた役人達がいただろう。あの人達が王都に帰ってくるまで、俺達が捕まる事はないと思うぞ」
「ああ、あの優しい役人の人達ですね。訳も聞かずあたし達を通してくれた」
「俺はあの岩を斬った先に軍隊がいるんじゃないかとビビっていたんだが、3人だけで助かったよ」
「あたしも、岩を破壊したのを驚かれて、思わず顔を隠しちゃいました」
あの役人達が、本当の真実をしっかりと調査してくれたらいいんだけどな。
「じゃあ、明日ぐらいまでは王都にいられるじゃん。王都に行こうよ」
「そうだな。シルスさんにも会っておきたいしな」
東への進路はそのままに、俺達は王都へ行く事にした。王都の城壁は高く、アルヘナの城壁の3倍ぐらいあり城門も頑丈な木と鉄でできている。
「うっわ~、これはすごいわね」
「高っか~い」
カリンとチセは城門を眺め、あんぐりと口を開けている。
「うふふ。やっぱり初めて王都に来る人は、そうやって上を向くのね」
「えっ。私、変だった」
「俺も最初はそうだったからな」
「師匠もだったんですね、安心しました。えへへ」
チセは照れたように笑い、カリンは自分の魔法で壊せるかしらと、物騒な事を言っている。
「それにしてもこの城門、なんでこんなにも大きいのかしら」
「俺もシルスさんに聞いた話だが、大昔に巨人族と言う種族がいて、その人達が通れるようにこんな大きな門を作ったそうだぞ」
「えっ! 巨人族ですか、師匠。この世の中、あたしの知らない事がいっぱいですね~」
俺もそうだ。この世界にはドラゴンもいるし、マンモスもいる。巨人族は絶滅したらしいが、そんなのがいても不思議じゃないよな。
城門に到着すると門番さんは、普通に馬車の中を調べていく。いや、普通じゃなかったな。人族の俺を見ても驚かなかったが、さすがにドラゴンのキイエを見て驚いていた。使役魔獣の登録証書を見せると、納得してくれたようだ。
通行料はアルヘナより少し高かったが、それを支払うと門をすんなり通してくれる。やはりまだ俺達の事は伝わっていないようだな。捕まえる素振りは全くなかった。
「あそこに停留所があるな。そこに馬車を停めよう」
「キイエはどうするの?」
「そうだな、街中を連れて歩くと騒ぎになるな。悪いがこの馬車の中に居てもらって、時々見に来ようか」
キイエ用に作っておいたケージのような箱に入ってもらい、この馬車の中で待っていてもらおう。
「ごめんね、キイエ。後で美味しいお肉持ってきてあげるから、大人しくしててね」
「キーエ」
アイシャがなだめて水と餌を入れておくと、しっぽを丸め床に座って大人しくしてくれる。
俺はシルスさんに会いに行きたかったが、カリンとチセがそわそわしているし、まずは王都観光に行こうか。
「師匠、大きな噴水ですよ。どうやって水を噴き出してるんでしょうね」
「ユヅキ、ユヅキ。貝の中にお金がいっぱい入ってる。なに、あれ」
前に俺達が巡った観光名所を見て回る。カリン達はこんな場所は初めてで、はしゃぎ回っているな。ここは前世の古いヨーロッパの街並みに似ている。俺にとっては懐かしい風景だが、カリン達にとっては珍しい物ばかりだ。
「ユヅキさん、あそこに美味しそうなパンケーキのお店があるわ。ねえ、入ってみましょうよ」
アイシャも楽しそうだ。店の入り口で扉が勝手に開いて、カリンが飛び上がりそうになって驚いていたな。
この王都では甘い食べ物がおいしい。みんな満足してくれたようだ。
一通り王都を見て回った後、キイエのために新鮮で美味しそうな肉を買って馬車に戻った。俺達ばかりが楽しむのは不公平だしな。キイエは買ってきたお肉に目を細め、ムシャムシャと頬張っている。
さて、そろそろ陽も傾いてきた。シルスさんに会いに行くため、王都魔術師協会へ行こうか。
「うっわ~、大きな建物ね。5階まであるわよ」
「カリン、また口が開いてるぞ」
「あぐっ。そんなことないわよ」
俺は受付窓口でシルスさんの事を聞いてみる。
「すまない、魔道具部門のシルスさんに会いたいんだが」
「シルス様のお知り合いの方ですか? 失礼ですがお名前を」
「俺はユヅキという。シルスさんは魔道具の研究員をしているはずなんだが」
「はい。お忙しい方なので、お会いできるかどうか分かりませんが、そちらでお待ちください」
この受付の人は、シルスさんの事をよく知っているようだ。王都魔術師協会の職員は何百人もいるのに、シルスさんの名前を出したらすぐに対応してくれた。シルスさんはここでも頑張っているようだな。
「師匠。シルスさんってどんな方ですか?」
「そうかチセは初めて会うんだったな。シルスさんは、ここで魔道具の研究員をしていてな、ドライヤーの魔道具の開発者なんだぞ」
「へぇ~、あのドライヤーの。すごい人なんですね、会うのが楽しみです」
すると階段を走って降りてくるシルスさんが見えた。こちらの制服だろうか、膝までの紺のスカートに上品なブラウス、その上から白衣のような裾の長い上着を着ている。ローブ姿しか見てなかったから、こんな研究員っぽいのは新鮮だな。
「ユヅキさん、お久しぶりです。よく来てくれましたね。どうぞこちらへ」
息を切らして来てくれたシルスさんが笑顔で挨拶してくれる。久しぶりに会ったが元気そうで何よりだ。
シルスさんの案内で、応接室に入った。大きな部屋でふかふかのソファーが並ぶ。テーブルも調度品も豪勢な物ばかりだ。ここは貴族をもて成す応接室じゃないのか。
「ほんとによく来てくれました、ユヅキさん。私、嬉しいです」
「急に来てしまって、すまないな。仕事の方、忙しかったんじゃないのか?」
受付でも忙しくて、時間が取れないような事を言っていたしな。
「大丈夫ですよ、そんなの。私がアルヘナを出てから1年近くになりますね。ほんとにお久しぶりです」
「それとな、俺達結婚してな。アイシャとカリンだ」
「まあ、そうだったんですね。アイシャさんもお久しぶりです。こちらが新しい奥様ですね。シルスといいます。よろしくお願いしますね」
「あ、いえ。こちらこそ。ユ、ユヅキがお世話になってます。よろしくお願いします」
カリンの奴、柄にもなく緊張しているな。まあ、こういうのも可愛いものだ。
「それとこっちが、一緒に暮らしているチセだ」
「チセです。よろしくお願いします」
「まあ、あなたがチセさんですか! 魔弾の開発者の方ですよね。お会いできて光栄です」
シルスさんはチセと両手で握手して、ブンブンと上下に振っている。相変わらず感情豊かな人だ。
「ユヅキさん、王都ではゆっくりできるのですか?」
「そんなにもゆっくりはできないんだが、明日くらいまでは王都にいようと思っている」
「まあ、それじゃ今晩、泊まっていってください。私の寮は狭いから、コルセイヤ様にお願いすれば大丈夫ね。ちょっと待っててもらえますか」
シルスさんは、走って部屋を出ていった。
「師匠、シルスさんって、なんだかすごい人ですね。でも明るい方で好きになれそうです」
昔は暗い感じだったんだが、良い方に変わってくれて俺も嬉しいよ。
その後、今夜泊まってもらう所だと案内されたのは、貴族の屋敷だった。広くて馬車も一緒に泊めてもらえるから助かるのだが。
確かコルセイヤ様と言っていたな。前に来た時に会った、魔道具部門の最高責任者の名前だったな。
「ユヅキさん、貴族の所って少しまずいんじゃないかしら?」
「そうだな、先にシルスさんには話をしておこうか。シルスさんなら相談に乗ってくれるだろう」
シルスさんは王都の事もアルヘナの事もよく知っている。先ずは相談してみよう。




