第167話 アルヘナ動乱終結
我ら3人は王子の命令で、わざわざ王都からアルヘナの町まで来たというのに、この狭い街道で足止めを食うとは運が無い。
片側は山に続く急こう配、もう一方は湖に続く崖だ。そんな狭い街道に人の背丈を超える巨大な岩が転がっていて我らの進路を塞ぐ。
湖を迂回してアルヘナの町へ行くこともできるが、小さな道しか無く危険な森を抜けて2日掛かりになってしまう。
「隊長、この岩をどけるのに我らだけでは4、5日かかっちゃいますよ」
「仕方ないだろう、迂回するよりましだ。街道整備だと思ってやってくれ」
この街道が使えないと不便だ。帰りの事も考えれば、ここで岩をどけた方がいい。
すると岩の向こう側から、聞きなれない振動音が聞こえた。何の音だと耳を澄ませていると、目の前の岩が切れた。そう切れたのだ。
2つに切れた岩の半分が斜めに滑り落ち、その勢いのまま崖下の湖へと落ちていく。もう半分を、鉄の腕を持つドワーフの少女が粉々に粉砕する。腰が抜けそうになり後ずさった。
な、何だ、この者達は! あの巨大な岩を一瞬で跡形もなく破壊したぞ。
「き、君達は、アルヘナの冒険者か。助かったよ」
私は平静を装い、握手を求めようと近付いたその男は、人族。我らがこの町にやって来た目的の人物だ。
「お前達は、王都から来た軍か?」
既に我らが来ることが、分かっていたのか? もしかしたらこの岩はこの男がここに置いたのか?
だが情報が早すぎる。暴動鎮圧の要請が王都に来て、すぐに派遣されたのだから、我らが来ることは、伝わっていないはずだ。
「いや、いや。我らは軍ではなく、アルヘナの町を監査せよと命令された文官だ。アルヘナ領主に統治の様子を聞くため、ここまで訪ねてきた者だ」
嘘ではない。領主が領民と問題を起こしていることは、事前の調査で分かっている。そこへの暴動鎮圧要請だ。軍の先遣隊として町の状況を調査するように、第1王子から命を受けてここに来ている。
そんな我らを睨みつけるように、男は言葉を投げつける。
「ならば、ここは通してもらうぞ」
「いや、君達に聞きたいことが……」
私の顔のすぐ横を掠めて矢が飛んできた。
男の遥か後方、幌付きの馬車の横に弓を構えた女と、魔術師の女がいる。この距離で矢を放ったのか! 下手をしたらこの男に当たっていたかも知れんというのに。
隣にいるドワーフ族も何も言わず、片方の鉄の腕を持ち上げその武器を見せつけて殺気を放ってくる。これは警告か。次に近づけば容赦はしないと。
「いや、いい。通ってくれ。街道が通れるなら我らもアルヘナの町へ入れるからな」
馬車へ向かい踵を返す男に声を掛け、我らも後ろに下がり移動の準備をする。
人族を乗せた馬車を先に通し、我ら3人は馬に乗ってアルヘナの町へと進む。
「隊長、あれが例の人族とその仲間のようですな。岩を両断する剣技と岩を粉砕した破壊力。聞いていた以上のようです」
「しかし、あいつらを通しちゃって良かったんですか? 隊長」
「バカ者、隊長は我らの命を救ってくれたのだぞ。強硬手段に出れば殺られていたのはこちらの方だ」
馬を進めアルヘナの町に入る直前、我らが目にしたのは地面に無数に残る爆発の跡と、騎馬が何十頭も死んでいる風景。そして原形を留めない、破壊された城門の跡だった。
「一体どこの軍隊と戦争をしたんですかね……」
「まさかあの4人の者達がこれを……乗っていた2頭立ての幌馬車の中に仲間がいたようにも見えませんでしたが……」
「だがこの状況は人同士が争ったもの……さっきは本当に我らを見逃してくれたということか」
あの男の剣技とドワーフ族の女が持つ鉄の武器を思い浮かべただけで寒気がしてきた。
戦場に開いた穴を避け城門へ向かうと、瓦礫を片付けている兵士達が数人いた。誰もやつれた顔をして、無数にある大小の岩を運んでいる。
「我らは王都より来た監査団だ。領主にお目にかかりたい。どなたか案内を頼む」
兵団長と呼ばれた男が私の前にやって来た。服は泥などで汚れていて埃まみれだ。これがこの町を守る兵団の長だと言うのか。
「一体何があった?」
「それは領主様に聞いていただけるか」
「兵が少ないようだが」
このアルヘナは中規模の町。兵団長までが作業している割には、兵士の数があまりにも少なすぎる。
「我ら第1兵団だけが救われた。城門と町とどちらが大事かと問われ、城門を離れ町にさがった我らだけが生き残った。その言葉に従い、今も町を守り治安を維持している。それ以外の事には手が回らないんでな」
「そうか、悪かったな」
言っている事はよく分からんが、この男も相当疲れている様子だ。
兵団長に連れられ、足早に領主の元へ向かう。貴族街の入り口で別の兵に引き継がれて領主の館に向かうが、この貴族街の門は最近作られたのか、周りの石垣とは違い真新しい。貴族街の中に入ると、破壊され焼け落ちた屋敷跡がいくつか目についた
不審に思いつつも、案内されるまま領主の館に通された我々の前には、若い貴族が壇上の椅子に座っていた。
「あなたが領主か?」
「私は、現領主の長男でメネトリウス・ヨルガリンだ。今、父上は病に臥せっていてな、私が代行をしている」
王都に救援要請したのは、ガレトリア・ヨルガリン。我らが見たその訴状にも、領主自らのサインがあった。ここに来るまでに何があった。
「我らは、ここの領主からの暴動鎮圧要請に応じて、先遣隊としてこの町の調査に訪れた。現状をお聞きしたい」
「暴動鎮圧要請とは、少し大げさに父上が出した書状だろう。貴族街に侵入した暴徒が数人いただけの事だ。その者達も、この町からの追放と決まって、既に町を出て行った後だ」
それが街道で会った人族だというのか。だがこの貴族街だけでも、相当な被害が出ている。あの4人だけで引き起こしたにしては大きな被害だが、何ヶ所も貴族の館を焼き、それで町からの追放処分だけで済む訳がない。
「では、城門が破壊されているのは、どういう訳でしょうか?」
「この町がスタンピードに襲われたことは、聞き及んでいないだろうか。その時の被害がまだ残っていてな」
この貴族は嘘を言って、平静を装っている。
「追放となった暴徒の名前は?」
「確かユヅキといったな。些細なことなので、詳しくは私も知らんのだ」
この領主代行は、ここで起こった動乱を隠そうとしている。他の領主につけ入る隙を与えないためか、はたまた住民との関係のためか。
我らは領主の館を出て、冒険者ギルドマスターにも事情を聴いたが同じようなことを言っていた。
スタンピードでこの町の第2と第3兵団が壊滅して、今は第1兵団しかいないと。
2日間町の調査をした後、我らは東門の前で戦場となったであろう場所を見つめる。
「隊長、第1王子にはどのように報告を」
「領主代行が言った通りに報告するしかあるまい。お前はこの惨状を、あの人族の仲間4人がしたことだと思えるのか」
堅牢な城門は破壊され、軍隊同士が激しい戦闘をしたかのようなこの場所。スタンピードにより、こうなったと言った方が道理に合う光景じゃないか。
「確かに、あの4人が2つの兵団の壊滅と城門を破壊したと報告したら、頭がおかしいのかと思われてしまいますな」
「町の者にユヅキという名前を出して聞くと、悲しそうな顔をする者ばかりだ。町の英雄だという者もいた。そんな男に、この町の動乱の罪を着せる訳にもいくまい」
あの時すれ違った人族の男とその仲間達は、この町を離れていったいどこに行くのだろうな。
この町の調査は終わった、明日我らは王都への帰路に就こう。




