第162話 アルヘナ第3兵団
――アルヘナ東城門の一室。
裁判の判決は死罪と終身刑。『逃亡した犯罪者達を捕らえよ。抵抗すれば殺害するもやむなし』と言う命令が俺達の兵団に下されている。
今回の騒動はこちらの貴族側に非がある。だが悪いと分かっていても、貴族としてそれを認め謝罪することはない。
謝罪は敗北であり、貴族間では下位に位置することを認めることになる。
相手が上位であれば言葉巧みに誤魔化し、下位であれば権力を持って叩き潰すのが常だ。
今回は平民のたったひとりの冒険者風情である。パーティーメンバーが加わったところで数名の者達。
冒険者ギルドもあえて領主に逆らってまで、その冒険者達を守るようなことはしないだろう。
権力にものを言わせて、叩き潰す事を選択したのは当然といえる。しかしその判断は正しいのか、相手の力を見誤ってはいないか?
弟のジルレシスが言うには、その人族はギルド内でも人望があり、その戦闘能力も抜きん出ているという。
ギルドマスターではなくジルレシス個人であれば、領主に逆らってでも助けるだろうとまで言わせる男だ。
領主は、『この町の平和を守る』という大義名分の元にその男を殺せと言っている。領主の名誉を守ることが、先々においてこの町を守る事に繋がる。領主が蔑ろにされては、治安が守れないという理屈も分かる。
より多くの人を守るため、危険人物は排除しろということだ。
だがあの男には俺も恩がある。スタンピードの巨大魔獣討伐の際には、部下を助けてもらった。この町を救った英雄と言われる男だ。
俺は、領主とこの町を守る第1兵団の団長だ。領主の命令に逆らうことはできない。
だがあの人族の男を相手にして、こちら側に被害が出ない訳がない。被害を最小限に抑えて、任務を遂行するのが俺の役目だ。
幸い男は来るなら来いと、門の外でこちらを待ち構えている。この町に被害が出ないようにしているのだろう。
あの男の考えそうな事だ。
判決が出たのが昼の鐘4つ。その後すぐに逮捕命令が出る。俺達の戦闘準備は数日前からしている。
裁判など全くの茶番だ。
たった4人を相手に、第3兵団の62名が東門を出て行った。
第3兵団長は『俺の兵団だけでケリを付ける』と息巻いていたが、数的有利がそのまま通用するとは思えない。
兵士が死なぬよう、あの男が死なぬよう、俺はここから見守る事しかできない。
◇
◇
「チセ。兵隊達、出て来たか?」
「は~い。予想通り第3の馬に乗った人達です。馬20、兵士20、弓15、魔術師若干です」
各兵団の装備や戦力も事前の情報で分かっていて、それに合わせた対策は考えてある。
俺達は死ぬ覚悟も、お前達を殺す覚悟もとっくにできている。ここは戦場だ、今東門から出て来た者達も、それは分かっているはずだ。
全ての準備は整っている。ここまでくれば緊張し固くなることもない。勝敗は戦う前に決まっている。俺達が考えてきた作戦を淡々と熟していけば、勝利は約束されている。
「アイシャ、予定位置まで来たら犬笛の矢を頼むな。俺とカリンは4番の位置まで行ってるからな」
「はい、こっちは任せておいて」
東門を出た山側の崖沿い。15m程の高い位置に4ヶ所、砲台型の盾を設置している。その盾は門に近い方から番号を付けて1番、2番と呼び、盾の間は塹壕でつながり安全に移動できる。
「カリンは、まだ手を出すなよ」
「分かってるわよ、さっさと行くわよ」
「アイシャ、予定位置です」
チセの言葉に、アイシャが犬笛付きの矢を放つ。
「右にずれました。もう少し左です」
大型弓で魔道手袋付きだ。相手の射程の遥か遠くから仕掛ける事になる。
チセはその補佐をし、単眼鏡で相手の様子を見てアイシャに伝えてくれる。
犬笛の矢が騎馬の近くを通り過ぎる。馬は音に敏感だ、人には聞こえない超音波の音を聞いた馬が驚き暴れている。
戦場にはまだ遠いと、ゆっくり歩いていた騎馬隊の馬が急に後ろ足で立ち上がったり、湖の方に走ったりと混乱しだした。やはり笛付きの矢は効果抜群だな。
アイシャの攻撃で騎馬は湖側に追いやられた。後ろから付いて来ていた兵士や魔術師達が、戦闘可能な距離まで詰めようと、慌てて前方に移動していくのが見える。兵団が考えていたであろう位置よりも遠方で、戦闘の火ぶたは切って落とされた。
元々歩兵部隊と騎馬隊は移動速度が違い、別行動をするものだ。湖側に追いやられた騎馬隊は、慌てた様子もなく回り込もうと東へ進路を変える。だがそこにはカリンが作った沼があり、沼を避けながら東端の山沿いへと進みつつ、俺達の居る場所へと騎馬を回り込ませる。
「さすが騎馬だな、速いな~」
「ユヅキ。そんなこと言ってないで、この綱を切るわよ」
山の崖の上に丸太を何本も積み上げた堰を作っている。朝早くに俺が木を切り倒して作った物で、門からは見えない位置だ。2日前ぐらいから兵士が戦場となる場所を偵察していたが、その頃は木を積み上げていなかったからな、気が付いていないはずだ。
綱を切って丸太を騎馬めがけて落としていくと、丸太に足を取られた馬が転倒していく。
3ヶ所ある堰の綱を次々に切って丸太を落とし進路の前後を塞ぐ。横は沼で、後退する事もできず動けなくなり、沼に落ちる騎兵もいる。
動けなくなった騎馬隊に俺の魔道弓とカリンの魔法攻撃を浴びせると、馬は次々に倒れていく。カリンの炎攻撃で落ちた丸太が燃え上がり機動力を失った騎馬隊は、壊滅状態となった。
城門に近い兵士に対しても、アイシャの魔道弓とチセの魔弾で攻撃しているが、兵士の数は向こうの方がやはり多いようだな。
「カリン、こっちはもう大丈夫だ。アイシャの所に行ってやってくれ」
「分かったわ。まだ残党がいるようだけど、あんたも早く合流しなさいよ」
カリンは塹壕を移動して、アイシャに近い2番の砲台位置から攻撃を加える。
「アイシクルランス!」
何本もの氷の槍が兵士の頭上に降り注ぐ。兵士はある程度まとまって行動をしていて、カリンの範囲魔法なら一度に倒すことができる。少し後ろの弓兵も、カリンの魔法に巻き込まれているな。さすがカリンの魔法は射程が長い、新しく作った杖の威力だな。
生き残った騎馬隊が、馬を捨てて俺の居る高台へと坂を登ってきている。ここを抜ければ塹壕を使って、アイシャ達の背後を突けるからな。ここを通すわけにはいかんよ。連携も取れず単独でやってくる騎兵を、俺の剣で次々と斬り倒していく。
ひとり豪華な装備で身を包んだ騎兵が、馬を捨て俺の前に立ち塞がった。こいつが隊長か? いや違うな、騎馬隊の隊長は領主の三男でお飾りだったな。すると実力で上がったという兵団長の方か。
こんな重装備の団長自らが最前線に出て来るとは、もうこの兵団は崩壊寸前と言う事だな。
領主の息子としてそれなりのプライドを持って臨んでいるようだが、実際の戦闘経験の差なんだろう、いつかの盗賊団の頭の方が迫力があったぞ。
一騎討となったが2、3号剣を合わせただけで、あっけなく胴を鎧ごと斬られ、血しぶきを上げ坂道を転がり落ちていった。
ここに来た騎馬隊に動く者は無く、眼下には20を超える馬と兵士の死体が転がる。
「さて、俺もアイシャの元に行くか」
城門近くの兵士達の一団は、最初に射程外からの攻撃を受けて慌てて走ったせいか陣形が崩れている。
敵の弓の射程に入ってきたのか、矢も飛んでくるようになったが、正確に狙えていないようだ。盾に隠れながらアイシャの弓とチセの魔弾で数を減らしていく。
一つ手前の盾の砲台部分にはカリンがいて、魔法を放っている。
「どうだ、カリン」
「そろそろ、決着できそうよ」
残るは前衛の兵士数人と、後方の弓部隊だがその数は少ない。敵の魔法部隊は前進せず、後方の射程外で攻撃できずにいるな。
「大魔法は使うなよ。城壁の中には第1と第2兵団が残っているからな」
「そんなことより、あんたも攻撃に参加しなさい。あいつらは全滅させるんでしょう」
カリンに言われた通り、残った兵を掃討していく。戦いを挑んできた者はここで殲滅させてもらう。力を見せつけるのが目的だからな。
射程のぎりぎりで残された5人程の魔術師達に、カリンが最大射程で魔法攻撃すると、戦意を喪失して戦うことなく撤退していった。前方を守ってくれるはずの騎馬や兵士が倒れては、恐くて前進して攻撃などできないだろう。
あの部隊には女性も多い。攻撃してこないなら撤退してもらってもいい。
初戦は俺達の勝利だ。
続けて別の兵団が出てくるかと思ったが、そんな事もなく日暮れとなった。
俺達は、明日の戦いに備えて、岩陰に停めてある馬車に戻る。まだまだ明日以降も戦いは続いていく。




