第158話 決意
裁判で俺達は最低でも、この町を出ないといけないようだ。完全に不当なものだが、この世界ではどこにも訴え出ることはできない。
この世界の事だから、その事は受け入れて俺達はこの町を出よう。だがその上で、領主と戦う事を決意した。残されたカリンの家族や、協力してくれた町の人に、今後も被害が出ないようにするためだ。そのためには。
「領主に力を示す。それが目的だ」
アイシャ達3人と話し合う。
「前みたいにみんなで座り込んだりするの?」
前は数の力を示し成功した。そこで領主は個人攻撃に切り替えた。これは背景にある武力に個人では対抗できないと考えたからだ。
「だから、この町の兵団を俺達で壊滅させる」
「そうでなくっちゃね」
簡単なことでないのは分かっているし、命を懸けた戦いになる。だがみんなは俺に付いてくると言ってくれた。
「まだ時間はある。明日から具体的な準備をするが、その前にカリンの家族には、この事について話をしないといけない」
「父さんに何を言いに行けっていうのよ」
俺とは違ってカリンには大事な家族がいる。事を起こす前にちゃんと話し合ってもらいたい。
「了承を取ることは難しいかもしれん。だがカリンの意思をはっきりと示しておこう。この後俺達は居なくなるんだ。残された者が後悔しないように、今のうちに話をしておいた方がいい。俺も一緒に行く」
「分かったわ、じゃあ明日行きましょう。時間は無いんでしょう」
「アイシャもこの町でお世話になった人に、話をしておいた方がいいな」
「じゃ、親方のエギルさんに話をするわ」
「チセは、ハダルの町のお義父さんにデンデン貝を送ろうか」
「はい、わかりました。師匠」
領主に反抗し、全面的に争うんだ、無事でいられる保証はない。生きている内に、この町に居る内に家族や大切な人と話をしておくことは大事な事だ。
翌日。俺とカリンはトマスさんの所に行って事情を説明し、カリンは戦う決意を示した。トマスさんは強情なカリンに何を言っても無駄だろうと了承してくれた。
「ユヅキ君、私達の事は気にせんでいい、こっちはなんとかするよ。それよりカリンの事をよろしく頼む。少し勝ち気に育ってしまったが、心優しい子だ。ユヅキ君に全てを預けるよ」
「トマスさん、こうなったのも俺のせいだ。ちゃんと責任を持って預かるよ」
その後、カリンには先に家へ帰ってもらい、俺はエギルの所に行く。
「エギル、居るかい」
「ユヅキか。まあ、こっちに来な」
エギルはアイシャにとって親代わりのようなものだ。アイシャの父親の親友で、アイシャの事も小さい頃から知っている。俺は奥の部屋に案内された。
「さっきアイシャの嬢ちゃんが来て、事情は聞いた」
「すまないな、エギル。こんなことになってしまって」
「俺の事はいい。嬢ちゃんにあんな決意までさせて、お前は責任を取れるのか」
「この町を出ても、アイシャの事は俺が責任を持つよ」
「そんな事を言ってるんじゃない。男としての責任だ。嬢ちゃんは死ぬ覚悟だ。そんな想いにお前はちゃんと応えられているのか」
そんなエギルの言葉に衝撃を受け気づかされた。
俺はアイシャと一緒に居ると今までに何度も言ってきた。これは本心だ。アイシャは俺に最期まで……死ぬまで傍にいると行動を共にしてくれる。
その意味を俺は深く考えたことがあるのか? それに対して俺は言葉だけの中途半端な態度をしているんじゃないのか? エギルもその事を言っているのだろう。
エギルの工房を出て、どのように歩いたかも覚えていない。いつの間にか、広場のベンチに腰掛けていた。
俺はこの世界の人間じゃない。俺だけが異物だ。そんな思いがいつも頭の片隅にある。だからなのか、この世界の人々と距離を取ろうとしていた。アイシャの気持ちにも気づいていた。いや本当にそうか? 真剣に考えたことはあるのか。
アイシャは俺の傍にいて、いつも俺だけを見ていてくれる。俺はそれに甘えていたんじゃないのか。これから先もこのままずっと続くと……。
自分自身の気持ちはどうなんだ? 山で怪我した時も、ドワーフの町で盗賊と戦った時も、誘拐された時も、アイシャが俺の傍から居なくなると思うだけで胸が張り裂けそうだった。この感情……。
俺はアイシャを愛している。
そうだ、この気持ちに嘘はない。今までしっかりと意識してこなかっただけだ。
前の世界も、こっちの世界も関係ない。俺は今もこの世界で、この町で、アイシャ達の居る家で生きている。ここが現実なんじゃないのか。急に前の世界に帰る……そんな不確実な未来を恐れて、今を蔑ろにしていい訳がない。アイシャを悲しませていい訳がないだろう。
こんな俺に死を覚悟してまでついて来てくれるという人に、この想いを伝えないといけない。居ても立ってもいられず、早足で家への道を急ぐ。
息を切らして家のドアを開くと、アイシャがいつものように「おかえり」と言ってくれる。
「アイシャ、俺はお前を大事に思っている。だから一緒にいてほしい」
「分かっているわ。だから、一緒に戦うんでしょう」
いや、俺はこんな事を言いたいんじゃないな。ちゃんとこの想いを伝えないと。
息を整えて、アイシャの両肩にそっと手を置く。
「君は俺にとって、かけがえのない人だ。君には死んでほしくない。俺は全身全霊で君を守ろう。だからいつまでも、これから先ずっと俺が死ぬまで一緒にいてくれ。愛している、アイシャ。結婚しよう」
気持ちを口に出すことはできた。俺の想いはアイシャに伝わったか!
びっくりしたように大きく目を見開くアイシャだったが、優しい目になり俺の言葉に応えてくれる。
「はい。ユヅキさん。私、嬉しい」
アイシャの目に涙が溢れてくる。俺を見つめるアイシャをそっと抱きしめる。
「ユヅキ、あのね。私も、死ぬまで一緒に……。だから、あのね」
「分かっているよ、カリン。愛しているよ、結婚しよう」
「ユヅキ~」
カリンも抱きついてくる。
「チセ、お前も……」
「あ、いえ。あたしはそういうの結構なので」
えっ、そうなの? てっきりチセも喜んでくれるものだと思っていたぞ。
「でも、師匠の事は大好きですよ。いつまでもついて行きますからね」
嬉しい事を言ってくれるな~。
早速俺達はエギルの所に行って結婚することを報告した。エギルも喜んでくれて、結婚式を盛大に開こうと言ってくれる。
カリンの家にも行って報告する。トマスさんは頷いてよろしく頼むと言ってくれた。
この世界では重婚は認められている。貴族でなくても、ちゃんと養えるのなら何人でもいい事になっている。
さすがにふたり同時に結婚式を挙げるというのは少ないようだが。
「結婚式の準備は俺とトマスさんでやっておく。町のみんなで盛大に祝おうじゃないか。早い方がいいな。先に教会行ってくるか」
エギルが率先して俺達のために動いてくれる。俺達にはあまり時間が無い。結婚式は明日の午後からに決まった。さすがに教会の聖堂は予約が入っていたようだが、成人式を行なった広場は貸してくれるそうだ。
準備はエギル達に任せて、俺は職人ギルドや冒険者ギルドに行き、マスターに明日の結婚式に来れるなら来てほしいと伝えた。
残された者が後悔しないように、俺自身が後悔しないように、今できることを。
俺がこの世界で生きた証として。




