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第157話 裁判

 ここ数日は、アイシャの傷の治療に専念している。光魔法で鞭打たれたところを丹念に治療し、女神様にもらった軟膏を塗り、薬も飲んでもらった。助けた日の応急処置が良かったのか、傷跡も残らず回復している。

 今日は久しぶりに全員で冒険者ギルドに行き依頼を受けてみよう。

 リハビリも兼ねた、簡単な討伐依頼を無事終えてギルドに戻った俺に、マスターのジルから呼び出しがかかった。


「俺に話があるそうだ。すまんがみんな先に帰っていてくれ」


 他の3人も話を聞きたがっていたが、呼び出しは俺だけなので先に帰ってもらった。

 ギルド職員に案内された3階の応接室には、ジルがソファーに腰掛け、その後ろにはいつものウサギ族の女性が控える。


「ユヅキ。悪い知らせだ」


 神妙な面持ちのジルが話し出す。


「お前が貴族街でアイシャさんを助け出したことについての裁判が近々開かれる。当初はエスブリンド男爵も監禁していたことを認め、お前は貴族街侵入の軽い処分だけで済むはずだった」


 やはり話と言うのは、アイシャ誘拐の件か。


「ところがエスブリンド男爵が証言を翻した。アイシャさんを含めたお前達4人に襲われ、屋敷を燃やされたと言い出した。たぶん貴族側、誘拐を指示した張本人からの入れ知恵だ」

「誘拐の張本人? どういう事だ、ジルは犯人を知っているのか!」


 今のところ主犯格の犯人はおろか、実行役のふたり組が誰なのかも分かっていない。


「それについては、私がお答えします」


 ジルの後ろに控えていたウサギ族の女性が口を開く。


「私は、ソニア・ハメイトン。ジル様の秘書をしています。今回の誘拐には兵団所属の暗部が直接関わっています」

「暗部だと?」

「この町でその暗部を動かす事ができるのは、領主だけです。そしてその暗部の者達は我がハメイトン一族の者なのです」


 主犯は領主で実行犯が暗部だと断言する。そしてこの秘書さんが暗部と繋がりがあると……通りで怖いバニーガールさんだなと前から思っていた。


「今回の誘拐の件に関しては、私の方から謝らせてください。申し訳ありませんでした」

「同じ一族というだけで、ソニアさんが謝る必要はないが、その暗部と言うのはどんな連中だ」

「一族の者は幼いころから暗部としての教育を受け、情報収集から暗殺まで裏の仕事を担う者達です。族長の命により各貴族に配属されています」


 えっ、この秘書さん暗殺までするの。怖え~。


「今、ここの領主の元には3名の者が配属されています」

「その連中は、今も動いているのか」


 まだ裏で活動してるなら、今後アイシャ達がまた狙われるかもしれない。


「いいえ。誘拐に感づかれ貴族邸を襲われ、証拠隠滅にも失敗したため、今は軟禁状態となっています。現在は領主自らが動き裁判に持ち込もうとしているのです」

「ユヅキ。領主側が裁判を開くということは、お前達に罪を着せて完全に排除しようということだ」


 確かにこの世界の裁判が、公平に行なわれる訳はない。アイシャが誘拐されたと言ってもその証拠はなく、実行犯の暗部が表に出ることはない。一方、俺達が屋敷を襲ったのは事実で、生き残った屋敷のメイドや執事が証言することになる。

 この町の司法は領主の下部組織だからな。俺達に不利な証言だけが採用され、上の意向に沿った判決が出るのは当然か。


「逃げろ、ユヅキ。アイシャさん達と一緒にこの町から離れろ」

「逃げろだと」

「お前達に下る判決は、良くて町からの永久追放、悪ければ死罪だ。その前に逃げるんだ」


 裁判が行われる前の今なら、この町から逃げ出すことができるとジルは言う。


「俺達が逃げた後、カリンの家族はどうなる。隣町にまで手が伸びているんだぞ」

「トマスさんが、この町に残るなら俺達が守ろう。領主の狙いはお前達だ。トマスさんの命まで狙ってこないはずだ。だが正直、貴族に目を付けられている。商売やら生活が苦しくなるかもしれん」


 そうだろうな。だからと言ってトマスさんも一緒に町を出るとなると、商売も一から始めないといけなくなる。貴族つながりで他の町でも目を付けられてしまうと、生活は苦しくなってしまうな。


「その裁判というのは、いつ開かれる」

「おそらく1週間後。判決はその2日後には出るだろう」

「忠告には感謝する。少し考えさせてくれ」

「ユヅキ、すまない。今回のような個人攻撃に対しギルドとして動くことはできない」

「他の冒険者仲間の事もある。マスターとしては当然の判断だよ」


 話し合いで片が付く問題ではない。俺ひとりのために、領主とギルドが全面的に戦う事はできんだろうな。深々と頭を下げるマスターと秘書さんを後にして俺は家に戻る。


 まともな裁判が機能していない以上、仕方のない事かもしれないが理不尽であることに変わりはない。

 カリンの家族の事もある、じっくり考えてみよう。夕食の後、ジルから聞いた話をみんなと相談する。


「そんなの領主が悪いんじゃん。なんで私達がこの町から逃げないとなんないのよ」

「それはそうなんだがな。貴族全員を相手にするわけにはいかん」

「師匠、そんなことないです。師匠達はあたしの町から貴族を追い出してくれたじゃないですか」


 ドワーフの町では貴族は領主ひとりだけ、武力集団も盗賊団だけだった。町の人も協力してくれたから領主を失脚させることができたが、このアルヘナで同じ事はできないだろうな。貴族街に住む者全員と衛兵や兵団全体を敵に回す事になる。


 カリンに聞くと逃げる場合でも、トマスさん一家はすぐにこの町を離れられないと言っている。今の店を畳み、よその町で商売を始めるにはそれなりの準備がいる。今のままだと無一文どころか借金を背負って出ていくことになる。その準備に1ヶ月は必要らしいな。


「カリンの家族を残すとなると、やはり心配だわ」


 俺達を排除した後、領主は自分の好き勝手にできる。カリンの家族以外にも、今まで俺達に協力してくれた職人や商人達にも個人攻撃をかけてくる。俺達が出て行ってそれで終わりという訳でもなさそうだ。


「だがな、ここで全面的に貴族とやり合った場合、俺達の命に関わる。もし勝ったとしても町どころかこの王国に住む事もできなくなるんだぞ」


 ここの貴族に勝っても、次は王国軍が出てくるだろう。一度始めると際限ない戦いになってしまう。


「それもいいんじゃない。ここの領主をやっつけて逃避行ってのも」

「そうね、どのみち裁判だと永久追放になっちゃうんだから。私達だけなら犯罪者としてこの町を出てもいいわね」

「出ていくなら、その前に貴族全員をやっつけちゃいましょうよ。ねっ、師匠」

「いや、いや。それは命懸けの戦いになっちゃうんだぞ」


 チセまでここの領主と戦って、町を捨てると言い出した。


「私はどこまでも、ユヅキさんについて行きますよ」

「私だって、ず~っとユヅキの傍にいるわよ。私がいないとユヅキ何もできないじゃない」

「いつまでも師匠は師匠です。弟子であるあたしもついて行きます」

「いや、だからな。戦うと死んでしまうかもしれないと……」

「だから最期まで、あんたの傍にいるって言ってんのよ」


 他のふたりも頷く。そうなのか、そんな決意までさせてしまっていたのか……。

 俺も死ぬなら、アイシャ達と共にこの地で……いやダメだ。俺はみんなを守って生き抜かなきゃならん。絶対にだ! 皆の命が俺に懸かっているというなら、俺の持てる全てを賭してやってやる。

 俺は領主と戦うことを決意した。


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