第156話 アイシャ解放
俺達は、貴族の屋敷を出て、兵団庁舎の一室で取り調べを受ける。
一人ひとり個別に取り調べを受けているので、他のみんなが心配だったが、俺が知っているアイシャ誘拐の経緯を全て話す。
取り調べが終わったのは夕方頃だった。その間アイシャは治療を受けていて、傷の痛みも和らいだようだ。
服も着替えたアイシャとみんなが集められていた一室に、ジルが入ってきた。
「ユヅキ、よく頑張ったな。これで釈放してくれるそうだ」
冒険者ギルドマスターが、俺達の身元引受人になってくれて色々と手続きをしてくれたようだ。
「冒険者仲間が心配している。ユヅキだけでもギルドに顔を出してくれんか」
アイシャ捜索を手伝ってくれたみんなに説明しなきゃな。俺だけジルと一緒にギルドに向かい、カリンとチセにアイシャを家に連れて帰るように頼む。
ギルドには大勢の仲間が集まってくれて、ニックが俺に声を掛ける。
「ユヅキ、怪我はなかったのか」
ここにいるメンバーには助けてもらった。真夜中にも拘わらず、捜査してくれた者達もいる。心配してくれた仲間達にお礼を言って回る。
「アイシャちゃんは、大丈夫だったの?」
「少し怪我したが、大丈夫だ。ありがとう」
「貴族の屋敷を派手に燃やしたな」
「いや、あれは俺じゃなくて、誰かに火をかけられて俺達も危なかったんだ」
事の成り行きも、掻い摘んで話していく。貴族の行ないには皆腹を立て、よくやったと俺の行動に賛同してくれた。
「さあ、みんな。ユヅキも疲れている。もう帰してやろう」
「ジル。今回の件では迷惑をかけたようだ、ありがとう。お陰でアイシャも戻ってきた。感謝している」
「俺達もお前には助けられているからな、お互い様だ。それより、ここしばらくはゆっくり休めよ」
「ああ、そうさせてもらうよ。みんなもありがとう」
ギルドに出していたアイシャ捜索の依頼書に依頼達成のサインをして、集まってくれた冒険者達に挨拶をし家に戻らせてもらう。
確かに疲れたな、昨日の晩から寝てないからな。だがアイシャが一番辛い思いをしただろう。そんなアイシャの顔が見たくて急ぎ家に戻る。家ではカリンとチセが食事を作って待っていてくれた。
「アイシャの様子はどうだ」
「さっきオフロで体を洗って食事をして、今はもう部屋で寝ているわ」
「師匠。アイシャの体に鞭で打たれた傷があって、痛むからとオフロの中に入れなかったんです」
チセが涙目で訴える。俺が見た傷は深くなかったが、背中などに何ヶ所もあった。俺がもっと早くに助け出していれば……。
「すまなかったな、ふたりとも。もう休んでくれ。昨日の夜中から動き詰めだ」
「それは師匠も同じです」
「そうだな。俺もこのスープをもらったらゆっくり休むよ。だから先に寝てくれ」
「そう。じゃあ先に休むね。おやすみ、ユヅキ」
「おやすみなさい。師匠」
アイシャと食事を済ませていたふたりは2階に上がっていった。
あのふたりにも世話をかけた。今回の誘拐も、前回カリンのお兄さんが襲撃されたのも俺のせいだ。貴族の恨みを買った俺に巻き込まれただけだ。そう思うとスープ以外の食事が喉を通らない。折角作ってくれたのにな。
俺は2階に上がりアイシャの様子を見る。幸い苦しんではいないが、腕にある傷が見えた。鞭打たれミミズ腫れになっている。
「アイシャ、すまない。痛かったろうに」
そっと手を握り謝る。今後も同じようなことが起こるかもしれない。今回は運よく助けられたが、次はどうなるか分からない。
「俺は、どうすればいい。アイシャ」
返事のない問いかけをする。
悪いのは俺じゃない。それなら徹底的に貴族を排除するか? 王国中の貴族を敵に回すのか……ダメだ、そんな事できるわけがない。
貴族から恨みを買っているのは俺だ。俺が居なくなれば、この町は平和を取り戻すんじゃないのか。この世界の異物である俺さえ居なければ……。
この町を離れる? アイシャ達を残して……俺はまたこの世界に放り出され、たったひとりで見知らぬ土地へと行くのか? 俺はその孤独に耐えられるのか?
どうして俺は、こんな世界に来てしまったんだ。
取り留めのない思いが、頭の中を駆け巡る。
握った手のぬくもりだけが、俺の心を癒やしてくれる気がした。
いつの間に眠ったのだろう。辺りが明るくなっている。そして、俺の手を握った笑顔のアイシャがそこにいた。
「ありがとう、ユヅキさん」
俺にはその一言だけで充分だ。優しく微笑むアイシャが愛おしくなって、抱きしめ、そして口づけをする。
最初驚いたようだったが、アイシャも応えてくれた。唇を離し頬に手を伸ばし、俺が映る瞳を優しく見つめ返すと、今度はアイシャからそっと口づけをしてくれた。その後はお互い何度も抱擁し熱い口づけを交わす。
「アイシャ、すまなかった。怖い思いをさせてしまったな」
「いいの。ユヅキさんはちゃんと助けに来てくれたもの。離れないって言ってくれた通りに」
そうだな、そう誓ったものな。俺の事を信じて痛みに耐え待っていてくれたんだな。俺は孤独なんかじゃない、アイシャが居るじゃないか。
アイシャの額におでこを当てて、こんなにもアイシャを間近で感じることができて涙がでそうになってきた。俺は照れ隠ししながら言葉を掛ける。
「お腹もすいただろう。下で食事でもしようか」
俺達が部屋から出ると、ドアの前でカリンとチセが慌てた様子で立ち上がった。あれ、いつからそこに居たんだ?
ふたりは何食わぬ顔で下に降りていったが、なんだか恥ずかしいぞ。アイシャと真っ赤になりながら階段を降りて行く。
「昨日の事もあったから、今日はみんな家でゆっくりしよう」
「ええ、そうね」
昨日とは打って変わって、アイシャはずっと笑顔のままだ。カリンやチセも談笑しながら食事をする。いつものみんなに心が休まる。
「あ、あの、師匠。あたし達は街に用事があるから、この後、外に出かけますね。ねっ、カリン」
「え、ええ、そうね。お邪魔したら悪いしね」
お前ら、何か変な気の使い方しているぞ。
「いいから、今日は家でゆっくりしてろ。俺も食事をしたら、風呂を沸かして朝風呂にするから」
「朝ブロ! 師匠それいいですね」
「朝風呂はいいぞ。朝からゆっくり風呂に入って、のんびり過ごす。これが気持ちいいんだ」
「それいい! 私も、私も」
カリンやチセも喜んでくれてる。こういう風習も教えとかないとな。俺は早速風呂を沸かして一番風呂に入らせてもらう。
「うお~! やっぱ朝からの風呂は最高だな~」
すると洗い場の扉が開いて、短パンに、半袖シャツの格好でチセが入ってきた。おっお~、何だ~。
手にタオルと石鹸を持って、俺の近くまでやって来た。
「師匠、お背中を流します」
「なんだチセ。どこでそんなの覚えた」
「前、師匠が言ってたじゃないですか。裸の付き合いとか、弟子は背中を流すもんだとか」
そういえば、お風呂談義を熱く語ったことがあったな。
「さあ、早く上がって、この椅子に腰かけてください」
「お、おお、そうか。じゃあ、頼もうか」
折角だし、チセに背中を流してもらおう。これは最高だな~。こんなの前の世界でも無かった事だ。
「師匠の背中大きいですね。でも鱗もないしヤワヤワです」
「そうか。じゃあこうしたら硬くなるか」
俺は、腕を上げて筋肉ムキムキのマッスルのポーズをする。
「やだ、師匠ったら。動くから顔に石鹸付いちゃいましたよ。その腕も洗っちゃいますね」
背中から首、腕まで洗ってもらいお湯で流す。
「今度は髪洗いますから、目を閉じてくださいね」
「お~、これは気持ちいいな~」
ん~、至れり尽くせりだな。髪も洗い上がり、バッサーと頭からお湯をかけて石鹸を洗い流してくれた。
「ありがとう、チセ」
「はい。じゃあゆっくり湯船に浸かってくださいね」
うん、うん。こういうのも、たまにはいいもんだ。極楽、極楽。
俺が風呂から上がると、チセ達が食堂のテーブルでコソコソ話している。
「チセって、大胆ね~」
「で、ユヅキさんのどうだったの……」
「それがですね。これぐらいの大きさで……」
何の話をしているのやら。
「お~い。風呂上がったぞ。お前達も入れ」
「は~い」
今日は一日、のんびりゆったりと過ごそう。




