第154話 アイシャ誘拐1
アイシャの誘拐は貴族絡みかもしれないが、実行したのは歓楽街の連中の可能性が高い。あそこには色んな犯罪者がいる、まずはそこから探す。
夜中だというのに、どの店も明かりが灯っていて、この歓楽街は別世界のようだ。入り口近くの路地を抜けた辺りに、ここらを根城にしているグループのリーダーがいるはずだ。
「なんでぃ、人族のアンチャンじゃねえか。仲間引き連れてどうしたんだ」
「俺の仲間のひとりが拐われた。きさま何か知っているんじゃないのか」
「ほほう、それは初耳だな」
「嘘をつくと、ためにならんぞ。俺はここら一帯を焼き尽くしても構わんのだぞ」
「お前の実力はよく知ってるさ。もうあんたらに手を出そうという奴は、ここにはいねえよ」
「この前、トマスさんの家族を襲った連中はどうした」
カリンのお兄さんを襲った連中が、仕返ししている可能性が一番高い。
「奴らはもう解散した。元々貴族の悪ガキどもが好き勝手していた連中だ。あんたらに恐れを成して逃げていったよ。そんな奴らが、またあんたらに手を出すとは思えんな」
こいつの言っていることに、嘘は無いように思える。だがこのまま帰る訳にはいかない。
「ここら一帯を調べさせてもらうぞ」
「ああ、好きにしな」
俺達は歓楽街の店を一軒一軒調べていく。店の入り口を開け、奥の部屋にアイシャが囚われていないか次々と探していく。
店の従業員は、俺達の行動に驚き罵声を浴びせてくるが、そんなことは関係ない。早くアイシャを見つけないと。
「ユヅキ、アイシャ居ないよ~。どうしよう」
この歓楽街の建物は全て調べた。ここにアイシャがいなければ、街中全てを探さないといけなくなる。俺達だけじゃ無理だ。
「俺は一旦ギルドに戻る。カリンとチセは家に戻って食事を摂って休んでくれ」
「私達なら大丈夫だよ」
「分かっているさ。これから長丁場になるかもしれないし、犯人を見つけても今のままじゃ戦えない。チセも武器と鎧を、カリンもローブを準備しておいてくれ」
昨夜、慌てて家を出てそのまま捜索している。チセ達には少しでも休んでおいてもらいたい。
そろそろ夜も明けて来た。冒険者ギルドに行くと、マスターのジルが椅子に座り、テーブルに広げた町の地図に何か書き込んでいた。
「帰って来たか、ユヅキ。門を押さえているチームから報告があった。夜の間、町の外に出た奴はいないそうだ」
「アイシャはまだ、この町の中にいるんだな」
「街中全てを探すとなると、時間も人手もかかる。ユヅキ、これはお前がギルドに対して出した捜索の依頼となる。俺はいいが、これに協力してくれる冒険者に報酬を出すことになるぞ」
冒険者を動かすには金が要る。そんな事は当たり前だ。アイシャを見つけるためなら、どんな事でもしよう。
「金に糸目はつけん。協力者を募ってくれ」
「分かった、お前の依頼を受けよう。歓楽街にアイシャさんは居なかったんだな。この後、どこを探すかは俺が指示を出す。しかし貴族街に入ることはできんぞ」
「だが、貴族連中が絡んでいるのなら、そちらを先に探したい」
「俺の知り合いには貴族もいる。そちらから情報を集めるようにするが、お前達は絶対に貴族街には入るなよ。厄介な事になる」
確かにそうだな。気は焦るがここは冷静に行動しないと……ジルに従うのが一番だな。
「分かった。俺達はどの辺りから探せばいい」
「ここに荷を貯めておく倉庫がある。そこから探してくれ。だがその前にお前は食事を摂って休憩しろ、捜索はその後だ」
こういう時、統括して指示できる者がいるのは心強い。俺達があたふたと探し回ったところで、探せる範囲は狭い。アイシャを助けるために最善の手を打たないと助けられるものも助けられなくなる。
だが気は焦る。アイシャに何かあった時の事を思うと、胸が締め付けられる。食事を勧められたが喉を通らなかった。
少し休憩をした後、俺は一旦家に戻りカリンとチセと共に足早に倉庫へ向かう。外はもう陽も昇り、明るくなっていた。
――遠くからキイエの鳴き声が聞こえた気がした。
「チセ! キイエを探してくれ」
いつも、俺達の側にいたキイエがいない事に今気がついた。
「そういえば、昨日の夜からキイエを見かけてないです」
もしかしたらアイシャが拐われた後、キイエはアイシャを追いかけてくれていたのかもしれない。遠くに声は聞こえたがどこに居るのか分からない。チセに単眼鏡で探してもらうが、姿を見つける事はできなかった。
「貴族街の方はどうだ」
高台の貴族街の方を指差す。
「いました、師匠! あの西の奥。貴族の屋敷にキイエがとまっています」
俺達は貴族街に向かって走り出す。もしかしたらあそこにアイシャが囚われているかもしれない。あのキイエが理由もなく貴族の屋敷に行くはずがない。
気が焦り転びそうになりながらも、高台の貴族街を目指す。
貴族街の入り口を守る門には、ふたりの兵士がいる。こちらに気づいて槍を構えた。
「お前達、止まらんか。ここから先は貴族街だぞ」
「すまんが、押し通らせてもらうぞ!」
カリンが兵士のひとりを岩魔法で攻撃する。俺は剣を抜いて兵士の槍を折り、峰打ちで横なぎに胴を打ち抜く。手加減はしたが兵士ふたりは昏倒し門の横に蹲っている。
鉄柵の門をチセに破壊してもらい貴族街に入り、左手の坂道を駆け上がる。またキイエの鳴き声が聞こえた。今度ははっきりと俺達を呼ぶ声が聞こえる。
もしかしたら一晩中、ずっと鳴いていたのかもしれない。
「師匠! あそこです」
チセが指差す先には、石造りの塀で囲われた2階建ての大きな屋敷がある。
その屋敷の屋根の先端にいるキイエが、俺達を見つけ翼を広げて大きな声で鳴いた。
「キーエ! キーエ!」
俺は確信した。ここにアイシャがいると。
貴族屋敷の鉄格子の門は固く閉ざされ衛兵がふたり守りを固めるが、カリンが両手から岩魔法を放ち排除する。こんな奴らに構ってられるか! 超音波振動の剣で門を切り裂き、屋敷の庭へと侵入する。
庭では大きな声で鳴いているキイエを見上げて、どうしたものかと思案顔の侍従やメイド達が数人集まっていた。
「キャー」
門を破り侵入してきた俺達を見て、立ちすくみ悲鳴を上げるメイド達。
その横をすり抜けて、屋敷の扉を破壊し中へと侵入する。騒ぎに気づいた屋敷の兵士が俺達の前に立ち塞がった。
ここにアイシャがいる! 俺は剣を握りしめる。




