第153話 狙われたアイシャ
翌日。大通りを歩いて冒険者ギルドに向かったが、町の様子に変わりはなかった。ギルドでも昨夜の歓楽街のゴタゴタについて話をしている者もいない。
怪我人が出ているはずだが、歓楽街の中の事として表沙汰にはならなかったのだろう。
俺はいいが、もしカリンが罪に問われるようなことがあったら可哀想だからな。昨夜のことは一切口外せず、このままやり過ごすつもりだ。
俺達は普段通り、依頼をこなして家に戻る。
「ユヅキさん、夕方もギルドはいつもと同じだったわね」
「喧嘩や犯罪が多い場所だからな、よくある事として済んだんじゃないか。それより仕返しとかしてこなきゃいいんだがな」
「大丈夫よ、あれだけビビらせたんだから、もう手出ししてこないわよ」
まあ、昨夜の俺やカリンの実力を見れば、そうそう仕掛けてこないとは思うが。
「それより、衛兵などに捕まらないようにしないとな」
「なに言ってんのよ、捕まるのはあいつら犯人の方でしょう」
何の関係もない家族が傷つけられて、犯人側でなくこちらだけが捕まるというのは確かに不条理だ。貴族の居る世界、公正な法による裁きは期待できんからな。
警官である俺の父親なら、罪は罪だと正義感を振りかざし自首しに行けと言ったに違いない。だがそんな事は知ったこっちゃない。文句があるなら、一度この世界で生き抜いてみろと言いたい。
「まあ、しばらくは様子を見てみよう」
もし衛兵が俺達を本気で捕まえるというなら、他のみんなを守るために俺は実力行使に出て抵抗してもいい。
その後1週間は何事もなく過ぎ、この町は平和そのものだ。ところがある日、衛兵が突然冒険者ギルドに来たようだ。
「ここにユヅキとカリンという者がいるはずだが」
「あの、しばらくお待ちください」
受付嬢が慌てた様子でマスターに連絡する。
「ユヅキ達はうちに登録してる冒険者だが、何か用か」
「歓楽街の暴力事件で調べたい事がある」
「今は外に出ていて、ここには居ないな」
「戻ってきたら、東門まで来るように伝えてくれ」
夕方、俺達がギルドに戻ると、マスターのジルから東門に行くように言われた。
「ユヅキ。お前達何かやったのか?」
「歓楽街に行ったときに、トラブルがあっただけだ」
「とにかく行って事情を説明してこい」
俺とカリンは言われた通りに東門へ行く。前もってカリン達とは話し合っていて、歓楽街で喧嘩に巻き込まれたと口裏を合わせるように言っている。
東門では衛兵が俺達を取り調べ室に連れていくが、逮捕するとかそう言う感じじゃないな。ギルド長が言ったように歓楽街の事について事情を聴きたいだけのようだ。
「あんたら、兄さんを襲った犯人は見つけられたの! 一体いつまで待たせるつもりよ。ちゃんと仕事しなさいよね」
カリンは自分達の前に、犯人を捜せと衛兵に詰め寄っている。衛兵達も、その剣幕に押されてタジタジとなっているが、俺達に歓楽街の事を色々と聞いてくる。
「だから、俺達は喧嘩に巻き込まれただけだ。その場からはすぐに逃げ出した。それのどこが悪いんだ」
「お前達に、絡まれたという者がいて事情を聴いているだけだ」
「そいつは一体どこの誰だ。ここに連れて来いよ」
「いや、そういう話があるだけでな。上からお前達を調べるように言われているんだ」
どうも、衛兵達の言うことが曖昧だ。確たる証拠があって調べているようでもないな。
それに、あの事件から相当時間が経っている。今さら事情を聴きたいというのも解せない。それでも取り調べは続き夜遅くになってしまったじゃないか。
こういう時は、カツ丼を用意するものだろう。文句を言ってやったが、こちらでは通用しないようだ。
結局、よく分からんうちに取り調べは終わり、カリンと共に家に帰る事になった。だが家に戻ると、様子がおかしい。鍵が掛かっているはずの入り口が少し空いている。
「カリン。様子が変だ!」
慌てて中に入り、俺は2階に駆け上がる。だがそこには、アイシャもチセもいなかった。先に寝るように言っていたが、部屋は扉が開いたまま、誰もいない。
「アイシャ! チセ!」
俺は剣を手に外へ飛び出す。そこへチセが泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「師匠、大変です。アイシャが、アイシャが拐われました」
「なんだと!」
聞いたカリンも真っ青な顔をしている。俺達が居ない間に、何がどうなったというんだ。
「今、ギルドに連絡して、探してもらっています。すぐギルドに来てください」
冒険者ギルドは、年中無休だ。夜間も連絡要員としてひとり以上誰かが居る。夜中ではあるがチセがギルドに連絡して助けを求めてくれたのか。
「チセは誘拐犯を見たのか!」
「はい、物音に気が付いて部屋のドアを開けると、ふたりの黒い服の人がアイシャを担いで裏庭の方に出たんです。追いかけたんですけど、もうどこにもいなくて……」
「チセよくやってくれたな。ひとりでよく頑張った」
「師匠、師匠……」
大粒の涙が零れそうな目で俺に抱きついてくる。そんなチセの頭を優しく撫でる。
チセが冷静に行動し対処してくれた。俺も頭を冷やして、何としてでもアイシャを見つけ出さないと。
「ジル、すまない。アイシャの捜索はどこまで進んでいる」
ギルドの中でテーブルを並べて真ん中に座るマスターに尋ねる。横にはジルの秘書とギルド職員が町の地図を見ながら打ち合わせしている。
「ユヅキか。今、手配できた2チームに捜査を依頼している。誘拐の場合、町の外に逃げられるのが一番厄介だ。2チームには、東西の門を押さえてもらい、そこから捜索してもらうようにしている」
ギルドマスターのジル自ら陣頭指揮を執って、アイシャの行方を追ってくれている。
「衛兵達も動いてくれるのか?」
「連絡はしてある。だが貴族絡みだと別ルートから逃げられる可能性もある。当てにせん方がいい」
閉まっている城門以外にも門番が使っている裏口など、貴族が口添えすればこの町から外に出る事は可能だ。
「今回も貴族絡みだと」
「チセさんの話を聞くと、お前の留守を狙って鍵のかかった裏扉から侵入している。手際が良すぎる」
プロの仕業か……カリンの家族を襲ったチンピラとは違う。そんな者を雇えるのは、やはり貴族か。俺とカリンが家を離れたのは、衛兵の取り調べがあったからだ。その情報を知り誘拐犯に知らせた者がいるはずだ。
「俺達は独自で動く。一番怪しい歓楽街から捜索する」
「分かった。だが3人一緒に行動してくれ。夜中でもあるしひとりになると狙われる可能性もある、注意してくれ。夜が明けたら捜索してくれる冒険者も増える。夜明け頃には、ここに戻ってくれるか」
「ああ、そうしよう。カリン、チセ。行くぞ」
無事でいてくれ、アイシャ。




