第152話 歓楽街
俺は、カリンのお兄さんを襲った犯人を求めて歓楽街に足を踏み入れる。
ここには前世のようなネオンもなく規模も小さいが、スナックのような酒場が軒を並べ、売春宿もいくつかあるようだな。
前の世界では営業の接待で、このようなところは何度も訪れている。今回荒事は無しだ。剣も差さずに護身用のナイフだけを持ち、一般客を装いこの歓楽街で情報収集をするつもりだ。
一軒の小さなスナックに入ってみる。
酒を頼み、もてなしてくれる若い女性に、「最近の景気はどうだい」に始まり、治安や暴力事件などについて、それとなく聞いていく。
「この前もね、店の中で喧嘩したお客さんがいて怖かったんだけど、マスターが若い人を呼んでくれたの。店に被害が出なくて良かったわ」
「へぇ~、その若い人って強いんだね。1人で喧嘩止めちゃうんだ」
「その時は2人来てくれたんだ。3人の時もあるけどね、強いのよ。お兄さんは弱そうだからマスターひとりでも大丈夫そうね」
「そうだね。俺は喧嘩なんて一度もした事ないしな~」
前の世界の営業マンスタイルでへらへらしながら情報を聞き出していく。
聞くところによると、縄張りみたいなものはあるものの、1グループ5、6人のメンバーで動いているようだ。全体で多くとも3グループぐらいか。
翌日の晩も俺は歓楽街に行くとアイシャに断りを入れて玄関に向かう。すると家に戻っていたカリンが、俺と一緒に歓楽街に行くと言い出した。
「あんた、なんでそんなとこ行くのよ。兄さんを襲った犯人を捜しているんでしょう」
勘のいいやつだな。まあ、今までそんな所に遊びに行った事も無かったからな。アイシャも薄々気付いているようだし。
「私、犯人を見つけて仇を討ちたいの」
「いや、あそこは危険なんだ。俺ひとりで行くから、お前は残れ」
そう、危険なのはカリンの方なのだ。カッとなって大魔法をぶっ放せば、あの一帯は火の海になってしまう。なんとかカリンに納得してもらい、今夜もひとり歓楽街に行く。
おや。昨夜とは違い入り口の手前で、若い男3人が立ち塞がるように立っているな。何だこいつらは。
「あんたみたいな町の英雄さんが、なんでこんなところをウロウロしているんだ」
昨夜1回来ただけでもう気づかれたか。やはり人族は目立っていかんな。
「何を調べているか知らんが、この辺りは俺達のシマだ。あんたの好き勝手にはさせないぜ」
「勘違いしてないか、俺はただの冒険者だ。冒険者はこんなところに来ちゃいけないのか? それともお前達が俺の相手をするのか」
腰のナイフに手をやり、すごんで見せる。俺は巨大魔獣を倒した冒険者ということになっているからな、相手の方が相当ビビっている様子だ。
「こ、ここでお前が入れる店はもうない。とっとと帰ったほうがいいぞ」
俺のことは知れ渡っているようだな。ならば話を聞くのはこの男達だ。俺が無言のまま逃げ腰の3人に近づくと、恐怖に顔を引きつらせ踵を返して歓楽街の方に走って逃げていく。
ちょうどいい、奴らを追えば犯人に辿りつけるか。
3人を追うと、バラバラに分かれて路地に入り込む。こんな時は慌てず、一番弱そうな奴ひとりだけを追えばいい。その若い男は必死になり逃げていくが、魔獣に比べれば遅い。徐々に追い詰め、捕まえようとしたら路地裏の少し広い場所に出た。
「ア、アニキ助けてくれよ」
「きさま、こいつに一体何をしやがった」
ガタイのいい熊獣人の男が声を張り上げる。ん、こいつがこの街の元締めか? いや、ただのグループリーダーと言ったところか。
周辺に木箱が積み重なった廃屋のような場所。半分壊れた部屋に似つかわしくない豪華なソファーが置かれ、男が腰掛けている。その横には娼婦らしき女を座らせ、前のテーブルには酒の革袋が転がっている。ここが、このグループのたまり場か。
「俺はここで人探しをしている最中でな。逃げたそいつを追いかけただけだ」
「人族? なるほどな。あんたらに手を出すようなバカな連中は、ここにはいねえよ。お前の探し人は、この一番奥の東の端でたむろしている連中だ」
「なぜ、お前が知っている」
一目見て俺の素性が分かったようだが、なぜ俺がここに来た目的までこいつが知っている?
「オレ達のとこにも同じ話が来たからな。人族の仲間の商店主を襲えとな。オレ達は素人さんを襲ったりはせんよ。あんな連中と一緒にしないでくれ」
「誰からの依頼だ?」
「貴族様だよ。オレは断ったから何処の誰なのか名前までは知らんがな」
「そうか、分かった。すまなかったな」
「まあ、気をつけてやりな。あんたは相当貴族連中から恨みを買っているようだからな」
やはり俺が原因で、カリンのお兄さんが巻き添えになったということか。やり切れない思いのまま、東の端の犯人がいるであろう場所に向かう。
歓楽街の東の端。城壁近くの建物の陰から、妙に明るくなっている場所をそっと覗き見る。7、8人だろうか若い連中が集まっているな。
酒を飲み騒いでいる連中の中には、カリンのお兄さんが言っていた犯人らしき鹿獣人もいた。さっきの男の話からしても、この連中に間違いないようだが少し人数が多いか。
これからどうしたものか。ひとりで殴り込みに行くなどできないし、証拠を集めて衛兵に突き出すのが一番なんだが……。
そんな事をウダウダと考えていると、後ろからカリンの怒鳴る声が聞こえた。
「あんた達ね。兄さんを襲ったのは!!」
うわっ! こいつ俺の跡をつけてきたのか! 止める間もなく、炎の玉が犯人連中に向かって飛んでいった。
「カリン! でかい魔法は撃つなよ」
「こんな連中相手に、本気なんて出さないわよ」
いや、カリンは何を仕出かすか分からん! 魔法を使えんように、俺が前に出て乱戦に持ち込むしかないか。ナイフを握り犯人連中へと斬りかかる。
突然の襲撃に驚いた犯人達もナイフや剣を抜いて襲い掛かってきた。ここで超音波振動を使うと、腕の1本や2本簡単に切り落としちまう。それはやり過ぎだ、普通のナイフモードで戦うが手加減が難しいな。
「エアカッター!」
カリンが風魔法で後方のふたりを一気に倒した。俺を避けての攻撃とは、カリンの魔術も上達してるじゃないか。カリンは続けざまに土壁を出現させて敵を分断する。
これでやり易くなった。俺も殺さない程度に足や手などを切り裂いて動けなくしていく。恐れをなして逃げようとする連中もいるが、既に土壁で取り囲まれ、チンピラの逃げ道は無くなっている。
俺とカリンの魔法攻撃で、地面に倒れ込んだ全員に向かってカリンがタンカを切る。
「また同じようなことしたら許さないからね。今度は死ぬ覚悟できなさい」
連続の魔法攻撃で追われる獣の気分になったのか、犯人達はガタガタと震えカリンを化物でも見るような目で見ている。俺達の実力は充分分かっただろう。
これ以上騒ぎを大きくするのはまずいな。ここは一旦、歓楽街を離れた方がいいな。カリンと共に足早に出口へと向かう。
「なんで、お前まで来たんだよ」
「なに言ってんのよ。あんたひとりじゃ何もできないでしょ。危険だって場所にナイフ1本だけで出て行って、何かあったらどうすんのよ」
どうもカリンは俺の事を、本気で心配してくれたようだな。少し涙目になりながらも俺を説教する。確かに俺ひとりでは何もできなかったな。心配をかけてすまなかったと、カリンの頭を撫でる。
肩を並べふたりっきりで、夜空を眺めながら真夜中の街を温かい我家に向かってゆっくり帰っていく。




