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第151話 狙われた家族

「ユヅキさんは居るかしら」


 ある日、黄金冒険者のメルフィルさんが家に訪ねて来た。今は俺とチセしかいないが、わざわざ俺の家まで来るとはどんな用件なんだ。驚きつつも食堂の椅子に座ってもらってお茶を出す。


「前に遠見の魔道具ができたら、売ってほしいって言ったのを覚えているかしら」

「覚えてるさ。だがまだ出来ていないぞ」

「それが、貴族街で売りに出されているのよ」


 売りに?! すると、単眼鏡を分解して登録図面を出した貴族街の職人の仕業だな。メルフィルさんに事情を説明すると、納得したように頷く。


「あの第3兵団長ね。あいつならそんな事をしそうだわ」

「だが直接的な証拠はない。糾弾しようにもできなくてな」

「そんな事しても領主に握り潰されるだけよ。ユヅキさんはあんな人達に関わらない方がいいわよ。それよりもう一度遠見の魔道具を見せてくれないかしら」


 チセから単眼鏡を受け取って、メルフィルさんは外に出て遠くの景色を眺める。売られていた単眼鏡と比べているようだが、販売された物は全体に靄がかかったようにぼやけ、周辺が極端に歪んでいたそうだ。目盛りも太く見辛らかったと言っている。メルフィルさんはすぐに偽物だと気づき、買わなかったようだな。


「本物を知らない貴族が珍しがって買うかも知れないけど、あんな製品だとすぐ売れなくなるわね」


 高性能のレンズはそう簡単には作れんからな。聞いた売値も高い、貴族価格と言うやつか。


「私も貴族街の知り合いと話をするけど、時々ユヅキさんの名前が出てくるの。魔術師仲間の間だとあのカリンが有名になっているわね。少しは注意したほうがいいかも知れないわよ」


 貴族街で名が出ると言う事は、何かしらの謀略に利用される事もあるのだと教えてくれた。そんな話を伝えるためにも、わざわざ来てくれたんだろう。親切な人じゃないか。


「ユヅキさん。遠見の魔道具完成したら、ちゃんと私の所に来るのよ」


 そう言ってメルフィルさんは、さっそうと帰っていった。


 ◇

 ◇


 ある日の夕食時。カリンの父親が経営するトマス商店が、破綻するかもしれないと聞いてびっくりした。

 どうしてなのか聞くと、ギルドと領主との抗争があった後、兵舎に納めていた酒や食料を別の商店から買うと言われ、取引できなくなったそうだ。


 抗争の間、一時的に貴族との取引を停止していた商店はあったが、抗争後は以前と同じように取引ができるようになったと聞いている。トマスさんの店に限って取引できないのは変だ。少しトマスさんに事情を聴きに行ってみるか。


「トマスさん、どうなっているんだ?」

「どうも最近、色んな所の取引ができなくなってきているんだよ」

「領主が口出ししているのか?」

「よくは分からないんだよ、隣町の仕入れが断られることもあってな。このままじゃ店を閉めて、よその町に引っ越しを考えないとならない」


 今まではこの町で順調に商売ができていて、跡継ぎの息子さん夫婦も頑張って店を切り盛りしている。急に取引が減るのはおかしい。


「商業ギルドに相談しに行こう」


 トマスさんと共に商業ギルドへ行き、事情を話して相談に乗ってもらう。


「どうもトマスさんの件は、貴族が絡んでいるように思えますね。今、兵舎への取引は貴族の商会が行なっているようですので」


 トマスさんが持ってきた以前の契約書などを見ながら、職員の人が答えてくれる。やはり貴族絡みなのか。


「でも、そのような例は他にもありまして。仕入れ先を変えた方が安定するとかの理由で、取引先が貴族商会になる事があります。逆に農民からの食料の取引を始め、利益を得た仲間もいます。貴族側に申し入れはしますが、個別の取引の問題とされる可能性が高いですね」

「隣町からの仕入れができないのはどういうことだ」

「契約違反があった訳ではありません。スハイルの町に対して、我々のギルドから何か言うことはできないんですよ。そちらも貴族絡みかも知れませんが、はっきりしたことは分かりませんね」


 ギルドは商業方法などの大枠は決めるが、各取引は個別で行なう個人主義。不正がない限り隣町に対して抗議はできない。個別案件だと言われれば、それまでなのだが……。


「トマスさんの所は店の規模を縮小するか、経営形態を変えることも考えた方がいいかもしれませんね」


 対応してくれた職員は申し訳なさそうに話す。

 もしかしたら、領主との抗争でトマスさんの店が狙い撃ちされたのか。それなら、俺にも少しは責任がある。何とかしてやりたいのだが……。



 そんな折、カリンのお兄さんが怪我をした。街のチンピラに絡まれて殴る蹴るの暴行を受けたらしい。それを聞いてカリンと家まで行ったが幸い命に別状はなく、鼻の骨折と内出血や打ち身で済んでいる。だが顔の腫れたお兄さんに、奥さんが泣きついていたのが痛々しかった。

 カリンも泣きそうになりながら看病している。


「トマスさん、どうしてこうなった?」

「いつも通りケルミと一緒に隣町まで仕入れに行ったんだが、向こうで少しもめてな。帰りがかなり遅くなってしまったんだよ。門は閉まっていたが、門番に開けてもらい荷の確認と税金を払おうとしたんだがな……」


 詳しく聞くと、仕入れた荷の中に麻薬に使われる葉が混じっていたらしい。もちろんトマスさんはそんな物を仕入れた事も、運搬を頼まれたこともない。

 だがふたりは取り調べを受け、夜遅くになってしまったようだ。


「家に残したケレイヤさんと、クルトのことが心配になって、ケルミを先に家に帰したんだよ。調べが終わった帰り道で倒れているケルミを見つけてな、門に戻って衛兵達を連れて来て病院に運んだんだ」


 その後、辺り一帯が調べられたが犯人は分からずじまいだそうだ。

 ケルミさんの話では、家の陰から出て来た若い3人組にぶつかられ、暴行を受けたそうだ。鹿族がふたりいたようだが、暗くて犯人の顔は分からないと言っている。


 俺達はカリンをトマスさんの所に残して家に戻る事にした。


「ユヅキさん、どうしてカリンの所ばかり、こんなことが続くのかしら」


 事情を聞いていたアイシャも、何か疑っているようだな。

 罠にはめられた感じではあるが、貴族や衛兵など町全体がグルになっている感じはない。門番の衛兵は職務をきちんと果たしていて、お兄さんの救助や捜査なども真剣にしているようだ。


 前の領主との抗争とは少し違う感じだ。

 それに荷に麻薬の葉を入れたのは、たぶん隣町の者の仕業だ。ここの領主がそこまで連携できるとも思えんが。

 だが胡散臭い事には変わりない。俺も少し調べてみるか。




「ニック。すまんな呼び出して」


 俺は、カリンのお兄さんを暴行した犯人を探ろうと、酒場までニックに来てもらった。

 ニックは駆け出しの頃に先生をしてもらった、白銀ランクのベテランだ。この街のことも良く知っている。


「カリンのお兄さんが街中で襲われてな」

「トマスさんとこの息子さんだな。噂では聞いている。大変だったそうだな」

「その犯人を捜しているが、心当たりはあるか?」


 ニックが直接犯人を知っているとは思わないが、ヒントになりそうなことでも知っていれば聞いておきたい。


「この街で、そんな事をする奴らは、東の歓楽街にいる連中だろうな」


 歓楽街? その辺りは行った事が無いのでよく知らんな。聞くと裏社会のようなものがあり、チンピラがたむろしているそうだ。


「奴らは俺達と違って、歓楽街を仕切る連中の依頼で動いている。用心棒や娼婦の斡旋から、麻薬や誘拐までやるような奴らだ」

「そんな奴らが野放しになっていていいのか?」

「貴族が裏にいるからな。チンピラ連中の中には貴族の息子も混じっていて、好き勝手しているようだ」


 裏に貴族がいる場合、今回の犯人を捕まえて衛兵に突き出しても無駄ということか。少し厄介だな。そう思っていだが、ニックは貴族の事など意に介した様子もなく話す。


「ちゃんと証拠があれば裁かれるし、目に余る事をすれば、俺達冒険者や衛兵でアジトをつぶしに行くこともある。東の歓楽街の中だけなら大目に見ているというだけだ」


 なるほど、いい話を聞かせてもらった。少し危険かもしれんが歓楽街に行ってみる必要がありそうだ。


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