第150話 単眼鏡
ある日の討伐の帰り、門のところで誰かを見つけたのかチセが立ち止まった。
「師匠。あたしお友達とお話ししてくるので、ここで分かれますね」
最近入隊した若い門番さんと友達になったようで、門のところで話し込んでいる姿をよく見かける。その門番さんは、鹿獣人の男の子でチセと同い年らしい。
お友達が増えることはいい事だ。恋人だと言って家に連れてきたら俺は許さんがな、と思いつつ家へ歩を進める。
ある休みの日の夕方、家に戻ってきたチセの様子が少し変だ。明日の討伐は休みたいと言ってきた。
「チセ、体の調子が悪いの? あまり無理はしなくていいからね」
「はい、大丈夫です。あ、でもちょっと体がだるいかな」
チセは夕食後すぐに、2階の自分の部屋に戻っていってしまう。
「チセ、大丈夫かな。ちょっと心配だな」
「大丈夫よ、門番の子と喧嘩でもしたんじゃない。明日1日ほっとけば元気になるわよ」
カリンは事も無げに言うが、最近討伐も順調だしチセの落ち込む姿は見ていない。チセに声を掛けに行こうかと食堂でオタオタしていると、アイシャにも「今はそっとしておきましょう」と言われてしまった。
翌日の討伐は昼過ぎには終わったが、やはりチセのことが少し心配だ。川で獲物の血抜きをアイシャ達に任せて俺は家に帰る事にした。
「チセ、居るか?」
部屋にも行ってみたがチセは居ないようだ。街中にでも出ているのかもしれん。まだ陽もあるし、心配する程の時間ではないのだが……。
1階の居間でお茶を飲んでいると、ドアが開き目に涙を溜めているチセが立っていた。チセは俺を見つけるなり、泣きながら抱きついてくる。
何があった!
「師匠、ごめんなさい。ごめんなさい」
「一体どうしたんだ?」
チセは泣くばかりだ。
ドアの前には、チセのお友達の門番の子が立っていた。
「すみません、僕が悪いんです」
そう言って、テーブルの上にバラバラになった単眼鏡を置いた。
事情を聴くと、昨日門番の子と一緒に、門の階段から単眼鏡を覗いて外を見ていたそうだ。
「その時、兵団長さんが来て、サボるなと怒られて遠見の魔道具を取り上げられたんです」
その兵団長は、羊の獣人らしく、俺が街でよく見かける兵団長ではないな。
今日返された単眼鏡はバラバラにされていて、チセと共に家に持ち帰ってきたと言う。
「チセ、大丈夫だからな。レンズに傷は無い」
「でもガラスが割れていて、バラバラで……。ごめんなさい、師匠」
チセはまだ泣き止まない。
「割れたのは目盛りを書いたガラス板だ。また作ればちゃんと元通りになるさ」
「本当ですか、師匠」
「ああ、大丈夫だから。さあ、涙を拭いて」
横にいた門番さんが、深いお辞儀をして謝る。
「本当に、すみませんでした」
「バラバラにしたのは、兵団長だ。これは俺が元に戻すから、君も気にしないでいいよ。それより職務に戻らないとまた怒られてしまう」
謝り続ける若い門番さんには、もう大丈夫だからと言って城門に帰ってもらった。
「それで昨日から様子が変だったんだな」
「遠見の魔道具は、今日返してくれるって言っていたから、師匠達には心配かけたくなくて」
チセを慰めていると、アイシャ達が帰って来た。
「どうしたのチセ! それにこの魔道具も」
アイシャ達に事情を説明すると、俺以上に怒っていた。
「悪いのは、その兵団長でしょ! 文句を言いに行かなきゃ!」
「カリンはその兵団長を知っているのか?」
「羊族っていうのなら、第3兵団長ね。領主の次男でいつも偉そうにして、イケ好かないのよね」
領主の次男か。領主とはこの前揉めたから、あまり関わりたくはないのだがな。
「カリン。この遠見の魔道具もちゃんと直る。殴り込みに行くなんて事しないでくれよ」
「チセは、それでいいの?」
「これがちゃんと直るなら、あたしはいいです」
「チセが、そう言うんなら今回は許してあげるわ。次同じ事したら魔法叩き込みに行くからね」
翌日、俺はボルガトルさんの所で目盛り入りのガラス板を、エギルのところで単眼鏡の外枠を作ってもらうように依頼した。
チセには、数日でちゃんと元に戻るからと慰める。
その3日後、単眼鏡も元に戻り、チセも元気になってきた頃、俺は職人ギルドマスターのボアンに呼ばれて事務所に行く。
「実はなユヅキ君。君が持っている遠見の魔道具と同じものが、貴族の職人から登録申請が来ていてな」
「どういうことだ!」
「これなんだが、君はこの遠見の魔道具の登録はしていないのだろう」
登録してきた図面を見ると、確かに単眼鏡の分解図だ。名前は遠見具となっている。
「俺は、遠見の魔道具を作る事はできないし、売ることも考えていないから登録はしていなかったんだが……」
すると、あの兵団長が関わっているな。取り上げた単眼鏡を貴族の職人に見せて、分解させこの図面を作ったんだな。
ボアンに今までのいきさつを説明した。
「だが、今まで誰も登録していない、新しい物なら登録しない訳にはいかない。後からユヅキ君が権利を主張しても通らなくなるぞ」
「この製品はおいそれと作れる物じゃない。まともに売ることはできないはずだ」
単眼鏡のレンズを作ったことのある職人は、チセの育ての親であるザハラだけだ。 構造が分かったからと言って簡単にできる代物ではない。
「売れない製品であっても、権利は残ることになるが」
「それは致し方ないな」
これは特許のような物で、早いもの勝ちになるのは仕方のない事だ。
「ユヅキが遠見の魔道具を前から持っていることは、みんな知っている。大きなトラブルにはならんだろうが、貴族側がまた何か仕掛けてくるかもしれん、注意しておいてくれ」
「ああ、分かった。わざわざすまなかったな」
「こちらも、貴族側の動きを注視しておく。何かあったら君に知らせよう」
あまり貴族とのゴタゴタには、巻き込まれたくないのだが、向こうから仕掛けてくるなら、降りかかる火の粉は払わないといけない。
一抹の不安を覚えながら、俺は家路に就く。




