第149話 ダイヤモンド加工
「ねえ、ユヅキさん。今日は何の日か知ってる?」
アイシャがモジモジと上目遣いで俺に尋ねてきた。
俺の誕生日? あれ、俺の誕生日ってこっちの世界で何月何日になるんだ?
アイシャの誕生日? 聞いた覚えはないぞ。あれ?
「あのね。ユヅキさんと1年前に出会った日なのよ」
「えっ、そうなのか! そういえばこれぐらいの時期だったな」
「実は、私も正確な日は覚えてないんだけど、3月1日の春分を迎えた後だったの。今日は3月最初の日曜日だし、一緒にお祝いしましょう」
女神様に会ってすぐ、この世界に放り出されて、山を数日歩きまわってアイシャに出会えた。今思うとよく生きていられたものだと感慨にふける。そうか、その記念日か。
「それはいいな。他のみんなと一緒に盛大にお祝いしよう」
俺は、レストランに今夜の予約を入れて家に戻ってきた。
記念日といえばプレゼントだ。何か記念になるような物を、みんなに渡してやりたいと、部屋の中にある報償品の前で悩んでいた。
ここには珍しい物がある、ダイヤの原石もその内の1つだ。これをアクセサリーに加工したいのだが、上手くいかない。
これがダイヤモンドなのは間違いない。
前に、小さなかけらをチセとガラス工房に持ち込んで板ガラスを切ってみた事がある。
木の棒の先に固定したダイヤで線を引くだけで、ガラスが綺麗に割れるガラスカッターになっていた。喜んだボルガトルさんに渡して帰って来たが、ここにある大きなダイヤをカットする手段がない。
チセにも相談してみた。
「師匠。このまま磨いていくだけじゃダメですか?」
「ダイヤを磨けるのはダイヤだけだから、1つ作るのに倍のダイヤが無くなっちゃうんだよな。時間もかかるしな」
「前みたいに、上手く叩いて、綺麗に割れませんかね」
「そうだな、試しに小さい欠片でやってみるか」
割っていけば、ダイヤの結晶の正八面体になるはずだ。
「なかなか、俺が思っている形にならないな。衝撃で割れるのは分かっているんだが、どこをどう叩けばいいか……」
自分でやってみたが、小さいし専用の道具もない。何回かハンマーで叩いたがダイヤは粉々に砕けただけだった。
「チセの鉄拳の武器にはめ込まれている綺麗な宝石、あれは原石から加工してくれたんだよな」
「はい、すごく気に入っています」
「それを作った本職に頼んでみるか」
とはいえ、報奨品をもらった時に兵士から聞いた話だと、ダイヤモンドの事は知れ渡っていない。加工した事のある職人はいないはずだ、だから自分でカットできないか試していたんだが……。
装飾を注文した工房をエギルに教えてもらい、とにかく行ってみることにする。
「すまない、誰かいるか?」
「はい、ただいま」
出てきたのは、狐獣人の娘さんだった。黄褐色の耳がピンと立った、美人系のモフモフさんだ。
「すまないが、ここの親方はいるか?」
「私ですけど、何か御用ですか」
職人といえば厳つい男だけしか知らなかったので、面を食らってしまったぞ。その様子を見た娘さんがムッとした顔をした。少し怒らせてしまったか。
「し、失礼した。今日はこの石をアクセサリーにしたくて来たんだが、ここでできるか?」
「この、ガラスを磨けって事ですか?」
「いや、この石は硬くて磨いて形を整えることはできない。割ってこんな形にしたいんだが」
俺は正八面体の絵を見せて、上面を水平にカットした最終形のダイヤモンドの形を見せる。
「うちでは色んな宝石を扱ってるから、できなくはないけど、本当に磨けないんですか? ガラスなら別の工房に持って行ってもらいたいんだけど」
「硬い石はあるか? これが傷つかないか確かめてくれないか」
やはりこの娘は少し怒っているようだな。親方が若い女性だから見くびられたと思われたようだ。あのエギルが紹介した工房だから、腕はいいと思っているんだがな。
奥の作業場の部屋から娘さんが、黒くて平たい石を持ってきた。石を下に置きダイヤを手に持って擦る。
「う~ん、確かにこっちには傷がない。石の方が削れてますね」
「宝石には、それぞれ固有の形があるはずだ。俺の持ってきた石はこんな形になる。衝撃を与えれば割れてくれるはずなんだがな」
「確かにそんな形の水晶はあるけど……専門家でもないあなたがよくそんな事分かりますね」
まあ、見た目俺はただの冒険者だからな。自分の知らない石の特徴を言われて、職人としてのプライドを少し傷つけてしまったか。やはりダイヤの事は知れ渡っていないようだ。特徴を少し知ってもらった方がいいな。
「ただこの石は脆くてな、変なところを叩けば粉々に砕けてしまう」
「試しに割ってみたいけど、屑石はありますか?」
俺は小さな粒を渡してしばらく待っていると、奥から娘さんが戻ってきた。渋い表情で4つに砕けたダイヤをカウンターに置く。
「確かにこれは難しいね。劈開面はあるから割れなくはないけど……」
「できそうか? エギルが頼むくらいだから腕はいいと思う。ここでやってほしいんだがな」
「エギルの親方の紹介……するとこの前、女性用の腕の鎧を依頼した人?」
「あれは、いい装飾をしてくれた。チセも喜んでいたよ」
この工房の腕の良さは分かっている。まさかこんな娘さんだとは思わなかったが、できればここでダイヤをカットしてもらいたい。
「やってみてもいいけど、保証はできませんよ。一番大きな石でも加工すると半分以下になる。失敗するとその半分になるでしょうね」
「それは仕方がないだろうな。この袋の石から大きい順に4種類のアクセサリーを作りたい。お願いできるか」
「初めて作るから、料金も分からないよ。働いた日数で出すことになるけど、それでもいいならやりますよ」
「ああ、それで頼む。それと砕いた小さな石は研磨剤として使うから、全部とって置いてくれるか。貴重な石なんでな」
「そうですね。最後の研磨は、この石自身を使わないとできないでしょうから」
俺は、家にあるダイヤの内、その半分を入れた袋を渡して加工をこの工房に頼んだ。
ここなら、きっと素晴らしいアクセサリーができるだろう。今日のお祝いには間に合わなかったが、気長に待つことにしよう。




