第141話 鉄刀木
「この木材から、杖を作るんですね」
若い女性職員は木材を繁々と眺めているが、不思議そうに首を傾げる。
「この木材はなんと言う木ですか? あまり見かけない木なもので」
「俺もよくは知らんのだが、鉄刀木と言っていたな」
「少し待っていてもらえますか。木の種類で料金が変わってくるので聞いてきますね」
その若い職員は部屋の奥の方に歩いていった。グラウスも珍しい木だと言っていたから、知らないのも無理ないか。
俺はぼんやりと部屋の中を眺めてると、横の方で魔弾に魔力を込めている魔術師達がいることに気がついた。
あの箱はチセが作って、俺が改良した魔弾専用の道具だ。ちゃんと使えているのか気になって覗いていると、反対側の奥の方から職員ふたりがやって来た。
さっきの若い職員と一緒に、俺と同じ歳くらいの狐獣人の女性職員が一緒だ。若手職員とは違い身なりが上品だな。貴族出の上司か?
「あなたが、杖を作ってほしいと依頼された方ですか」
「ああ、そうだ」
カウンターの上に置いた木を眺め、触ったり指先で叩いたりと確かめている。
「この木を、どのようにして入手されたのでしょうか?」
何か不審がられているようだな。貴族でも商人でもない一般人が、高価な木材を持って来たからか? 支部とは言えここは王国直属の組織だ、職員も王都の大学を卒業した人達ばかりだと聞いた。俺のような者は場違いなのかもしれんな。
「その木は、地滑りのあった森の調査団からもらった物だ」
「先ほどから、部屋の中を覗いていたようですが、お知り合いでもいらっしゃいますか」
どうも変質者か何かに間違われているのか? この部屋の職員はほとんど女性のようだしな。さっき部屋の中をキョロキョロと見渡していたのを見られていたようだ。
隣りにいた若い職員も狐獣人の後ろに隠れて、不審者を見るような目で見ているぞ。完全に勘違いされているな。
「いやなに、その魔弾の道具はチセが作った物で、上手く動作しているか気になったものでな。気に障ったのなら、謝るよ」
チカンなどに間違われた時は、しっかりと説明するか逃げるかのどちらかだと聞いた事がある。満員電車ではそういうこともあるらしい。この場合は、不審者でないことを説明すべきだな。
「あのう……チセ様のお知り合いでしょうか?」
「チセとは一緒に住んでいる。魔術師の人達にも世話になったと聞いている」
「これは失礼しました。わたくしはここの責任者でレアテミスと申します。ここでは何ですので、こちらの部屋に来ていただけますか」
さっきまでの態度と一変し、俺は隣の応接室に通された。若い職員がお茶まで出してくれる。
「チセ様には、魔弾の件でお世話になっています。職員の魔術師達にも色々と配慮いただき、ありがたく思っています」
「いやいや、チセからは皆に助けてもらっているとしか聞いていなくてな。俺はユヅキという。今後もチセの事をよろしくお願いする」
挨拶も終わり、誤解も解けたようで早速杖の話に入ろうか。
「今回、杖の加工ということですが、この木材は大変貴重なものでして。鉄刀木の中でも魔力の通りが良い品で、魔鉄刀木と呼ばれている木材です」
ほほう。グラウスが珍しい物だと言っていたが、その中でも魔術師の杖として最適な貴重な物らしい。
「ここで加工した事のある職人はひとりしかおらず、出来上がるまでには少し時間がかかります」
「それは仕方がないな。それで杖なんだがこの図にあるような物を2本と、この細い杖と同じ物を4本作ってもらいたい」
作って欲しいのはカリンの腰に付ける新しい長い杖と、予備を含め今まで使っていたタクト型の杖だ。見本としてカリンに借りた杖をテーブルに置く。
「それですと、材料の木材が足りなくなりますが……」
「今は重くて1本しか持ってきていないが、これと同じ物が家に後3本ある。それなら足りるだろうか」
「全部で4本ですか! そんなにも……いえ、失礼しました。多分3本もあれば大丈夫かと思います」
魔の森から持ち帰っていた枝は後10本程あったはずだが、そんなに貴重な物だったとはな。気前よく4本ももらえて良かったよ。
「この図ですと少し複雑ですので、職人と直接話した方がいいと思います。しばらくお待ちください」
レアテミスさんが部屋を出た後、しばらくして職人さんと一緒に入ってきた。
「俺はギザイラという。少し図を見せてもらうよ」
腕っぷしの強そうな豹獣人の職人が図を見ていく。
どうして職人達はこうも厳つい獣人ばかりなんだ。モフモフではあるのだが近付く事すら戸惑ってしまうぞ。もっとカワイイ系の職人は居ないものか。この職人は、アルヘナの魔術師協会では一番の腕だと紹介されたので致し方ないのだが。
「この短い杖の方だが、魔力をわざと制限しているようだが、それでいいのか」
「ああ、魔力量が多くてな、制御しやすいようにそうしている。使い慣れた形がいいそうなので、これと同じ物を作ってほしい」
テーブルに置いた杖を眺めたり魔力を流しているが、それだけで構造が分かるようだな。
「この先端に伸びる金属も銅のようだが、銀にした方が良くないか。折角いい材料を使うんだから相性のいい銀の方がいいと思うぞ」
「魔法制御に差しさわりはないか」
「この木はそれ自体で魔力を整える力がある。そして発動する際も、抵抗なく発動するので狙いがつけやすくなる性質がある」
それで最高級品と言われているのか。
「その木と相性がいいのが銀ということだ。この部分で魔力を制限するのはいいとしても、魔鉄刀木本来の力を発揮するには、発動する部分を銀製にしたほうがいいと思うぞ。この細さならそんなに金もかからんしな」
「分かった。では銀で1本だけ作ってくれ。それを試して良ければ残り3本も同じように作ってもらうよ」
タクト型の杖なら、時間も掛からず作れるそうだ。カリンに試してもらってから、他の品を作ってもらおう。使うのはカリンだし、ちゃんと納得した物に仕上げたい。
「次に、この長い方の杖なんだが、この握りは風属性しか使わんようだが、それでいいのか」
「そのように考えていたが、何か不都合はあるか」
「いや、それはもったいないと思ってな。握りを使わず杖に直接魔力を流しても魔法はちゃんと発動するが、握り手をしっかりと作ってそこに魔力を流す方が効率は良くなる」
俺は風の靴専用と考えていたが、今後どのように使うか分からない。最初から作り込んでいた方がいいと言う訳だな。カリンの注文では握り手は2ヶ所だが、それを言うと両方とも全属性に対応できるようにすると言ってくれた。
「それと、この大きさの杖なら魔石を組み込んで魔力を増大することもできる」
「以前に魔石付きの杖を壊してしまった事があってな。それ以来、魔石付きは使ってないんだ」
「それほどの魔力量なのか! さっきも言ったがこの木は魔力を整えるから魔石への負担は少なくなる。壊れる危険は小さくなるはずだが……。レアテミスさん、どう思うね」
そう尋ねられたレアテミスさんは、魔術の専門家なのだろう。しばし考えてから口にする。
「これを使う魔術師の方は、タクトの魔術師様でしょうか?」
「ああ、そう呼ばれることもあるな」
「スタンピードの巨大魔獣に杖を使わず、素手で挑んだ方です。魔石が壊れる可能性はあるかと思います」
「ああ、あの魔術師か。なるほど……だがそれなりの魔石なら耐えられるかもしれん」
カリンはこの魔術師協会では有名なようだな。そのカリンの魔力でも使える魔石がないかと考えてくれる。
「どの程度の大きさの魔石なら大丈夫そうだ」
「最低でも灰色熊だ。それ以上が必要だな」
「それは俺達で用意しよう。だが時間がかかるかもしれん。先に杖を作って、後から魔石を付けることもできるか?」
灰色熊は今の寒い時期、姿を現さない。少し待つか別の魔獣を探すことになるな。
「それは大丈夫だ。作り込みさえできていれば、サイズの変更などは後からできる」
「それならここで杖の作製を依頼したいが、料金はどれぐらいになる」
「それでは、木材と魔石の持ち込みでの杖作製料金を算出します。明後日以降にもう一度来ていただけますか」
「分かった。それじゃ、よろしくお願いするよ」
時間は掛かるようだが、性能のいい杖ができるみたいだな。カリンの喜ぶ顔が見られそうだ。




