第137話 ホバークラフト1
「ユヅキ、あんたこの前の巨大魔獣を倒したときにやってた、ビューンて速く走る方法、私に教えなさいよ」
カリンが俺に突っかかるように尋ねてきた。
「急にどうしたんだ、いったい」
「自分の魔法でしようとしたけど、できなかったのよ。あんた何か隠してるでしょう」
カリンは魔法に関しては、なにかと自分でやりたがる。負けず嫌いなんだろうな。
「魔道部品を使ってるんだよ。ほれ、この靴の裏な」
「それだけで、あんなに速く走れる訳ないでしょう」
俺は靴の底に中魔力の風の魔道部品をくっつけて、ホバークラフトのように走れないか試したことがある。
推進力がなく上手く走れなかったが、マンモスの魔獣を倒したときは、カリンの風魔法で上手くいった。
「ほんとだって。じゃあカリンの靴にもこれを付けてやろう。靴を貸してみな」
「本当にそれだけで速く走れるの? はい、私の靴よ」
カリンは靴を脱いで俺に手渡した。靴は革のショートブーツで少しかかとが高くなっている。その靴底に手元にあった予備の部品を取り付ける。
魔道部品は下に向けて風を送るのではなく、上に向けて靴底に風魔法を付与する形にする。ここらが本物のホバークラフトと違うところだな。
「少し靴底に穴を開けてもいいか?」
「どれくらいよ」
「この銀の糸を通すくらいの小さなものだ。ちゃんと穴は塞ぐから水とかは入らないぞ」
「それならいいわよ」
靴に銀の糸を通して、足の指先から魔力を流して動作させた方がいいからな。俺の靴は女神様からもらった靴で替えがきかないから、穴を開けるのをためらっていた。
カリンの靴なら失敗しても買い替えればいいからな。ちょうどいい、この靴で実験をしてみよう。
「カリン。ちょっと足先を見せてくれ」
虎族のカリンの足はひざ下ぐらいから黄色い縞模様の毛が生えていて、くるぶしから足先までが長く、本物の虎のような足になっている。
足先には肉球があるから、そのあたりに魔道部品の銀の糸を這わせれば魔力が流せるはずだ。
「キャッ! どこ触ってんのよ!」
「この銀の糸を付ける位置を見てるんだよ。嫌なら付けてやらんぞ」
「し、仕方ないわね」
アイシャは俺に肉球を触らせてくれるが、カリンはいつも触らせてくれんからな。この際だ、プニプニを堪能しておこう。
カリンの肉球は柔らかくて触り心地がものすごくいいぞ。それに薄いピンク色なんだな。アイシャのは黒っぽかったが……種族によって違うのか。
「は、早くしなさいよね。くすぐったいんだから」
声を押し殺しているカリンも可愛いもんだな。よし大体分かった。
靴底に小さな穴を開けて、銀の糸を通して足先の中指の位置に丸めて固定する。魔道部品を靴底に向けて仮止めしたら完了だ。
「カリン、靴を履いてみてくれ。中の銀の糸を踏むような感じで」
「こうかしら」
「それで、足先から魔力を流してくれるか」
「足先から? ちょっと難しいわね。少し待ってくれる」
カリンは目を閉じて、体の中を循環させている魔力を足先に流すイメージをする。こいつは少し不器用だからな、時間がかかるかもしれんな。
「これで、どうかしら」
靴底を見ると、風が纏わりついているように見えるな、成功したようだ。これで魔道部品をしっかりと固定してと。
「よし、できているぞ。片足で立ってみてくれ。浮いた感じにならないか?」
「キャッ!」
足が滑って俺にしがみついてきた。
「なによこれ。氷の上にいるみたいに滑っちゃったじゃない」
「それでいいんだよ。もう一方の靴も同じように付けてやろう」
部品の取り付け位置は微妙で、靴底全体に風属性が付与できるようにする。ほんの少しでいいので地面との間に風を纏わせると、摩擦が無くなり水平方向に対して無重力と同じ状態になる。
「ほれ、手を取ってやるから、ゆっくりまっすぐに立ってみな」
カリンの両手を握って立たせてやる。カリンは、初めてアイススケートをする人みたいにぎこちなく立ち上がった。
「足がツルツル滑って、ほんと不安定ね。ちゃんと手を掴んでいてよ」
「よし、よし。じゃあ、少しこっちに引っ張るぞ」
「そんなに強く引っ張らないでよ。もっと優しくしなさい!」
カリンが足を震わせながら、立って滑る感覚を掴んでいると、ドアが開いてチセとアイシャが帰って来た。
「あれ、カリン。いつの間にそんなに師匠と仲良しになったんですか?」
「カリン、なんでユヅキさんと手を……」
「今、話かけると……、キャッ」
カリンの両足が滑って俺に抱きついてきた。
「おわっ!」
支えきれず俺まで転んじまったじゃねーか。ちょうどカリンを抱きかかえるような格好になって床に転がる。なんだか柔らかいぞ。
「カリン、なにしてるのよ!」
アイシャがカリンを起こそうとするが、また足が滑った。
「キャッ」
「キャッー」
今度はアイシャとふたり、俺の上に落ちてくる。
「グフェッ」
「あ~、ふたりともずるい。あたしも」
チセまで覆いかぶさってきた。キイエが飛んできてチセの背中の上で跳ね回っている。
「重い、重いって」
「なにが重いって、失礼ね。こら! どこ触ってるのよ」
「カリンも離れて。キャッ、ユヅキさんそこはダメだって」
「あたしも、あたしも」
ジタバタしている俺達を見て、キイエが喜んで飛び回る。もう無茶苦茶である。
「あのな、アイシャ。カリンを速く走らせるための練習をしてたんだよ」
「速く走る? 家の中で?」
「靴の裏に魔道部品を取り付けてだな……。あ~、ちょっとやってみせるから」
話すよりやって見せた方が早いな。俺は靴の横に手を伸ばして、横に止めてある銀の糸に魔力を流す。しゃがんだ格好で風魔法を靴底に付与する。
「チセ、俺の背中を押してみろ」
チセが押すと、体がそのままの状態でスーとドア付近まで滑っていった。
「どうなってるんですか? 師匠がドアまで行っちゃいましたよ」
「すごいわね。ユヅキさん何もしてないのに、なんで移動できるの」
「これと同じことができるように、カリンの靴に魔道部品を取り付けたんだ。ほれ、カリンもやってみろ」
カリンにも膝を抱えて、前かがみで安定した状態になってもらう。
「こうやって座って、魔力を足先に流せばいいのね」
「ほれ、背中押すから、そのままにしてろよ」
「えっ、うわ~。キャ~」
「なんで転ぶんだよ。お前、運動神経ないな!」
ほんと不器用な子だ。




