第136話 魔弾銃完成
「師匠。私達の作っていた魔弾銃が完成しました」
職人ギルドから帰って来たチセが、元気よく俺に報告してくれた。
「それは良かったな。すると魔弾の低価格化にも成功したのか?」
「はい。製造コストも下がって、魔力を入れてくれる魔術師さん達との話もうまくいったんです。後は売りに出すのを待つだけです」
チセが持ってきた魔弾銃は、俺の持っている魔道弓を小さくした形で、魔弾を詰めたマガジンで連続して撃つことができる。属性によってマガジンは色分けされていて、赤や黄色などカラフルな塗装がされていた。
「そのマガジンは簡単に取り換えできるのか?」
「はい。でも4属性全部用意しないといけないので、何種類もの魔獣相手だと単発で上に置いた方が早いですね」
通常、2種類以上の魔獣と同時に戦うことはないが、そういう事も考えて単発で撃てるようになっているんだな。
それでフル装備すると今のチセのように、腰にマガジンを4本と単体の魔弾ベルトを肩から斜めに掛けた姿になるのか。うん、うん。どこかの映画スターのようで様になっているじゃないか。
最初は完成できるか不安だと言っていたが、最後までよく頑張ったな。
「よし、それじゃ今日はお祝いしよう。レストランがいいかな、酒場がいいかな」
「キイエがいるからレストランはまずいんじゃない。他のお客さんが驚いちゃうわよ」
「そうだったな。チセ、ギルドの酒場でもいいか?」
「はい、ありがとうございます。師匠」
俺達はキイエと共にギルドの酒場に向かったが、酒場に入るなり他の冒険者が、キイエ見たさに集まってくる。
「それがユヅキのドラゴンか、ちょっと見せてくれよ」
「思ったより小さいな、背中とか触っても大丈夫か。翼を広げるとどうなるんだ」
集まりすぎて前に進めないじゃないか。前を開けてくれよ。
「キーエッ!」
突然肩の上にいたキイエが一声大きな声で鳴いた。みんながビクッとなって動きを止める。
「悪いな、今日はチセのお祝いなんだ。通してくれよ」
俺達は、酒場の奥の一角に座った。
「ありがとな、キイエよくやったぞ」
「ほんとにキイエは賢いわよね」
「さっきの声には、あたしもびっくりしました」
「キイエが鳴かなきゃ、私が魔法でなぎ倒すところだったわよ」
カリン、過激な行動はやめてくれな。お前の方がキイエよりおっかないぞ。
「何はともあれ、チセの魔弾銃の完成を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
チセはいつもの水で薄めたワインと、俺達はビールを入れた木のジョッキで乾杯だ。
「チセ、職人のみんなは優しくしてくれたか?」
「みんな、いい人ばかりで助けてもらってばかりでした。特にボルガトルさんがガラス製造について色々教えてくれて、魔弾の値段が下がったのも、ボルガトルさんのお陰なんですよ」
「へぇ~、あのボルガトルさんがね~」
「今はお弟子さんが3人いて、魔弾製作に取り組んでもらっています」
「あの人、弟子は取らんと言ってなかったか?」
「年始のメルクメスの花火を作るのに手が足りなくなって、雇った人をお弟子さんにしてるんです。多分もっと増えると思いますよ」
確かに魔弾はこれからも需要は多くなる一方だ。隣町のスハイルでも販売する事が決まっているそうだしな。今までガラス細工は、高すぎて買う人がいないと聞いていたが、これからはどんどん作って安くなっていくだろう。
「あのメルクメスの花火はキレイだったわね」
「はい。でもあんな薄いガラス球はあたし作れなくて、ボルガトルさんに教えてもらったんですよ。あの人優しい方ですよね」
あの偏屈な頑固おやじが変わったものだな。いや、チセにだけ優しいのかもしれん。
「私はこの魔弾に封じられた赤い炎の方が、力強くて綺麗だと思うわ」
カリンは花火の光よりも、魔弾の方に興味があるようだな。
鉄で覆われた魔弾自体に色は付いていないが、心臓部の魔弾キューブは魔法属性によってガラスに色付けされている。魔力がどれだけ入っているかも、外から確認できるように魔弾には小さな穴が開いている。
「それは、中級魔法の火の魔弾ですね。一番光りが強いんですよ。あたしはこっちの初級魔法の炎の揺らめきも好きですね」
どれどれと俺も、魔弾の小さな穴から中を覗き込む。ランプの光とは違って揺らめいていて風情があるな。
「魔術師さんが丹精込めて魔力を入れてくれたんだから、大事に使うんだぞ」
「はい、師匠。あっ、そういえば、魔力を入れるための道具を作ったんですけど少し動きのおかしい所があって、師匠、後で見てもらえますか?」
「それもチセが作ったのか?」
「はい。あれを使うと魔力を入れるのが簡単になって、魔弾の価格も安くできたんです」
「うん、うん。そうやって改良していくことは、大事なことだぞ。うむ、もう俺の教えることは無くなったな」
師匠と呼ばれたからには、一度こういうセリフを言ってみたかった。
「もう~、何言ってるんですか。師匠はいつまでも、あたしの師匠ですからね」
嬉しい事を言ってくれるな~。
今夜はみんなと過ごす、楽しい食事会になりそうだ。
◇
◇
ここは王都、魔術師協会内にある魔道具部門のマスターの部屋。
私は今日の仕事を終えて、夕暮れ時マスターに呼ばれてここにいる。
「すまんな、こんな時間に呼び出して」
「いえ、何の御用でしょうか、コルセイヤ様」
「そんなにかしこまらなくてもいいよ、シルス君」
コルセイヤ様は、いつもお綺麗で凛々しくしていらっしゃる。自室のせいか、今は少し砕けた感じの服を着ておられる。
「実はアルヘナの魔術師協会から、魔弾に使われている部品が魔道具かどうかの判断をしてほしいと知らせが来ていてね」
「今、噂になっている魔弾ですか?」
「もうアルヘナでは量産態勢に入っていて、今さらなんだがな」
そう言って、コルセイヤ様はテーブルの上に、小さな四角いガラス細工を置く。
「これが魔弾ですか。初めて見ますが、ただのガラス細工にしか見えませんね」
「魔弾の心臓部の魔弾キューブというものらしい。こちらが完成した魔弾のサンプルだ。どちらも魔力はまだ入っていない」
「これに魔力を入れても、いいでしょうか?」
「ああ、やってくれ」
私は説明を受けて、キューブの銅の糸が出ているところから魔力を入れてみる。ガラス細工の中に丸い炎が揺らめいているのが見えた。
「これで魔力が封じられたということですか」
「そうだ、この状態で2ヶ月以上持つそうだ」
「そんなにも! こんな単純な構造で、魔道部品も使わずにですか! どなたが作られたのでしょうか」
今まで作られた魔道具でも、こんな構造の物は見たことがない。
「アルヘナに住む、ドワーフの娘とガラス職人の男性だそうだ、名前はチセとボルガトルというらしい。シルス君は知っているかい?」
「いいえ、ボルガトルさんは聞いた気がしますが、チセさんは知らない名前ですね」
町に住む職人の方なら会った事があるかもしれないけど、ドワーフ族に私の知り合いはいないわ。
「君が王都に来てから開発されたそうだから、知らないのも無理はないんだが、どうも人族のユヅキ氏も関わっているようだ」
「ユヅキさんが……なるほど。このような発想や技術、あの人なら有り得ますね」
「それで君は、これをどう見る」
「これは魔道具ではありませんし、ユヅキさんが関わっているというなら、安全面には充分配慮されていると思いますが」
「さすがだな、そう言い切れるとは。よほどユヅキ氏を信頼しているということかな」
あのユヅキさんが世に出すと判断したのなら、全て考慮されているはずだわ。
「調べたが、この魔弾キューブには最大でも中級魔法しか入らんそうだ。それを金属で包んで丈夫にし、先端に強い衝撃が加わった時だけ中の魔法が発動するように作り込まれている」
「よく考えられた製品のようですね」
「これは小さなガラス製品だが、君が開発した魔道具と同じように画期的な物だと私は思っている」
「これを王都でも製造しようとお考えでしょうか」
「ああ、できればそうしたい。だが王都中のガラス職人に作らせてみたが、魔力が中に封じられるのはせいぜい鐘半分が限界だった」
「あのランプの魔道具でも半日程度で消えますから、仕方ないでしょう」
ランプと同じ製造方法なら、半日魔力を封じるガラス球は作れるでしょうけど、聞いた魔弾の価格には釣り合わない高価な物になるでしょうね。
「あのランプは、昔に我々魔道具師の先輩達が10年以上かけて完成させた物だ。この魔弾はわずか数ヶ月で開発されたと聞いている。やはり人族の技術なのだろう」
「ユヅキさんを、どうにかするおつもりですか」
少し表情に出しすぎたか。コルセイヤ様は温和な口調で答える。
「いやいや、そんな事は一切考えていないよ。あまり怖い顔をしないでくれ。あの方々には感謝しているくらいだ。この魔弾の製造で、今まで使われなかった魔術師達に仕事が回ってきて利益も出ているそうだ」
「そちらの方を、王都でもしようと」
「魔弾が王国中で使われるなら、魔力を入れるのに王都の魔術師を使わないと追いつかないからね。そちらの交渉はするつもりだ」
魔道具でなければ、どこででも製造は可能になる。でも魔弾の製造方法は秘密とされ、現在アルヘナでしか製造されていないらしい。利益というよりも、危険性のあるこの魔弾を管理しようという意図があると、コルセイヤ様もお考えのようだわ。
「シルス君、今夜時間があるならこれから私と食事でもどうだ。開発中の魔道具の話も聞きたいしな」
「はい、ご相伴にあずからせていただきます」
今夜は上司と過ごす、緊張する食事会になりそうだわ。




