第134話 魔獣の登録
今日は、冒険者ギルドマスターに完成した地図の報告をしに行く。それとキイエの事も相談しないとな。そっちの方が大事か。
街中でキイエを見られると騒ぎになるので、幌付きの荷馬車の中で箱に入ってもらうが、真っ暗な中ひとりぼっちにするのも可哀想だ。木箱の前面をケージのような柵状にすれば、暗くならず外も見れて安心するだろうと、ナイフで箱を加工しておいた。
また箱に入るのかとキイエは嫌がっていたが、少しの辛抱なので我慢してもらおう。アイシャが箱の外から付きっ切りであやしてくれている。頼むから大きな鳴き声を上げずに大人しくしていてくれよ。
俺は、冒険者ギルドの受付窓口でマスターのジルを呼び出す。
「ユヅキか、予定通りだな。地図は完成したのか」
「ああ、そっちの方は大丈夫なんだが……。すまんが裏庭に停めている荷馬車まで来てくれんか」
「ん、一体どうしたんだ」
荷馬車の前まで来たジルに、箱を見せて説明する。
「驚かんでほしいのだが、ドラゴンの子供を拾ってな。少し見てくれ」
「なに! ドラゴンだと!」
幌付きの荷馬車の中で、アイシャが箱に入っているキイエを見せる。
「た、確かにドラゴンだ。襲われたのか?」
「いや、最初から俺に懐いて、離れんので連れて帰って来たんだが……」
「ん~む。で、お前達はこいつをどうしたいんだ?」
「ジルさん、この子と一緒に住みたいんです。お願いします」
アイシャが懇願して、俺も頷く。
「魔獣を飼慣らして、馬などの代わりに使役する冒険者はいる。登録さえしていれば使役魔獣として認められるのだが……ドラゴンなど初めてだ」
「使役魔獣? それに登録すれば、こいつと街中でも暮らせるんだな」
「ああ。だが危害を与えんと実証しなければならん。俺を含めギルド幹部と衛兵の代表者の前で飼い主に忠実なところを見せる必要がある」
キイエと仲のいいところを見せればいいのか?
「手続きに関しては、受付窓口で説明させよう。それにしてもドラゴンか……、ん~。ユヅキよ、先に地図の話を聞いていいか」
それなら、キイエは一旦家に戻すか。カリンに言ってこの馬車で家まで帰ってもらおう。アイシャは使役魔獣の事を聞きたいと言うので、家に帰った後でまた冒険者ギルドに来ると言っている。
俺は作った地図を持ち、ジルと2階の部屋へ行く。
「これが作った地図だ。地滑りのあった山の麓から、森の端にある平原までの範囲を描いている」
「どういうことだ! ユヅキ。お前空を飛んで見てきたのか。なぜ上から見た図がここにある!」
なぜと言われても詳細な地図が欲しいと言うから、俺は国土地理院が描くような地図を作ったつもりなのだが。とはいえ、こちらの地図記号が分からんから木や岩などは絵で表し、山も山頂の位置と形が分かるような絵にしている。
「ここにチセが測った元図がある」
単眼鏡で測定した扇形の目盛りを付けた、調査用の地図だ。
「この目盛りを四角く広げたのが、完成した地図になる。見ただけの測定だから遠くの山の麓は粗く、不正確だが尺度は合っているはずだぞ」
「ん~む。見た目の地図を平面に書き直したと言うのか? この調査用の地図も詳しすぎるな……。ユヅキ、お前は地図を見たことがあるか?」
街中や町周辺の地図は見たことがある。商業ギルドで見た街中の地図は、工房の名前が入っている、割と詳しい地図だったが。
「街中は誰でも通れる、詳しくて当然だ。だが山や森林は違うだろう」
ジルが部屋を出て丸めた紙を持ってきてテーブルに広げる。これが町の北側にあるカウスの林近辺の地図だと言う。町から延びる街道と山に向かう道、目印になる岩や木、山の形が漫画の絵のように描かれている。
縮尺も距離もバラバラなゲームの説明書にあるような地図がそこにあった。これだとアイシャの洞窟の家の場所がどこなのかも分からんな。
「今度森へ行く調査団は魔獣の調査もするが、ユヅキが描いたような地図が欲しいから現地へ行って調査をするんだ。それを森に入る前から作るとは……」
地図を作れと言うから、てっきり平面の地図だとばかり思っていた。 しかし、こんな簡単な絵のような地図を描くだけなら、単眼鏡にスケールを付けたりしなくても良かったんじゃないか。
「まあ、いい。これを領主に提出しよう。その調査用の地図も一緒にもらっておくぞ。報酬は既定の額を渡すが追加報酬もあるだろう、期待していてくれ」
あれだけ苦労をかけて作った地図だ。追加報酬があるのならチセに渡そう。まあ、これもチセの勉強になったようだから、良しとしておくか。
俺は部屋を出て受付窓口に向かうと、アイシャが俺を待っていてくれた。
「ユヅキさん、早速キイエの登録の仕方を聞きに行きましょう」
「そうだな」
空いた窓口で登録の事を尋ねる。
「すまない、魔獣の登録の仕方を教えてほしいんだが」
「魔獣の? 登録ですか? ちょっとお待ちくださいね」
「あ~、ユヅキさんとアイシャさん。こっち、こっち」
いつもの慣れ親しんだ狐族の受付嬢が、俺達を呼んでいる。
「さっきマスターに聞いたんですけど、使役魔獣の事について説明しろって言われたの。こっちに来てくれますか」
俺達は受付嬢と一緒に隣の部屋に通された。そこで声を潜めて受付嬢が俺達に話す。
「ユヅキさん。使役魔獣を登録前に町に入れるのはまずいんだって」
「やはり、そうなのか?」
「うん、うん。本当は町の外か檻に入れてギルドで預かるんだって。でも今回はユヅキさんの家にいて、町に出さないならいいってマスターが言ってました」
そうか、それは助かるな。家で一緒に居られるとアイシャも喜んでいる。
「ねえ、ドラゴンの子供なんですって。私も見てみたかったな~」
「あのね、目がクリっとしてて可愛いのよ。キイエっていう名前なの」
「アイシャさんいいな~。そんな可愛いドラゴンと一緒で」
「おい、おい。それより登録の方法を教えてくれよ」
この受付嬢は、すぐ別の事をしゃべりだすからな。困ったものだ。
「ああ、そうだったわね。ギルドと町の偉い人に安全かどうか見てもらって登録するそうよ。私も初めてでよく知らないんだけど、ここに書いてあるの。それによると、魔獣の特徴である攻撃を、飼い主が抑えることができるかを見るんですって」
「攻撃を抑えるって、どうするんだ? 炎を吐かせるのを止めさせたり、飛ばないようにしろってことか?」
「まず、攻撃させて、次に飼い主が攻撃させないようにできたらいいそうよ」
犬の『待て』を覚えさせればいいということか?
「で、登録の試験の日はいつになるんだ」
「ギルドの役員さんを集めないといけないから1週間くらいはかかりますね。まだ日は決まってないので、決まったらこちらから連絡します」
それまでにキイエを躾けないとならんな、大丈夫か?
「もしその試験がダメだったらどうなる」
「え~と、その時は1週間後にもう一度再試験をすると書いてますね。そこで登録できるか判断するそうです」
「ユヅキさん、キイエは賢いから大丈夫よ。ここに来るときも鳴かずに大人しくしてくれてたし」
「そんなに賢いの? ドラゴンだものね、やっぱり他の魔獣とは違うんでしょうね」
「そうなのよ。あの子、私が夜警している時も一緒に見張っててくれたんです」
「すごい、私もドラゴン欲しい!」
そこらにほいほいとドラゴンの子供はいないと思うぞ。それに大人のドラゴンだったら食べられてしまうかも知れんしな。
「あっ、そうだった。ユヅキさんこれ、魔獣の仮預かりの証書です。これにサインしてもらうとドラゴンと家に居てもいいそうです」
それを先に言わんか。
俺は書類にサインをしてその控えを受け取り、キイエの待つ家に帰る。




