第133話 ドラゴン
肩に乗ったドラゴンと共に小屋に戻り部屋の中に入る。腕を差し出すとドラゴンは腕に飛び乗って、テーブルの上に降りた。
カラスよりは大きめだな。鷹といった感じだが、背中の翼とは別に腕がある。鱗の生えた鋭い爪のある腕だ。
四つん這いではなく2本足で立ち、テーブルの上をチョンチョンと跳ねたり、トコトコ歩いたりしている
「こいつをどうする?」
「それはもう、師匠に懐いてるんですから、このまま飼いましょう」
「そうね。危害を加えるような雰囲気じゃないわね」
「何言ってるのよ、こいつは私に攻撃してきたわ!」
それは、お前が先に攻撃したから反撃しただけだろう。
カリンがビシッとドラゴンを指差すと、「キーエッ!」とまた威嚇されてビクッとなったカリンが手を引っ込める。
どうもカリンとは相性が良くないようだな。
「おいおい、あんまり怒るなよ」
俺が手を差し出すと、ドラゴンは甘えたように手に頬ずりしてくる。
「よく見るとかわいい顔してますよね」
チセも俺の隣で頭を撫でるとドラゴンは目を細める。
「そうね。目もパッチリしているし、青い鱗もスベスベね」
アイシャが撫でてやると、ドラゴンは気持ちよさそうにテーブルに蹲り大人しくしている。
鱗は深く緑がかった青色で、光が差すと透き通った青に輝く不思議な鱗だ。俺と目が合ったときは赤い目だと思ったが、よく見ると黒いつぶらな瞳をしている。
「ねえ、アイシャ。触っても大丈夫なの?」
「カリン。かわいいわよ、このドラゴン」
カリンが手を出そうとすると、キッと睨まれて手を引っ込める。カリンに馴れるには時間がかかりそうだな。
「よし、このドラゴンを飼おう」
「賛成」
「まあ、飼うというよりは同じ仲間になるという感じだな。体は小さいがドラゴンとしてのプライドもあるだろうしな」
「師匠。それなら、ちゃんと名前をつけないといけませんね」
そうだな、仲間になるのに、種族のドラゴン呼びでは可哀想だ。よし俺が名前を付けてやろう。どんな名前がいいか……。
「そうだ、強そうなドンドラゴは?」
「なに、それ。目が黒いからクロリンでいいんじゃない」
「カリン、それはかわいくないわ。私は青の神様のアルカミテイヤがいいわ」
「単純に鳴き声から、キイエちゃんでいいんじゃないでしょうか」
チセの言うのも、ごもっともだ。性別が分からんからキイエちゃんかキイエ君になるが、どちらでも大丈夫だな。
「よし、キイエにしようか」
「そうね、無難ね」
名前はキイエに決まったが、どうやって飼えばいいのか全く分からん。餌は何を与えればいいんだ。
「ドラゴンって何を食べるんだろうな?」
「やっぱり、肉じゃないかしら」
アイシャが干し肉を口の前に出すと、前足でつかんで器用に食べていた。
「豆はどうですかね」
チセが器に豆を入れて与えると、啄むようにして食べる。どうも雑食性のようだな。
色々あったが外は暗くなってきた、さあ俺達も夕食にしよう。外で夕飯を作り小屋の中で食事をする。キイエは俺達が食事をしているときは、床に蹲って静かにしていた。
今夜の警戒は、前半がカリンで後半がアイシャだそうだ。小屋は仮に建てたもので頑丈にできていない。外で警戒してもらい危なくなったら起きて攻撃するか、荷馬車で逃げる事になる。その時はキイエも連れて行かないとな。
カリンが外で火を焚いて警戒していると、キイエも外に出て屋根の上に飛び乗った。もしかしたらカリンと一緒に、警戒してくれているのかも知れないな。
俺とチセは明日も地図を描く仕事がある。すまないが小屋の中で休ませてもらう。
翌朝。陽が昇る前に起きて、少し明るくなってからいつもの朝の鍛錬をする。
「アイシャ、夜は寒かっただろう。ありがとうな」
「最近はもう慣れてきたわ。それにね、ユヅキさん。昨日の晩はキイエが私の傍にずっと付いてくれて、一緒に警戒していたのよ」
ほぉ~、随分とアイシャには懐いたものだな。ドラゴンが近くにいるだけで魔獣は警戒したのか、昨晩は何も異常がなかったと言う。充分護衛の役を果たしているじゃないか。
アイシャが地面に蹲っているキイエの頭を撫でて干し肉を渡すと、両手でつかんでムシャムシャと食べている。アイシャも我が子を見るように慈しむ。
俺が剣道の素振りをしていると、キイエも俺と同じような動きで前後に飛び跳ねているな。一緒に遊んでいるつもりなのだろう。
鍛錬が終わって、朝の食事をアイシャと一緒に用意していくと、寝ていたカリンも起きてきて、みんなと一緒に小屋の中で食事をする。もちろんキイエも一緒だ。
「今日中には地図の仕事が終わる予定だ。明日の昼までに細かな修正をしてから帰路に就く。もう少しだ、みんな頑張ってくれ」
「予定通りじゃない。このあたりは魔獣が少ないみたいだし、楽なもんよ」
そう言ってもらえると助かるな。その日の地形調査は夕方前に終わり、その調査資料を基に俺が地図を完成させていく。
翌日、分からない所をもう一度チセに見てもらって、書き足すなどして昼前には地図が完成した。
「さて地図もできたし、帰ろうか」
「おいで」というとキイエも荷馬車の中に乗り込んできた。順調に進めば、夕方までには町に帰れそうだが、ふと気になった。
「門のところでキイエが見つかると、やばいんじゃないか?」
「そうよね、ドラゴンだものね。どうしようかしら」
「食料を入れてきた、空き箱の中に入ってもらえばいいんじゃないですか」
「こいつ、鳴くかもしんないよ」
「じゃあ、ユヅキさんも一緒に箱の中に……」
「師匠がいないと、もっと怪しまれますよ!」
結局、キイエを箱の中に入れてやり過ごす事に決定した。キイエは利口そうだし大丈夫だろう。
門の前で「静かにしててくれな」と箱の中にそっと入れて蓋をする。俺とカリンが御者台に座り、残りふたりは荷馬車の幌の中、あえてキイエの箱から遠い位置に座ってもらおう。
「やあ」と普段通りに門番さんに挨拶したが、少しぎこちなかったか。領主からの調査依頼書を見せると、一応荷馬車の中を確認されたが何事もなく町の中に入れてほっと息をつく。
家の前に荷馬車を停めて、装備や余った食料を家の中に運び込む。もちろんキイエも箱に入れたまま家の中に入れる。
「キイエ、すまなかったな。出ておいで」
キイエは箱から出て、興味深そうに家の中を見渡した。
「キエッ」と一声鳴いて家の中を歩き回った後、背中の黒い翼を広げ2階へ飛んでいった。アイシャが心配そうに後を追いかけて行くが、キイエの事はアイシャに任せておけば大丈夫そうだな。
食事をするときにはキイエは1階に降りてきて、俺の横にちょこんと座って餌を食べている。
「明日、ギルドに報告に行くが、ギルドマスターにはキイエの事を話そうと思う」
「そうですよね。いつまでも隠しておく事は、できないですものね」
「ユヅキさん、この子を余所にやらないでね」
アイシャは、もうキイエを自分の子ども扱いだな。可愛くて仕方ないようだ。
「そりゃそうさ。キイエは俺達の家族同然なんだからな」
大切なものがまた増えた。




