第131話 隣村メラク
翌日の早朝まだ陽も登らないうちに、俺はスタンピードに襲われた隣村の調査に行くことになった。領主からの依頼を受けて、冒険者ギルドが調査団を派遣すると聞き志願したのだ。
今日アイシャは、湖に沈めた巨大魔獣の引き上げや解体に参加する。カリンは昨日の疲れを癒してもらうためチセと一緒に留守番だ。
隣村のメラクはここから南西の方向、馬車で半日程の距離にある。その村に行ったことはないが、スタンピードが発生して村が襲われたと聞いた時から気になっていた。
「ユヅキまで参加するとは思ってもいなかったぜ。なにせ巨大魔獣討伐の功労者、町の英雄だもんな」
「バカな事言うなよ。黄金ランク冒険者やカリンがいなかったら倒せてなかったんだからな」
それが事実だ。俺ひとりの力じゃ何もできなかった。
「俺達、白銀ランクが束になっても傷ひとつ負わせられん魔獣相手に、単身で突入して牙を切り落としたんだ。英雄の資格はあるさ。もっと胸を張れよ」
「まあそういうことにしておこう。それよりメラク村の様子がどうなっているか情報はないのか?」
「最初の『スタンピードが起きて壊滅状態』の報があった後は、誰も行っていないからな。今どうなっているか分からんな」
今までは町の防衛で手いっぱいだったのは仕方ないが、もし生き残りがいるなら何としても助けてやりたい。
「俺はメラクとは違う村の出身だが、こういう時のために地下に避難する場所を作っている。そこに避難できていれば、助かっている奴がいるはずなんだがな」
なるほど、緊急時の自衛手段はちゃんとあるんだな。生存限界の3日まではまだ時間がある。俺達が到着するまで頑張っていてほしい。
「おい、あそこに地滑りの跡が見えるぞ。これはでかいな」
スタンピードが起こった原因とされる地滑りだが、山の中腹から地面がえぐれて、雪や木が魔の森に流れ込んでいる。そこだけが巨大な爪で引っ掻かれたように、地肌がむき出しになっているじゃないか。
これほど山の形が変わる大規模な地滑りだとは思っていなかった。魔獣が溢れ出てくるのも頷ける光景だ。
地滑り跡を横目に見ながら荷馬車を走らせて、しばらくするとメラク村があった場所に到着した。村の境界を示す柵も住民の家々も全てなぎ倒されている。周辺にうっすらと積もった雪の地面とは対照的に、魔獣の足跡がそこら中に散らばっている。
「お~い、誰かいないか!」
「アルヘナから助けに来たぞ。誰かいたら返事をしてくれ」
家を一軒一軒見て回り地下室も調べていくが、地下室ごと魔獣に押しつぶされた遺体やら、体の一部が残されたものなど悲惨な光景がそこにあった。
「おい! 生存者がいたぞ!」
民家の地下室に親子が生存していた。村人に聞くと、集会所には丈夫な地下室があり何人かいるはずだと言う。その場所で3組の親子を発見したが、真夜中の事で逃げてこれたのは、ここにいる者だけだそうだ。
「お~い、誰かこっちを手伝ってくれ。家の下に子供がいるぞ!」
俺はその声のする場所に走って行き、瓦礫をかき分ける。倒れた柱の隙間で震える幼い男の子を助け出し抱き上げた。
「よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
荷馬車の中にその子を運び込み、毛布に包んで暖める。怪我は大したことないようだが、両親が近くで亡くなっていた。そのショックの方が大きいようだ。
俺達は炊き出しを行なって、助かった者達に温かな食事を振る舞った。
村の生存者はこれだけか……ここまで破壊されては村を再建するのは難しいだろうな。生存者は町に移住するしかないか。村の調査を終え、生存者と共に町へと街道を進む。
あの被害で16人を助けられたのは良かったと思うが、やはりこの世界は死と隣り合わせだと、まざまざと見せつけられる。城壁のない村が魔獣の群れに襲われれば壊滅する。アルヘナのような城壁があっても、あの巨大魔獣が来れば破壊されるだろう。
前世の日本も災害の多い国ではあるが、村人の9割が死に至る災害など聞いた事がない。
街道を進み、町に入る手前の湖には、昨日俺達が倒したマンモスの骨だけが残されていた。町総出で巨大魔獣の引き上げと解体をすると言っていたが、骨だけになってもやはりでかいな。あの巨体をよく1日で解体できたものだ。
俺達は救助者を教会に送り届け、ギルドに調査報告をして、家に戻る頃にはすっかり暗くなっていた。
「ただいま」
「おかえりなさい、ユヅキさん」
「夕飯温めるから、ちょっと待ってなさい」
「師匠、お疲れさまでした。オフロも沸いてますよ」
みんな、俺の帰りを待っていてくれた。温かな家があるのは本当にありがたいことだ。俺は先に風呂に入らせてもらい、夕食をみんなと共にする。
「村の様子はどうだったの、ユヅキさん」
「16人は助かったが、村自体は壊滅だな」
「それはお気の毒だったわね」
そんな暗い話より、明るい話題の方がいいな。
「こっちの巨大魔獣の解体は上手くいったようだな。帰りに骨が見えたよ」
「あの魔獣を引き上げるのに大勢の町の人が協力してくれて、ロープで引っ張り上げたのよ。その後、ギルドの人や町の解体屋さん達、30人がかりでやっと解体できたの」
あのでかいマンモスをロープで引き上げるのは、俺も参加してみたかったな。
「ギルドの大きなカウンターにいる、いつものあの人、凄腕なのよ。解体の棟梁さんみたいで、他の人達に指示してどんどん解体していったの。大きな包丁でね、手捌きがすごかったわ」
「あのね、魔石も大きなのが町に運ばれてきて、チセと一緒に見に行ったの。すごかったよね」
「はい、両手で抱える程の大きな魔石でびっくりしました。師匠にも見せたかったです」
「でもあの魔石は、領主の所に行くんでしょう。領主って何もしてないのにずるいわよね」
まあ、封建社会のこの世界では仕方あるまい。巨大魔獣とはいえ、それ程の魔石を体内に持っていたとはな、一度見てみたかったな。
「でも、お肉はもらってきたわよ。討伐や解体に参加した人の報酬だって」
「すると、このステーキやスープの肉は、あの魔獣の肉か?」
「ええ、そうよ。当分お肉には困らないわね」
あんな死闘の後だ、こんな役得があってもいいか。しかし、中々に旨い肉だな、マンモスの肉を食べた現代人は俺しかいないだろうな。
翌日、スタンピード撃退の報酬の金額が決まったそうで、黄金ランクを除く冒険者がギルドに集まる。今回参加した冒険者は全員、その貢献度に応じた報酬が与えられる。
俺とカリンが最上級クラスの報酬をもらい、その次にアイシャが高い報酬をもらう事となった。チセも鉄ランク上位と同じ額の報酬をもらえたそうで喜んでいる。
報酬とは別に、俺とカリンには、報奨の品として巨大魔獣マンモスの牙の一部と毛をもらうことができた。
マンモスの毛は全属性の魔法耐性があり、ローブにすると最高級ローブになるそうだ。裏地もマンモスの毛を緻密に編み込むことで、矢や剣を通さない簡易的な鎧にもなると言う。
それは助かるな。カリンにも全属性の魔法耐性があるローブを作れるぞ。黄金ランクのメルフィルさんが着ていたローブもこのローブだそうだ。確かに色がよく似ているな。
その後メルフィルさんに紹介してもらい、王都の腕のいい職人さんにローブを作ってもらう事にした。
マンモスの牙は薬や貴族の飾り物として高く売れるそうだ。牙はカリンのお店で引き取ってもらい、お金に替えた。記念に牙の一部をもらい4人分の首飾りに加工してもらう。
「あたしまで、もらってもいいんですか」
「チセも魔獣監視で頑張ったんだから当然さ」
「真っ白でつるつるしてて綺麗ね」
「ほんと、あんな恐ろしい奴の牙とは思えないわね」
戦いで勝ち取った4人お揃いのアクセサリーを胸にすると、なんだか誇らしいな。激闘ではあったがいい経験になった。
「チセ。お義父さんに無事を知らせるデンデン貝はもう送ったか?」
「はい、師匠に言われた日に送っています。あと4、5日で着くと思いますよ」
多分、噂話としてスタンピードのことがザハラの耳にも伝わるだろう。心配はかけたくないからな。
何はともあれ、みんな無事で良かった。




