第130話 祝宴 巨大魔獣討伐
湖に沈めたマンモスは、明日引き上げることになった。傷を負った者もいる。なによりもう疲れ果てて動ける状態じゃない。カリンも魔力切れ寸前で、ぜぇぜぇと息を切らしている。
座り込んでいた冒険者達が徐々に立ち上がり、切り落とした牙や鼻を荷馬車に積み込み、町に帰る準備をしていく。
「アイシャ、カリン、よくやったな。さあ町に帰ろう」
町から迎えの荷馬車もやってきている。
カリンに手を貸し自分達が乗っていた荷馬車に乗り込み帰路に就く。平原に広がる魔獣の死骸を避け川に架かる橋を渡ると、いつもの穀倉地帯が見えてきた。
俺達はここを守れたんんだと、実感が湧いて来た。無傷の土地の先には、第2防衛線の物見やぐらがそびえ立つ。
「師匠、おかえりなさい。師匠、師匠」
馬車から降りた俺に抱きついてきたチセの頭を優しく撫でる。俺達の事が心配だったんだろう、目には涙が溢れていた。
「チセもよくやってくれた。魔獣の監視ちゃんとできたんだってな。指揮所の人達が感謝していたよ」
「師匠達も、すごかったです。ここから魔獣を倒すところ見てました」
チセは顔を上げ涙を拭き、笑顔を俺に見せてくれた。
「アイシャ、カリンもお疲れ様です。かっこよかったですよ」
「ありがとう、チセ。もうヘトヘトよ」
チセを馬車に乗せ、夕日が沈む町に向かって馬車を走らせる。
「少し前、シルマーンさんが町に運ばれて行きましたけど、大丈夫でしょうか」
巨大魔獣の一撃をまともに食らっていたからな。動けてはいたようだったが骨折はしているだろうな。
町では魔獣討伐の知らせが既に届いていて、すごい歓声のもと皆を出迎えてくれた。カリンの家族達も出迎えてくれる。
「無事で良かった。よく頑張ったな」
「父さんも無事で良かったわ」
「カリン。本当に怪我はないか」
「兄さん、大丈夫よ。それにお義姉さんも。クルトも来てくれたのね、ありがとう」
町の人達が祝宴を開いてくれるそうだ。今から準備するので夜になるそうだが、それまでは家で休むことにする。
俺は椅子に浅く腰掛け、だらりと足を伸ばす。アイシャ達もテーブルに突っ伏して動けないでいる。
「師匠、もうすぐオフロ沸きますよ」
先に帰っていたチセがお風呂を沸かしておいてくれた。こういう時、家に風呂があるのは助かるな~。
順番にお風呂に入って疲れを癒やす。
「やっぱり、オフロっていいわね」
「うん、うん。疲れが吹っ飛ぶっていうか、元気になれるわよね」
水で薄めた冷えたワインをコップに注いでみんなの前に置く。風呂上がり、本当はコーヒー牛乳が欲しいところだが致し方ない。
一息ついてから俺達は祝勝会に向かう。会場は兵舎横の訓練場に設けられた。250人以上の人を一度に収容できるのは、ここぐらいだろうな。
壇上にはこの町の領主とブロックスがいる。領主は初めて見るが、羊の獣人だったんだな。俺よりかなり年上で白髪の混じった小太りの男だ。
やはりシルマーンは動くことができないんだろう、この場にはいないようだな。
「兵士諸君、冒険者の皆、ご苦労だった。今回の魔獣どもは強敵であったと聞くが、君達の働きで退けることができた。健闘を祝して祝勝会をここに開く、ゆっくり寛いでくれたまえ」
領主に続いてブロックスが挨拶する。
「今回のスタンピードを、皆よく凌いでくれた。あの巨大魔獣とも互角に渡り合い、仕留めることができた。君達はこの町の英雄だ! 少ないが巨大魔獣のステーキも用意してくれている。今夜は飲んで食って共に祝おう! 乾杯!」
「乾杯!」
歓声と共に祝宴が始まる。
「ユヅキ、大活躍だったそうだな」
同じ遊撃部隊のレリックが足に包帯を巻きながらも、近寄り声を掛けてくれた。
「レリック、もう足の怪我はいいのか」
「骨は折れてないさ。こんな祝勝会は滅多にないからな。欠席するわけにはいかんよ」
「アイシャさん、無事帰ってきてくれて嬉しいです」
「カリンさんも無事で。城壁から見てたけど、なんかすごい魔法連発してましたよね」
遊撃部隊の連中も集まってくれて、お互い無事を祝う。
「巨大魔獣って、どんな魔獣でした」
「鼻が長くて、牙がすっごく大きくてね、バケモンみたいな魔獣だったわよ」
「ウァ~、そんなのと戦ったんですか」
鉄ランク冒険者は直接巨大魔獣を見ていないからな。戦いの様子を聞きたいと集まり、盛り上がっているようだ。
「ユヅキさん。これ巨大魔獣の肉だって」
アイシャが一口サイズの焼いた赤身の肉料理を持ってきてくれて、カリンも一緒に食べてみる。
「このプニョプニョしたところが美味しいわね」
「肉は少し硬いけど、味が濃いわね。チセも食べてみる」
「はい、いただきます」
コラーゲンなのか脂肪なのかが付いているが、これはブロックスが切り落とした鼻の肉だな。
ブロックスとシルマーンはあの巨大魔獣に一騎で立ち向かっていた。やはり黄金ランク冒険者は強かったな。そう思っているとブロックス本人がこちらに近づいてきた。
「君がユヅキ君だね。最初に巨象の牙を落としてくれて助かったよ。君達には何か報奨品が出るそうだ。楽しみにしていてくれ」
その後ろにいたスラッと背の高い、深い焦げ茶色のローブを着た猫獣人の魔術師がカリンに声を掛けてくる。
「あなたかしら、大魔法を連発していたのは」
「あんた、誰よ」
「私は黄金冒険者のメルフィルよ」
俺達が本隊に合流した時にブロックスと一緒にいた人だな。よく見ると猫じゃなくてヤマネコの獣人か? 背中まで伸びた茶色い髪に黒い斑点があり、きりっとした美しい顔をしているな。
「あなたが最初に撃っていた、炎と岩の大魔術は私の得意技なのよ。私のお師匠様から教わった魔術を、なんであなたが使えるのかしら」
「メテオラのこと? あんな魔術、誰にだってできるわよ」
そういえば、この人も大魔法で巨大な沼を出現させていたな。カリン並みの魔力があるのか?
「あんただったのね。私の氷の壁を邪魔して、土の壁を出したのは」
「なに言っているのよ。ちゃんと湖に誘導してあげたじゃない」
なんだかこのふたり、張り合っているみたいだな。カリン、相手は黄金ランク冒険者なんだから自重しろよ。
「あそこは氷の壁で滑らせて誘導するんでしょ。あんた土魔法しかできないんじゃないの」
「バカね、あそこは丈夫な土魔法でしょう。私は水を含め3属性の魔法が使えるわよ!」
「私は4属性、全部使えるわ!」
「魔術の腕は、私の方が上よ!」
どうもこの人はカリンと同じタイプの人みたいだな。勝手にやっててくれ。
「ユヅキ君だったね」
声をかけてきたのは、ここの衛兵の隊長さんだ。その後ろにはいつもの副官の人もいる。この厳つい熊獣人は、俺がこの町に初めて来た時に尋問をしてきた、すごく怖い人だ。
「君のおかげで、この町は救われた。ありがとう」
「あ、いえ、そんな事はないですよ。兵隊の皆さんのおかげで勝てたんですから。えへへ」
下手に出ないと何されるか分からん。
「我々が取り押さえられなかった巨大魔獣をよく倒してくれた。兵士達が倒れた時に、光魔法で巨獣の目を眩ませてくれたお陰で、何人もの仲間達を救出できた。感謝しているよ」
そういえばこの隊長さんも、鎖でマンモスを取り押さえるときに参加して指揮していたな。
「これからも、この町で活躍してくれることを願っているよ」
隊長さんは俺の肩にそっと手を置いて、ニコッと笑いかけて去っていった。あれ、この隊長さんって優しい人なのか?
「カリン、今の人知ってるか?」
「この町の衛兵をまとめてる一番上の隊長さんね。偉い人だけど配達に行ったときは優しく声をかけてくれるのよ」
町の治安を担う警察の署長のような人らしい。そうなのか、怖い人だと思っていたが、俺はなにか勘違いしていたのかもしれんな。
その後も、みんなと共に飲んで騒いで夜は更けていく。




