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第121話 年末年始

 この世界では冬至が1年の始まり。もうすぐ1月1日、お正月だ。


「そろそろお正月だが、この国ではどんな祝い方をするんだ?」

「オショウガツ? 年始の事かしら。その日は家族や友達と街に出てお祝いするわよ」


 カリンが教えてくれたが日本の正月とは違って、お祭りのようなものをするようだな。


「除夜の鐘とかは、ないんだろうな」

「ジョヤ? 鐘なら年始だけ鐘8つを鳴らすわよ。ユヅキの国でも年始に鐘を鳴らすの?」

「年末だな。108回……、10回を10回とその後に8回鳴らすんだ」

「げっ! なんでそんなに鳴らすの? 鐘が好きなの? やっぱユヅキの国は変わってるわね」


 まあ、確かに外国から見ると変わっているか。でもあれを聞くと年末感がすごいんだがな~。


「この国だと、鐘は2回しか鳴らさないけど、夜中に鐘8つを聞きに、広場に大勢の人が集まっていたわね」

「露店もいっぱい出るし、賑やかなのよ。アイシャは雪の多い時しか町に来てなかったから久しぶりよね」


 日本でもカウントダウンしてたし、同じようなものか。町中の人が集まるというし、賑やかなんだろうな。チセもこの町のお祭りを楽しみしているようだ。


「あたしはこの町の年始のお祭りは初めてですけど、職人ギルドの人達と一緒に露店を出したり、いろんな企画を考えているんですよ」

「えっ、何かやるの?」

「それは、年始のお祭りまで秘密です。楽しみにしていてください」


 家族と過ごす静かな正月もいいが、みんなで騒ぐ正月も楽しそうだ。

 社会人になってからの俺は、静かに過ごすというよりも寝正月ばかりだった。疲れ果てて寝ていたことの方が多かったな。


「年始はいつまで休みになるんだ」

「いつまでって、どういう事よ? 年末の日は日曜日だし、年始の日はお祭りで休みじゃない」

「えっ、三が日……、3日ぐらいまで休まないのか?」

「ユヅキさん、体の調子でも悪いの? それなら3日くらいまで休んでもいいけど」

「あたしは、2日に職人ギルドでお仕事がありますよ」

「普通そうよね。ユヅキ、ずる休みはダメよ」


 えっ~、俺のお正月が~。

 そういや、職人さん達は日曜も働いていたな。冒険者ギルドは年中無休だし。そんなところは、こっちの世界の方が厳しいんだな。とほほ。


 だが年末といえば大掃除だ。


「次の休みの日に大掃除をします!」


 俺は夕食の時にみんなに宣言する。


「え~、こんな寒い時期に掃除するの~」

「そうです。今年の汚れは今年中に落として、年始を清々しく迎えるのです!」

「師匠、それは人族の風習ですか?」

「そうです。これは私の風習なのです。だからみんなもやりましょう!」

「ユヅキさんがそう言うなら、やりましょうか。煙突の掃除、今年はしてなかったしね」


 翌日は討伐依頼の仕事だが、その次の日はみんなで大掃除をしよう。


「俺は洗い場をやるから、カリンは煙突の掃除な」

「任せなさい、私の可憐な魔法を見せてあげるわ」


 煙突は土魔法の砂で中の煤を落として、風魔法で煙突の外に吹き飛ばすそうだ。専門の業者もいるそうだが、俺達にはカリンがいるからな。

 カリンは杖を持って暖炉の下に行く。


「サンドストーム」


 煤がバラバラと落ちてきて、慌ててカリンが風魔法を使う。


「ト、トルネード」


 どうやら外に吹き飛ばせたようだ。相変わらず変な名前を叫んでいるな。


「ゲホッ、ゲホッ」

「カリン、何ですかそれ。顔中煤だらけで真っ黒ですよ」

「まあ、カリンったら、マスクはしてなかったの」

「ユヅキ、ちょっと顔洗わせて~」

「ほらよ」


 手桶に水を入れてカリンに渡す。やはり専門業者ではないから、上手くはいかないか。


「もう1本煙突あるんだろ。今度はしっかりとやんなよ」

「任せなさい、今度は煤なんか被らずに終わらせてやるわ」


 さて俺は風呂場の掃除をするか。この日のためにデッキブラシを作っておいた。

 普通のブラシに木の棒をくっつけただけだが、岩風呂の掃除といったらこれだろう。


 水を流しながらデッキブラシでゴシゴシと磨いていく。浴槽の岩やタイルはこの白い磨き粉をかけて磨けば汚れが落ちるらしい。

 前世のような専用の洗剤があればもっと綺麗になるかも知れんが、力を入れて擦れば汚れは落ちる。水はちょっと冷たいが、汚れがどんどん落ちてタイルもピカピカになっていくのは気持ちがいい。

 ニマニマしながら岩やタイルを磨いていると、後ろからカリンが声を掛けてきた。


「あんた、なに薄ら笑いしながら掃除してんのよ。気持ち悪いわね」

「うわっ! なんだ、カリンかよ。びっくりするじゃねーか」

「その手桶を貸しなさい」

「お前、また煤だらけじゃねーかよ」

「うっさいわね。来年は負けないんだからね。待ってなさいよ、煙突め」


 なにと勝負してんだよ、こいつは。


「ここの掃除終わったら、風呂沸かすから部屋の掃除でもしてろよ」


 この日の内に家中を綺麗にしてから、お風呂に入る。俺は一番最後にのんびりと湯に浸かる。やはり石鹸を大量に買っておいて良かった。アワアワにして体も綺麗にできて気分もさっぱりとする。これで清々しく新年を迎えられるぞ。




 そして大晦日の夜。この世界では年末の日と単に言っているが、俺は大晦日という響きの方がいい。今夜は町を挙げてのお祭りだ。


「うぉ~、この広場人でいっぱいじゃないか」


 昼間でもこの中央広場は人が多いが、いつもにも増して大勢の人が集まっている。広場には増設された街灯があり明るくて、真夜中とは思えんな。


「ほんとすごいわね。チセが露店を出しているって言ってたけど、どこかしら」

「いたわよ、あそこの露店で何か売ってるわ」


 チセとガラス職人のボルガトルさんが一緒に露店をしていた。一緒といっても無口なボルガトルさんは後ろで座っているだけだな。


「皆さん来てくれたんですね」

「チセ、これ何を売っているの?」


 露店の台には、手のひらに乗るガラス球の中に淡く炎が揺らめいている。これは魔力を入れたガラス球か。それを砂時計のように、細い3本の木の棒と上下の板で囲んでいる。

 ボルガトルさんの技なのか、球によって違う色のグラデーションで縞模様がついた凝った作りをしているな。


「ここの絵に描いているように、今夜鐘8つの時に空に投げてお祝いするんです」

「割れた時、危なくないのか?」

「中の魔力はすごく小さいし、ガラスもすごく薄くて割れた時に飛び散って危なくないんですよ」


 カウントダウンのイベントで使うアイテムという訳か。

 魔力を入れる銅線もガラスで封がされていて、これ以上の魔力が入らないようになっているな。シャボン球のような極薄のガラス内に煌めく魔法の炎。小さな魔力だけでこんな綺麗な色に光るんだなと見入ってしまう。


「中の炎が綺麗ね。チセが作ったの?」

「ボルガトルさんとふたりで考えたんですよ。他の露店でも売ってもらって、お祭りの目玉商品にしてるんです」

「それじゃ俺達も買おうか。3つくれるか」

「はい、ありがとうございます」


 1つ銅貨8枚。ガラス細工としては、すごく安い値段だ。ひもが付いていて腰に付ける事もできる。よく見ると他の人達も、この不思議なガラス球を手にし見つめている人が多いな。


 深夜、そろそろカウントダウンのイベントだ。チセも俺達と合流して、手には光ったガラス球を持っている。

 鐘が鳴る少し前に広場の街灯が消されていく。


「あれ、何するんだろ? 今までこんなことしてなかったのに」


 薄明かりの中、チセが作ったガラス球を持った人の周りだけが、淡く光り輝いている。

 なるほど、この演出のために暗くしたのか。


 ――ガラン ゴロン ガラン ゴロン


 静かになった広場に、鐘8つの音が響き渡る。


「それじゃ、これを上に向かって投げますよ。エイッ」


 チセが手に持ったガラス球を夜空に投げる。上空には、他の人も一緒に投げた丸い光があちらこちらに浮かんでいる。

 足元に落ちたガラス球は、小さな破裂音と共に明るい光に包まれる。シャボン玉が割れるように飛び散ったガラス膜がキラキラと煌めき、歓声が広場いっぱいに広がった。


「アイシャ、すごく綺麗だったわね。感動しちゃった」

「ほんと、幻想的だったわね」

「すごいな。これをチセが企画したのか」

「はい、でもみんなが協力してくれて。成功したみたいで嬉しいです」


 この行事はのちに、1月の神の名前が付いた、『メルクメスの花火』として、毎年の年越しの風物詩となり、王国中に広まっていった。


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