第117話 鉄球作り2
作っておいた円盤状の砥石を水車で石臼のように回すわけだが、俺では無理だ。
やはりここは専門家だな。職人ギルドに行って相談すると、石臼を作っている石材屋さんを紹介してくれた。
荷車に砥石を乗せて行ってみると、空き地に大小さまざまな四角い石が積み上げられている所に、小さな2階建ての家が立っている。
「すまない。誰かいるか」
「はい、何でしょう」
奥からたくましい羊獣人の若者が出て来た。
「この石を水車に取り付けて回したいんだが」
「石臼ですね。ニナ、すまない来てくれるか」
奥さんなのか、ウサギ獣人の若い女性が奥から出てきて対応してくれる。
「この石の中心に穴を開ければいいんですね。でも変わった石臼ですね。薄いし裏に溝もありませんが」
「鉄を研磨するための道具なんでな」
「鉄を?」
まあ、こんな石を持ち込む者などいないだろうな。不思議そうに俺が持ってきた石を確かめながらも、説明を続けてくれる。
「水車で回すには、木製の歯車を取り付けるための溝を側面に彫りますが、歯車はありますか?」
「いや、新しい石なんでこれ専用の歯車を作ってくれるか。回転の速さは石臼の4、5倍必要なんだが」
「なるほど。それでは水車本体の歯車を見ないと駄目ですね」
それはそうだな。ニナさんにエギルの工房まで一緒に来てもらい、歯車を見てもらう。本体の歯車は欠けていたり腐って弱くなっている部分があるそうだ。
「エギル。これを俺の方で修理するがいいか?」
「お前が使うんだ。好きにしてくれればいいさ」
エギルの了解も取れたし、砥石をこの場所に設置してもらう事も含めて、全てニナさんに依頼する事にした。費用もそれなりの値段だったが、盗賊団討伐の報奨金もあるし充分予算内だ。
完成までには1週間ほど掛かるそうだが、これで高精度の鉄球の研磨ができるぞ。出来上がるのが楽しみだ。
今日は待望の研磨機ができる。エギルの工房に行くと、ニナさんと旦那さんも来てくれて砥石を設置している。
水車の主軸の歯車は金具で固定されているが、砥石側は歯車と革ベルトで主軸とつながり、使う時だけレバーを下げると回転するようになっている。
砥石は2種類。取り換えられるように同じ造りにしてもらっている。
「これでスムーズに動くと思いますよ」
レバーを下げて水車の歯車を接続すると砥石が回りだす。軸もしっかりしていてブレることもなくスムーズに回っているな、さすがプロだ。
「ありがとう二ナさん。おかげで上手くいきそうだよ」
「こちらこそありがとうございました。また御贔屓にお願いしますね」
そう言ってニナさん達は帰っていった。
「ユヅキよ、これで鉄球が丸くなるのか?」
「実際にやってみよう。鉄球は用意してくれているんだろ」
予めエギルには20個の中空の鉄球を作ってもらっている。ビー玉程度の大きさで粗削りは終わっていて大体丸い形になっている。
まずは上部の穴から水を入れて砥石を濡らす。
「この木枠の穴に鉄球を入れて、砥石の間に挟んで上部を水車で回転させるんだ」
下側の動かない砥石には、周辺から中心に向かう木枠を取り付けていて、片側に10個の鉄球を入れるための穴が開いている。木枠は中心軸を挟み反対側にも伸びていて、2個同時に研磨する。できる限り精度を高めるため、砥石が傾かないようにするためだ。
一番外側の穴に鉄球を入れて上部の砥石を回転させ、時々木枠を円周方向に動かしてやると、中の鉄球がクルクルと回転して綺麗に研磨されていく。
鉄球が削られて小さくなると、規定の隙間に調整された砥石に接触しなくなって鉄球の回転が止まる。これで第1段の研磨が終了だ。
取り出すと光った鉄球が出てきた。まだ完全に丸くはないだろうが研磨はできている。エギルに見せると「なるほどな」と感心していた。
試運転はできた。
これからは0.2mm違う大きさの鉄球を作っていく。この世界0.1mm単位で測定できる機械はないが、中心からの距離は測れる。
上の砥石は勾配があるから、中心部にいくほど隙間が小さい。中心からの距離の違いで大きさの違う鉄球を作り出す事が可能になる。
最初の鉄球を外周から1段中心部に移動させて、新しい鉄球を一番外側にセットする。
上部の砥石を水車で回転させて、4つ鉄球が動かなくなるまで研磨を続ける。大体15分ぐらいで1段の研磨ができるようだな。水車のおかげで見ているだけで出来上がっていくので楽だ。
これを続けて一番内側まで鉄球を研磨していくと20個の鉄球が出来上がる。
工房を閉める時間、エギルが俺の様子を見に来た。
「ユヅキ、もう夕方だが鉄球はできたのか?」
「仕上げはまだだが、20個できたぞ」
できた鉄球の片側10個を転がして見せる。手で研磨した物だとまっすぐ転がらなかったが、俺の鉄球はほぼまっすぐ転がってくれた。
「ほほう、なかなか良い物ができたじゃないか」
「だが、本番はこれからだ」
俺は2本の鉄の板を借りて、角材の間に平行に並べる。少し傾けて、レールのような鉄板の隙間を鉄球が転がるようにする。
レールの幅は手前を狭く、奥を広くしている。
「見ていろよ、ここに鉄球を転がすと小さい順に落ちていく」
転がした10個の鉄球は全て違う場所で落ちていった。
「どういうことだ。一つひとつ大きさが違うということか。鉄球を見せろ!」
鉄球の大きさは見た目では分からない。0.2mm程度の違いしかないからな。
目では判断できないと、エギルは10個並べた鉄球の上に鉄板を置いて横から覗き込んだ。
「確かに大きさが違うな。僅かな隙間があるし、上の鉄板を動かしても転がる球と、転がらない球があるぞ」
自分の目で鉄球の違いを確かめ、その精度に驚く。
「俺が最初にエギルに頼んだ鉄の球がこれだ」
「確かに10個大きさの違う球が欲しいと言っていたな。だがこの精度で作り上げるのは俺には無理だ。あの水平に回転する砥石を使えばできるということか」
俺は回転研磨機の説明をしたが、あまり理解はできていないようだな。だが実際、僅かに大きさの異なる鉄球が出来上がっている。
「ユヅキよ。お前はこれで何を作るつもりだ」
「俺は今、チセのガラスの実験に付き合っている。これはその一部さ」
「チセというと、この前連れて来たドワーフの娘か。その娘のためにこれを作ったのか」
「エギルもかわいい自分の子供のためなら、がんばれるだろう」
「確かにそうだな……だがこれ程の物を造り上げるとはな」
翌日、俺は鉄球を仕上げて、大きさの順に並べて箱に入れる。
「チセ、ガラス球の型ができたぞ」
「ありがとうございます、師匠。これ全部鉄製ですか、かなりお金がかかったんじゃないですか」
そういえば、回転研磨機を作る金も含め相当かかったような気がするぞ。まあ、いいか。
「どうってことないさ。チセのためだからな。明日はこれでいいガラス球ができるといいな」
「はい、本当にありがとうございます」
翌日からチセは、ガラス職人のボルガトルさんと一緒にガラス球を作っていくそうだ。あの精度のガラス球を作るのはなかなか難しかったようだが、大きさの違うガラス球を作り上げた。
できたガラス球の外形は四角い箱型だが、中に球体の空間があり細い銅線が外に出ている。
「師匠、やっとできました。今からこれに魔力を入れて、いつ消えるか時間測定をしますね」
「少し触らせてくれるか?」
俺が10個全部に魔力を入れたが1分以上消えない物ばかりだった。
キャンセル魔法でガラスの中の炎を消してチセに返す。
「これだと前に作った砂時計では大変じゃないか」
「ええ。ですのでもっと長い時間測れる砂時計も作ってきました。いくつもあるんですよ」
「ほー、すごいな。でもその外枠を作るお金は渡してなかったよな」
「はい。ボルガトルさんの仕事を手伝ってお金をもらったので、それで作りました」
俺が鉄球を作っている間に、あの偏屈なボルガトルさんと仲良くなったみたいだな。良いことだ。
「じゃあ、俺は明日から仕事だから、しっかり記録しておいてくれよ」
「はい、師匠、あたし頑張ります」
チセはニコッと元気な笑顔を見せてくれた。




