第116話 鉄球作り1
「エギル、相談に乗ってほしんだが」
「なんだ、ユヅキか。で、その相談ってのは面白い事か」
また俺が新しい物でも作って来たんじゃないかと期待しているようで悪いんだが、今回はエギルに苦労してもらう事になる。
今でもチセの作ったガラス球は、2mm程の精度で大きさの違う球を作り出している。それ以上の精度で鉄球ができるものなのか、専門家であるエギルに聞いてみる。
「このガラス球と同じ大きさの鉄の球を作ってほしいんだが、正確な球体が必要だ」
「丸い物は作るのが難しんだがな」
そうなのか? チセが作っているビー玉程度の大きさなら、精度は別としていくらでも作れるものだと思っていた。
「丸い鉄を作るのは、どのあたりが難しんだ」
「型を作って流し込めば大体の丸い形はできる。それを研いで丸く仕上げるんだが、真っ直ぐに転がるのは何十個に一個だけだ」
球体になっていれば、転がせば真っ直ぐ進む。前世のビー玉やパチンコ玉はそうなっていた。
確かベアリングの鉄球は精度が高く、作るには高度な技術がいると、何かの記事で読んだことがある。そこまでの精度は要らんのだが……。
「修業中に研ぎの練習で作る丸玉がある。見てみるか」
エギルはそう言って弟子のひとりに声をかけ、丸い鉄の球を持ってきてもらう。手に収まる大きさの物だが、中は中空でそれほど重くもない。研ぎミスなのか、所々平らな箇所が見られるな。試しにそれをテーブルの上で転がしてみた。
「なるほど。これじゃダメだな」
「そうだろう、これは難しいんだよ」
「ほんとは、この2つの球の間で10段階の大きさの違う球を作ってほしかったんだがな」
俺が欲しいのは10分の2mm違う鉄球を作れる精度だ。この世界では無理なのか。
「このガラス球は同じ大きさじゃないのか? その間の10段階なんて、そんな細かいのは無理だな」
きっぱりと断られてしまった。さて、チセにどう説明したものか……。
「師匠、どうでしたか?」
「エギルと相談したが、丸い鉄の球を作るのは難しいらしい」
「そうなんですか……」
期待していたのか難しいと聞いて、チセはしょんぼりしてしまった。それというのも鉄球によるガラス球作りをボルガトルさんと相談して、何とかできそうだと返事をもらったばかりだったから、余計に気落ちしたようだ。
「大丈夫さ、俺に考えがある。もう少し待っていてくれるか」
チセの期待には何としても応えてやりたい。要は金属を丸く研磨できればいい訳だが、エギルの所では手で磨いていた。それではダメだ。
機械的に砥石を回せれば研磨できるはずだ。この世界で同じようなものはないか? そういえば、小麦粉を作るのに石臼を使っていたな。
「カリン、お前の店で小麦粉はどうやって作ってるんだ?」
「小麦を仕入れて、水車で挽いてもらってるわよ」
「その水車、見せてもらえるか?」
「中に入るのはダメだけど、外からなら見れるわよ」
カリンとその水車小屋に行って窓から中を見ると、木の歯車を組み合わせて石臼を何台も回していた。そういやエギルの所にも水車があったな。
「カリン、ありがとう。俺はエギルの工房に寄ってから帰るよ」
エギルの工房の奥にある水車を見せてもらうと、上下にハンマーを動かしている物と、その横には直径20cm程の砥石が縦回転していた。量産型の剣やナイフはこれで形を整えるそうだ。
異世界といえば全て手作業かと思っていたが、そうでもないようだ。
感心してしまったが、俺が求めるのは石臼を回す仕組みだ。水車の一番端に水車小屋とよく似た木の歯車があったが、今は使っていないらしい。
「エギル、この場所を使わせてもらってもいいか?」
「粉挽きか? いいが、石臼はここには無いぞ」
「それはこっちで用意するよ」
今考えているのは、2枚の円盤状の砥石を石臼のように水平に回転させ、その間に鉄球を挟んで研磨する方法だ。これなら真円に近い鉄球ができるはずだ。まずはその砥石からだな。今度はアイシャに相談してみるか。
「アイシャの持ってる砥石はどこで買ったんだ?」
俺の剣とナイフは、女神様特製で研がなくても切れ味抜群だ。なので砥石は使ったことがない。包丁や矢じりの手入れをしているアイシャならいい店を知っているはずだ。
「買う? 砥石は岩場で適当な石を持ってくるのよ」
えっ、そこらへんの石でいいの?
「でも仕上げ用とか、何種類もあったよな。それもか?」
「いつも行ってる、東門の近くの岩場に行けば色々あるわよ。一緒に行きましょうか?」
東門の岩場といえば、シルスさんやカリンがドデカイ魔法をぶっ放していた場所だよな。
「ここら辺に荒削り用の砥石があるわ。こっちは中砥石ね。これを適当な大きさに割って持って帰るの」
ここら一帯に転がっている石全部が砥石に使えるのかよ。すげーな。
「これぐらいの大きさで、中間と仕上げ用の砥石が欲しいんだけど」
「割と大きなものがいるのね。じゃあこの石と、あと仕上げ用の石はもう少し奥なの」
手を広げて大きさを示すと、アイシャが欲しい大きさの砥石を探してくれる。形はデコボコだがきめの細かい砥石だ。
「少し加工しないとダメだから、後は俺がやるよ」
そう言ってアイシャには帰ってもらった。
砥石の中心に印をつけて糸を張り、直径60cm程の臼のような形に加工する。持ってきたショートソードの刃先に水筒の水を付けて超音波振動させれば、石を切ることができる。
相変わらず気持ち悪い程の切れ味で、滑らかな断面に岩が切れていく。あまり時間も掛からず、円盤状の砥石が上下2枚出来上がった。
「さて、ここからは精巧に作らんとな」
鉄球を研磨する面だが、1枚は水平に削るだけでいい。上面の砥石は中心に比べ円周部が2mmだけ低くなるように削ることで、研磨する球の大きさを微妙に変える事ができる。
持ってきた木のスケールの角度に合うように、ショートソードで砥石を削っていく。
「よし、上手くいったな」
2枚を重ねると周辺部に僅かな隙間ができ、中心部に向かって緩やかな勾配になっている。2種類の円盤状の砥石が4枚出来上がったが、これをひとりで家に持ち帰るのは重過ぎて無理か。
すると門の方から、アイシャが荷車を引いてこっちに歩いてくるのが見えた。
「これがないと運べないと思って持ってきたの。もう砥石ができたのね、積み込みましょうか」
気が利いてるじゃないか、さすがアイシャだ。
翌日から3日間は、チセも連れて魔獣の討伐に行く。チセの気分転換にもなるだろう。休みの日は、俺は作っておいた丸い砥石の組み立てにかかるとしよう。




