第112話 チセの自由研究2
翌朝チセは、待ちかねたように作ったガラス球を工房に取りに行く。俺達は、冒険者ギルドで討伐依頼を受けて魔獣の探索に向かった。
今日もチセひとりを家に残すことになるが、ガラス球の実験で暇になる事はないだろう。
実験がどうなったのかワクワクしながら、その日の予定を終えて家に帰ると1階にチセの姿はなかった。2階に上がり部屋をノックする。
「ただいま、チセ。いるか?」
「はい……師匠」
なんだか元気のない声が返ってきた。ドアを開けると床に沢山のガラス球が転がっていて、チセがベッドで横になっている。
「どうしたんだ! チセ」
「何回も魔力を入れていたら、魔力切れを起こしちゃって。ガラス球もどれがどれだか、分からなくなっちゃいました」
床に転がるガラス球は40個程もある。調べる数が多くなると、比較対象する組み合わせも多くなる。チセは魔力量が少ない。こうなる事は予想できたはずだ、俺がもっと注意していれば……。
「体は大丈夫か」
「はい、もう少ししたら起き上がれますから」
「そのまま寝てていいぞ。食事をここに持ってくるからな」
パソコンもなく、正確な時間を測るタイマーも長さを測るノギスもない。この世界でデータ整理するのは難しいかもしれんな。
「アイシャ、チセが魔力切れを起こしたようだ。食事を運んで一緒に食べることにするよ」
「あら、大変ね。じゃあ夕飯ができたら、ふたり分をこのお盆に乗せておきますね」
アイシャが食事の準備をしてくれている間に俺は、薪を薄く切って木の板を何枚か作る。等分になるよう板に溝を切り、十字に組み合わせるといくつもの四角い枠で仕切られた箱ができる。
その箱をチセの部屋に持っていき、床に転がったガラス球を入れていく。1階からアイシャの呼ぶ声が聞こえた。
「ユヅキさん、夕飯できましたよ~」
「チセ、ご飯を一緒に食べよう。ベッドに座って食べられるか」
「はい、もう起き上がれますから」
ご飯を乗せたお盆をサイドテーブルまで運び、ベッドに座ったチセと向かい合わせに座って食事をする。
「ガラス球で、何か分かった事はあったか?」
「色々なガラス球を作ったんです。色の付いた物と透明な物を試しましたが、どちらも同じでした。丸い形の物と細長い形の物も。形は丸くないとダメみたいです」
ガラスの材質と形、着想としてはすごくいいな。自分で考えてそこまでできるのはすごい事だ。
「そうやってダメなものを見分けていくことは、大事なことだ。よく気がついたな」
「えへへ、そうですか。でも、その後が全然ダメで……」
聞いてみると、大きさによって発動している時間が違うそうだ。大きいから長くなるという訳でもなく、バラバラで比較していくうちに魔力切れになってしまったと言う。
「1日でよくそこまで調べたな、偉いぞ。後は大きさによる比較だけだな」
「でも、どのガラス球が一番長かったかも分からなくなっちゃって」
「じゃあ、どれぐらい長く発動していたのか教えてくれるか」
「どれくらい長くと言われても……」
そうなのだ、この世界の人は、物の長さや時間などを数字で表す習慣がない。大体これくらいとか、半日ぐらいという感覚的な表現しかしない。
「俺が数を数えるからガラス球の中の火か消えたぐらいで止めてくれるか。じゃあいくぞ。イチ、ニイ、サン……」
「あっ、それくらいです」
大体10秒程か……それなら。
「砂時計を作ってみよう」
「スナドケイ?」
俺は絵に描いて説明する。
「ガラス管の真ん中を細くして、中に入れた砂がゆっくり落ちるようにするんだ。これで時間を測る」
「よく分かりませんが、そんなことができるんですね。でもこんなガラス管、あたしには作れませんね」
「それなら、ガラス職人のボルガトルさんに作ってもらえばいいさ」
食事を終えて、俺は自分部屋に戻り砂時計の図面を作る。チセも隣に来て図面を描いている様子を眺めている。
砂時計の正面、側面、上から見た図を描いて、外枠の組立図も描いていく。
「いいかチセ。俺は明日、依頼の続きの仕事があるから、この図を説明してボルガトルさんに作ってもらってくれ」
「はい、師匠」
「中に入れる砂粒は細かな同じ大きさの砂だが……ゲレルのとこならあると思う」
「それならガラス造りの材料で使えるのがあると思います」
「その砂がさっき数えた30ぐらいで全部落ちきるように量を調整して、ガラス管の中に入れてくれ。多分ガラス管はこの大きさでできるはずだ」
実物大の大きさを描いた図を見せる。上下の砂を溜める部分は丸く膨らんだしずく型。3本の細い木の柱でつながれた置台が砂時計本体を挟む。
「ガラス管ができたら、木工職人のグラウスの所で外枠を作ってもらうといい。場所は分かるか?」
「前に一緒に行って、椅子を直してもらった工房ですよね。それなら分かります」
「これができれば、時間が正確に測れるからチセの実験も楽になるぞ」
翌日チセは図面を持って、意気揚々とガラス工房へと出かけて行った。砂時計、ちゃんとできるといいんだがな。
俺は心配しながらも、魔獣討伐のため魔の森へと向かう。
――夕方。
「チセ、ただいま」
「おかえりなさい、師匠。砂時計できましたよ。完成品は今グラウスさんの所で外枠を作ってもらっていますが、明日朝にはできます。これは試作品なんですが見てください」
チセは俺が帰ってくるのを、待ちわびていたんだろう。顔を見るなり、手にしていた外枠のない砂の入ったガラス管を手渡してきた。
「ちゃんと砂が落ちているじゃないか。んん、でも少し引っ掛かっているかな」
「そうなんですよ。大きな粒が混ざっちゃって。でも完成品はちゃんと流れてましたよ」
これなら正確な時間が測れそうだと、何度かひっくり返して見ていると、カリンが横にやって来た。
「ユヅキ。それ、何?」
「あ~、カリン乱暴に扱わないでください」
「砂が落ちてるわね。これ、おもちゃなの?」
「砂時計っていう時間を測る道具です。返してください」
乱暴に扱うと割れちゃうからな。カリンに渡すまいとチセが取り返す。
「明日は休みだから、一緒にガラス球を調べようか」
「はい、楽しみですね」
「夕飯作るわよ。手を洗ってきてね」
「は~い」
俺とチセは仲良く手を洗って、夕飯の手伝いをする。夕食後、チセにガラス球を1つ持ってきてもらった。今のうちにできることをやっておこう。
「これに俺の魔力を入れてみるな」
「あら、ガラスの中の炎って不思議な光景ね」
アイシャも興味深そうにガラス球を覗き込んでくる。ガラスの中の炎はチセより少し大きく、消えるまでの時間も長い。魔力量による違いだが、これは普通に使う魔法でも同じ事だ。
魔道部品を使っていないから、人によって入る魔力量が違ってくる。そうだ、魔力量の大きなカリンにも試してもらおうか。
「カリン。ここに人差し指を置いて中に魔力を入れてくれないか」
「ええ、いいわよ」
カリンが魔力を入れると、ガラス球が真っ赤になって中で炎が渦巻いていた。
「うわっ! バカ、入れすぎだよ」
「だってユヅキがそうしろって言ったじゃん。私、小さな魔力は杖が無いとできないんだからね」
そうだった。カリンは魔力量が多すぎて制御するには杖が必要だった。
「しかし、これどうするんだよ」
カリンの魔力量だからな、なかなか消えないぞ。しかしガラス球自体は熱くもならず爆発もしない。だがこれは危険だ。
「そうだ、カリン。キャンセル魔法を入れろ」
ガラス球に反発する風の魔力を入れてもらうと、そのとたん中の炎が消えた。これはランプの光を消す時と同じ方法だ。
やはり魔道部品を使わないと、個人によって中に入れる魔力量が違って危険か。
まあ、いい。明日は一日、俺が一緒にチセの実験に付き合うから危険な事もおきんだろう。




