第111話 チセの自由研究1
翌日アイシャは、胸当ての手直しがまだできていないからと、カリンと一緒に薬草採取に行くらしい。
薬草採取では俺は役に立たんな。それなら今日は休みにしてチセに付き合うか。昨日作ったガラス球を、チセと一緒に工房まで取りに行くとしよう。
「ボルガトルさん。昨日作ったガラスを取りに来ました」
「冷まして、そこの箱に入れてあるから持っていきな」
相変わらず、不愛想なおやじだな。
チセは作った10個ほどのガラス球をワラに包んで、大事そうに鞄に入れ工房を後にする。
「沢山作ったんだな」
「魔道部品を入れたのは1個だけですけど、その練習用に大きさの違うガラス球を作ったんです。穴を開けたままのもあるし色々使えると思うんですよね」
「昨日、ちゃんと魔道部品は動いていたよな」
「ええ。ランプの魔道具と構造は同じだと思うので、後は実験するだけですね」
ランプは高価だし分解できないからな。このガラス球なら、失敗も含め色々と確かめられる。
「確かに師匠の言うように、見れば見るほどランプは不思議な魔道具です。今まで当たり前に使っていて、そんな事思いもしませんでした。やはり師匠はすごいです」
色んな事に興味を持ってくれることはいいことだ。これは自由研究みたいなものだ。知らないことを自分で調べるのは、自由研究の醍醐味だしな。俺も答えを知らないから興味がある。
1階の食卓の上に、持って帰って来たガラス球を置いていく。
「チセ。実験を見せてもらっていいか?」
「ええ、どうぞ」
1つは完全に密閉された手のひらに収まる透明のガラス球。その中に、火の魔道部品が封入されている。前の世界にある家庭用電球より少し大きくガラスの厚みも厚いが、落とすと簡単に割れてしまいそうだ。
「師匠、じゃあこの銀の糸に魔力を入れてみますね」
中の魔道部品が反応して先端に炎が灯る。
「指を放します」
炎はガラスの内面を回るようにゆっくりと飛び、うっすらと全体が赤くなる。そして5秒ほどガラス内を漂い消えて無くなった。
「チセ、どう思う」
「そうですね。ランプみたいにずっと発動しませんでした。ガラスに入れてもこれじゃ、失敗でしょうか?」
普通の生活魔法と同じに見えたな。光もランプよりも弱々しい赤い光だ。その後も、何度か魔力を入れてみたが、結果は同じでチセも気落ちしているようだ。だが実験はこれで終わりではないぞ。
「こういう時は、比較実験をすればいい」
「ヒカク実験?」
「同じようなものを、少し違う条件で比べて行う実験だ」
俺は2階の部屋に行き、魔道部品の箱を持って降りチセに見せる。
「ここにもう一つ同じ火の魔道部品がある。さっきと同じように魔力を入れるとどうなるか見てみるのさ」
比べれば少しの違いでも、その違いが見えてくるものだ。チセはガラス球の魔道部品と、テーブルに置いた魔道部品に同時に魔力を入れてから、手を放してみる。
「ガラス球の方が少しだけ長持ちしましたね」
魔道部品は入れる魔力量に関係なく、同じ大きさの魔法が発現するようにできている。だから消える時間も同じになるが、外に置いた魔道部品の炎が先に消えた。
「ガラスに入れた方が長持ちするという事は、やはりガラス自体が影響しているという事でしょうか」
「そうやって比べてみて、どこが違うのかを見るのが比較実験だよ」
なるほど、なるほど、とチセはガラス球と外にある魔道部品を見比べる。
「ここに土の魔道部品もあるぞ。これも試してみるか」
色々と試しているチセを眺めていると、自由研究を一緒に楽しむお父さんの気分になってくるな。
見ていると魔道部品は良くできている。どんな属性の魔力でも一定の魔法を一定時間発動させる工業製品といった感じだ。
そのうち、チセが穴の開いた別のガラス球に、魔道部品を入れて実験し始めた。
違いはガラスにあるとみて、本格的な実験に移ってきたようだ。こういう時、お父さんは口出しせずに見守ることが大事なんだよな。
「師匠。要らない布はありますか?」
「破れたシャツがあるから持ってくるよ、待ってな」
チセはそのシャツを切って、穴の開いたガラス球に詰めて穴を塞ぎ魔力を入れる。
これはどうもダメだったようだ。ウンウンと考え込んでいる。
「チセ、少し休憩しようか」
お茶の用意をして、コップを2つテーブルに置く。
「どうだった、チセ」
「ガラスに封入しないと長持ちしないことは分かりました。でもなぜなんでしょうね」
「それは俺にも分からんな。チセの実験が進めば分かるかも知れんぞ。でもこれからどうやって実験していく?」
「いろんな種類のガラス球を作って試したいんですけど……魔道部品は値段も高いので、1つの部品でガラス球を何度も、作って壊してを繰り返さないとダメみたいですね」
その度に工房に行くとなると時間が掛かるな。どうしたものかと考えながらテーブルの上に転がっているガラス球を見ると、金属の針金が刺さった物が目についた。
「チセ、これは?」
「エギルさんの所でもらった針金を、魔道部品の代わりに入れて練習したガラス球ですね」
1つだけ銅の針金が刺さっている物があるな。これは使えるか?
「チセ、ちょっと見ててくれるか」
怪我をしないように飛び出た銅の針金を横に折り曲げて、人差し指を付けて魔力を流してみる。するとガラス球の中に炎が現れ、手を離すと炎がガラス内をしばらく漂い消える。
「師匠、なんなんですか、これは!」
「銅は魔力を通すんだよ。これを通じてガラス内に魔力が入ったようだな」
チセも同じように、銅の針金に触れて魔力を入れて「おぉ」と驚いていた。
「師匠、これなら魔法が発動するガラス球がいくつでも作れますよ! 今から行きましょう。でもエギルさんのとこも行かないと……」
「チセ、慌てるな。まだ昼になったばかりだ、ガラス球を作るだけなら充分時間はあるだろう」
「は、はい、そうですね。あたし着替えてきます」
やる気満々だな。俺も水筒に水を入れて準備するか。
チセと一緒に鍛冶屋のエギルの所に行って、銅の針金を作ってもらう。銅の純度が高ければ太さはどうでもいいので、すぐにお弟子さんに作ってもらえることになった。
作るのに少し時間が掛かるそうだ。その間にチセは、ガラス工房でガラス球を作らせてもらえるか話に行ってくれる。少し心配だがチセがあの調子で頼めば、偏屈なガラス職人も工房を使わせてくれるだろう。
できた銅の針金を持ってガラス職人の工房に急ぐ。
「すまないな、ボルガトルさん。チセがお邪魔していると思うが」
「おう、お前はその隅っこにいろよ」
チセは既にガラス球を作っていた。俺は銅の針金を10cm程にカットした物をチセに渡す。
「師匠、ありがとうございます。色んなガラス球を作っちゃいますね」
元気いっぱいにチセが応えてくれる。何十個ものガラス球を作り夕方には作業を終えたが、冷まして出来上がるのは明日の朝だ。
今回は長い間工房を貸してもらったな。銀貨18枚を置いて家路につく。
「明日が楽しみだな、チセ。でも俺は明日仕事があるから、チセひとりになるぞ」
「大丈夫ですよ、ひとりでも。師匠の言っていた比較実験をやっておきますね」
明日は色んな実験ができると、笑顔の絶えないチセと我が家の扉を開ける。
「コラ! これは一体なんなんですか!」
食堂のテーブルの上いっぱいに、ガラス球やら魔道部品を散らかしていてアイシャがカンカンに怒っている。
「ごめんなさ~い」




