第110話 おしゃれ
――ガラン ゴロン ガラン ゴロン
鐘4つ、お昼だな。ガラス球を作り終えたチセと共に家へ向かっていたが、このまま家に帰っても時間を持て余すだけだな。
「家に帰るんじゃないんですか?」
「中央広場の周りに色々な店が並んでいるから見に行ってみようか。甘い食べ物も露店で売っていたぞ」
「あんまり食べると、夕飯食べられなくなりますよ」
「たまにはいいさ。今日はチセとふたりっきりだしデートみたいなものだ」
「デート?」
あ~、こっちの言葉ではなんて言うんだっけ。
「いいから、いいから。こっちへおいで」
広場にはいつものように露店が立ち並び、クレープのようなものも売っている。
「チセ、これを食べよう。どれがいい?」
「えっ、でもあたし、そんなにお金持ってませんよ」
「いいよ、俺が出すからさ。すまない、これとこれをくれないか」
俺は甘さ控えめ、チセは生クリームいっぱいのものを頼んだ。別の露店でオレンジジュースを買って、噴水近くのベンチに座る。
この世界では、いい歳の男が甘いものを食べても変な目で見られない。特に甘いものが好きという訳ではないが、一緒のものを並んで食べるのはいいものだ。
「チセはお義父さんと、こんな所に来たことはないのか?」
「お祭り以外ではないですね。食事なら行きましたけど、普段あの町では露店自体が無かったですから」
「その時にチセは、自分のお金を出さなかっただろう。俺はザハラから大切なチセを預かっている。お義父さんと同じ事をしているだけだから、チセが気にすることないんだぞ」
俺が親代わりになってやらんとな。とはいえ子供はおろか、結婚もしていない俺が偉そうには言えんのだが。まあ、妹の世話をすると思っていればいいか。
「でも、師匠について行きたいと言ったのはあたしですし」
「そうだな。チセはいろんな事を知りたいと俺について来た。ザハラからも広い世界を見せてくれと頼まれている。こういう街での暮らしも、そのうちの1つという訳だ」
「でもあたしは師匠の役に立っていません。まだ冒険者の仕事も全然ですし……」
何だ、そんな事を気にしていたのか。下を向くチセに優しく言葉をかける。
「チセは、まだまだ見習い中なんだ。その間の衣食住などは師匠の俺が面倒を見るのは当然だ。一緒に暮らしているんだから、家族みたいなものだと思ってもっと気楽にしてくれればいい」
「そうですか、でもなんだか……」
チセは今まで子供らしく甘える事をしてこなかったんだろう。環境が環境だったから仕方ないんだが。
「俺はチセが元気で笑っている姿を見るのが嬉しい。そうしてくれると俺も元気になる。今もこうしているとウキウキしてくるしな」
「そうなんですか。じゃあ、師匠のためにいつも元気にしていますね」
ニコッと笑ってくれる顔が眩しい。今後はこの町で年相応の楽しみを知って、自由に女の子らしく過ごしてもらいたいものだ。
「あれ、チセじゃない。ガラス職人の工房に行ってたんじゃなかったの?」
カリンが俺達を見つけて近寄ってきた。その後ろにはアイシャもいるな。そういや今朝、アイシャとカリンは防具屋に行くと言っていた。用事も済んでこの公園に来たようだな。
「あ~、いいなそれ」
「師匠に買ってもらったんですよ」
「ユヅキ、私も、私も~」
なんでお前におごらないといけないんだよ。お前はちゃんと稼いでいるだろうが。ほんと仕方のない奴だ。
「ほれ、アイシャの分も一緒に買ってこい」
「ありがとう~」
お金を渡すと、カリンが露店に向かって走っていった。アイシャも一緒に4人仲良くベンチに座ってクレープを食べる。
「美味しいね、アイシャ」
「そうね、甘いものはいくらでも食べられるわね。私までいただいちゃって、ありがとうございます、ユヅキさん」
「別にいいさ。それより防具屋はどうだったんだ」
「胸当ての手直しをしてもらう事にしたわ。明日の夕方にはできるって」
前に買った物がしっくりこないと言っていたな。胸当ては弓を引く際に重要になってくる、ちゃんと自分に合うように調整したほうがいい。
「アイシャったら、また胸が大きくなって、胸当てが苦しくなってきたんだって」
「もう、カリンったら! そんなこと言わなくってもいいの」
「いいじゃん、私もアイシャみたいに大きくなりたいわよ。もっと甘いものを食べないといけないのかな」
「カリンはもっと運動して、血行を良くしないとダメなんですよ」
「えっ、そうなの? そういえばチセも胸大きいわね」
「あたしは標準ですよ。でも今日も工房で汗をかいてきましたからね。まだまだ成長しますよ」
「カリンはいつもオフロ、しっかりと浸かっていないでしょう。あれも血行良くなるんだから、ちゃんと湯船に浸からないとダメよ」
「なるほど……アイシャは、オフロ長湯だものね。そういえば、胸のマッサージもいいって聞いた事あるわ。今度、試してみようかしら」
おい、おい。俺の隣で女子トークされると赤面しちゃうじゃないか。さっきは家族みたいなものだと言ったが、少しは遠慮してくれよ。
その後、カリン達は服屋に行くというので、チセの服を選んでもらう事にした。
「チセが街中で着る服を選んでやってくれんか」
「そうよね。チセは作業服みたいなものしか持ってないものね」
「いえ、今日は工房に行くからこんな恰好なんですよ」
「それ以外、家で着ている服とかもよ。もっとおしゃれな服にしないと」
「おしゃれなものですか?」
「そうよ、私に任せなさい。お金はユヅキが持ってくれるんだし」
「ああ、いいさ。服は俺じゃ分からんからな、ちゃんと選んでやってくれ」
チセたち3人はワイワイと店の中に消えていった。
俺は店の中で椅子に座って待つ。女の子の買い物は時間がかかるからな、ここでゆっくりさせてもらおう。
しばらくすると、チセが商品の服を着てやって来た。
「ユヅキ。どう、これ?」
カリンが選んだ服は、赤と黒のチェック柄のロングスカートに白のセーターだ。ウエストをベルトでキュッと絞っていて、いつものチセとは違ってシックな感じだ。
左右に分けた赤茶色の三つ編みも、ゆるく大きな1本の三つ編みにまとめている。こんな髪型を何て言うんだっけ、いつもと雰囲気が違って少し大人っぽく見える。
服もこれから冬に向かうし、ちょうどいい感じじゃないか。
「大人っぽくってそれでいて、かわいい感じになっている。似合っているぞ、チセ」
「ええ~、そうですか師匠」
照れて赤くなっている顔もかわいいな。
「よし、それにしよう。カリン、その服はそのまま着ていけるのか」
「店員さんに言えば大丈夫よ」
俺は支払いを済ませて店を出る。
「後は、それに合った靴が要るわね」
「そうね、これから寒くなるから、ロングブーツかしら」
「よしチセ、次はあそこの靴屋よ。さあ、行くわよ」
カリンとアイシャはなんだかテンションが上がっているようで、チセを引っ張って靴屋に飛び込んでいった。
選んだのは編み上げの革のロングブーツで、なかなかいい品のようだ。
「チセ、足のサイズとか歩きにくいとかはないか?」
「少しかかとが高くて変な感じです」
見るとハイヒールというほどではないが、厚底でかかとが少し高くなっている。街中で履くおしゃれな靴といった感じだな。
「これぐらいなら、慣れれば大丈夫と思うがな。これでいいと思うぞ」
「そうよ、ほら私の靴もかかとが少し高いでしょう。その方が綺麗に見えるのよ」
「そうなんですか」
「足のサイズはどうだ?」
「少しぶかぶかですね」
「それは私どもで、調整させていただきます」
店員さんが声をかけてきた。
「お客様の足に合わせて痛くないように、中敷きでしっかりと調整いたします。もちろん無料ですし、痛いようでしたら何度でも再調整いたしますよ」
なるほど、売っている靴は種族によって形がバラバラだからな。その形の中で細かなサイズ分けをせず、その人の足に合わせてオーダーメイドで調整するようだ。
「それなら、これに決めたらどうだ、チセ」
「そうですね。職人さんがしっかりと縫い合わせた靴みたいですし」
「そうよね、この靴の革。いい仕事してるわ」
さすが、職人のチセと猟師のアイシャだ。見るところが違うな。
靴の調整には鐘半分ほどかかるそうで、その間、街中をぶらつく。
「そういやアイシャは、自分で靴を作ってるんだよな」
アイシャの靴は、足先とかかとの肉球だけを保護するような形で、動きやすい靴だ。膝から下は毛で覆われているし、遠目にはロングブーツのようにも見える。
「革の厚みとかも自分で調整できるから、店の物よりこっちの方が履きやすいわね」
手のグローブもそうだが、仕事で使う物には拘りがあるんだろうな。
そうこうしているうちに靴の調整が終わる時間だ。店で支払いを済ませ、新しい靴を履いて店を出る。
「なんだか少し、背が高くなったみたいです」
「うん、うん。綺麗だぞチセ。こうやっておしゃれして街を歩くのも、いいもんだろ」
「はい、そうですね。今日はありがとうございました、師匠」
チセ、この町にはまだまだ楽しい事がいっぱいあるぞ。俺達と一緒にこのアルヘナで楽しく暮らしていこうな。




