第109話 ガラス工房
「チセ。この町の職人の事なら職人ギルドに聞けば、大概の事は教えてくれるぞ」
チセを連れてガラス工房が借りられないか相談しにやって来た。この際だチセの事もギルドに紹介しておこう。
「ユヅキさん、こんにちは。あら、そちらはドワーフのお嬢さんですか。かわいいですね」
「そうだろう。チセと言ってガラス職人の子でな、今は俺の家に住んでいる」
いつもの虎獣人の受付嬢が、人懐っこく話しかけてくれる。かわいいと言われてチセはモジモジとして、俺の横にくっついてきた。
「今日はガラス細工を作れる工房を紹介してもらいたくて来たんだが」
「弟子入りですか?」
「いや、そうじゃなくて、1日だけ炉を貸してもらえんかと思ってな」
「この町には窓ガラスを専門に作っている大きなガラス工房と、ガラス細工を作っている小さな工房の2ヶ所がありますね」
チセに聞くと、単純な板ガラスより細工を作っている小さな工房の方がいいと言っている。
「でも、そこの親方は偏屈で、弟子も取らずに独りでやってる人なんです。貸してくれるか分からないですよ」
「職人さんで頑固な人は沢山いますので、あたしが話をしてみます。それでいいですか、師匠」
まあ、チセがそう言うなら構わんか。俺は地図を見せてもらい場所を確認すると、城壁沿いの小さな工房が集まる場所のようだな。
チセを案内しながら、西の城門付近へと向かう。
「チセはその工房で、どんな物を作るつもりなんだ」
「できるだけ小さなガラス球に魔道部品を入れたいんですけど、部品が壊れそうで怖いんですよね。まずは大きな物を練習でいくつか作るつもりです」
壊れてもいいように、魔道部品は昨日のうちに2つ買ってある。その部品を保護するため鉄の薄い板が2、3枚と針金が要るそうだ。
それならと、途中で鍛冶屋のエギルの工房に寄って材料を買おうとしたんだが……。
「たったそんだけしか要らんのかよ。それならそこのゴミ箱の中にある鉄片を好きなだけ持ってけ」
との事だった。
ギルドで紹介してもらったガラス工房は、エギルの所から城壁沿いに進み、西門を越えた反対側にある小さな建物だ。工房の横に石造りの平屋の住居があり、どことなくドワーフの町の住宅に似ているな。
「すまない、誰かいるか?」
奥から、中年のイノシシ獣人のおやじが出てきた。
「いったいなんでえ。注文ならギルドを通して言ってくれ」
「俺はユヅキという。すまないがガラス細工を作りたいのだが、今日ここの工房を貸してもらえないか」
「工房を貸せだと。お前人族じゃねえか、ガラスを作れるわけないだろうが。ダメだ、ダメだ」
そう決めつけんでもいいだろう。ほんとに偏屈なおやじだな。
「俺じゃなくて、こっちのドワーフの子に貸してもらいたいんだ」
「あたしはチセと言います。ガラス工房で見習いをしていました。こちらの工房を使わせてくれませんか」
チセはジーンズのような厚手のズボンに作業できる上着を着ている。三つ編みの髪を後ろにまとめ頭にはバンダナを巻き、家から持ってきた腰下のエプロンを手に持って、すぐにでも作業できるように準備している。
「見習いだと、お前の親方はどうした。そっちに話を持っていけばいいだろ」
「この子はドワーフの町から、この町に移り住んできた。元いた工房へは行けん」
「あたしのお義父さん……、親方は今ガラスを作っていません。ここの炉を貸してください」
「お前の親方は、何ていう名だ」
「ザハラといいます」
ガラス工房のおやじは少し黙り込み考える。
「俺の邪魔をしなきゃ、少しの間なら貸してやってもいい。だが火傷やら怪我しても俺は一切知らんからな」
「はい、ありがとうございます」
チセは腰下のエプロンを付け、手袋をして工房の中に入って行った。
「俺も中を見させてもらっていいか」
「そこの隅っこにいろ。この炉と作業台には近づくなよ」
怪我しないようにして、見学してもいいということだな。分かりにくいおやじだ。
工房の奥には大きな丸い炉があり、中が赤く燃えているのが見える。この工房の室内も相当に暑いな。
作業台や鉄の柵など部屋いっぱいにあって、大きな工具などは壁にぶら下がっている。俺が見てもさっぱり分からん物ばかりだ。
「吹き竿と道具は、これを使ってもいいですか」
「竿は何本もあるだろ。ハサミなんかも余ったのを使いな」
「ガラス材は、ここの割れた物を使っていいですか」
「何を作るか知らんが、透明な物から色付きまで好きなのを選べ。炉の口は2つある。お前はこっち側を使ってもいいが、中の温度が下がらんようにしろよ」
「はい、分かりました」
チセは炉の中や蓋の操作などを確認している。小さな体でチョコチョコと動いて、見ていて転ばないか心配になる。
鉄のスコップにガラスを乗せて炉の中にいれているみたいだな。いよいよガラスを作るのか。
金属の筒を炉の中に入れて引き出すと、先端には真っ赤に溶けたガラスの塊がくっ付いている。筒に息を吹き込み、作業台で回しながらガラス球を作っていく。
素早く無駄のない洗練された動きだ。素人の俺が見ても見習いではない職人の動きだと分かる。いつもと別人のようなチセに驚かされる。
ここの親方の動きに合わせて、炉を使っていない時にチセが炉を使い。空いた作業台や柵の上で作業をしている。お互い息の合ったプロ同士のように交互に動いているじゃないか。
いくつかのガラス球を作った後、チセが俺の元にやって来た。
「師匠、魔道部品を貸してください。ガラス球の中に入れてみます」
「チセ、その前に水を飲んだ方がいい」
俺は持ってきた水筒から、水をコップに移してチセに渡す。
「そうですね。ありがとうございます。あれこの水、冷たいですよ」
女神様特製の冷却機能付きの水筒だからな。
俺は火属性の魔道部品を箱から取り出してチセに渡した。
「ありがとうございます。成功させますね」
チセは、魔道部品の銀の糸に鉄の板を巻いて叩いている。切れやすい銀の糸を補強してガラスに入れるようだな。
今までと同じような動作でガラス球を作り、小さな穴から慎重に魔道部品を入れて溶けたガラスで封をしている。
これで魔道部品が壊れてなければいいのだが。
「師匠、成功です。ちゃんと動いてますよ」
外に出ている銀の糸に魔力を入れて、ガラス球の中で魔法が発動したようだ。
できたガラス球はゆっくり冷まさないとダメなようで、別の四角い炉の中に置いて明日には出来上がると言っている。
「親方、終わりました。ありがとうございました」
「弟子でもねえお前に、親方呼ばわりされたくねえ。俺の名はボルガトルだ。名前で呼べ」
「はい、ボルガトルさん。明日の朝ガラスを取りに来ます」
「おお、そうしな」
「ボルガトルさん。この工房を貸してもらった代金だがいくらになる」
「炉を貸したことなど今までにないんでな。お前がいいと思う金を置いていけ」
材料も使ったし、今日は2時間ほど邪魔してしまった。
「じゃあ、銀貨12枚を置いていくよ。それでいいか」
「ああ、それでいい。もう用がないならさっさと出ていきな」
「すまなかったな。ありがとよ」
「ありがとうございました」
チセもお礼を言って、ガラス工房を後にした。




