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第104話 チセの旅立ち

 ゴーエンさんの新しい荷馬車が完成した。前より一回り大きくなって車輪もしっかりした立派な荷馬車だ。

 幌も防水加工された厚手の物になっている。さすがドワーフの職人達が作っただけの事はある。

 そしてドワーフの町を発つときが来た。


「チセ、元気でいるんだぞ」

「はい、お義父さんも元気でいてください。今までありがとうございました」

「ユヅキ。チセの事をよろしく頼む」

「任せておけ。ザハラが悲しむようなことは絶対にせんよ」


 ザハラは最愛の娘を嫁に出すような顔で、目に涙を浮かべ見送っていた。チセも少し涙目になっている。



「チセちゃんだったか。ワシも25年前、あんたぐらいの歳でこの町を旅立ったんじゃよ」

「えっ、ゴーエンさんも?」

「期待に胸を膨らませて旅立った時の事を思い出したよ。色んな所を旅して今は共和国に住んどる」

「どんな町を旅したんですか。どんな人と巡り合ったんですか。珍しい食べ物とかありました?」


 チセも興味津々のようだ。旅はおろか、生まれてからこのハダルの町から出たことがないんだからな。


「最初に行ったのは王都でな……」


 道すがらゴーエンさんが旅の話をポツリポツリと聞かせてくれた。

 人それぞれ色んな人生があるもんだ。俺は今、2つ目の人生を歩んでいるようなものだ。この異世界での人生を大事に生きていかんとな。

 道中、獣や魔獣に襲われることもなく、最初の宿営地に到着した。


「盗賊がいないと、この道は安全みたいね」

「そうだろう、昔はこんな感じだったんだよ。これもあんた達が盗賊団を壊滅してくれたおかげだ。感謝しとるよ」


 みんなで夕食を共にして、辺りも暗くなってきた。俺達は夜警の態勢に移る。


「今夜は俺とアイシャで警戒する。後の者は馬車の中で寝ていてくれ」

「師匠、あたしは少し起きていてもいいですか。なんだか眠れなくて」

「いいわよ、先に私が警戒してるから、ユヅキさんとチセは少しお話でもしていれば」


 チセも初めて町の外に出て、少し不安なのかもしれんな。


「師匠も遠くから旅してきたんですよね。故郷を離れて寂しくないですか?」

「俺の故郷は遥か彼方だ」


 そう、この世界ではない場所。もう帰れないかもしれない場所だ。


「だが俺はここで生きて、そしてアイシャ達やチセにも会えた。故郷を思うことはあるが、大切なものはちゃんとここにある」

「あたしも、そんな大切なものが見つかるでしょうか」

「ああ、見つけられるさ。それに故郷とはこの空でつながっている」

「この空で……」

「チセが見ているこの星空を、お義父さんも見ているだろう。どこにいてもつながっているよ」


 そんな話をすると、チセはしんみりと夜空を眺める。


「チセに渡していた単眼鏡を持って来てくれないか」

「タンギョンキャウ? ああ、遠見の魔道具ですね」


 単眼鏡は発音しにくいようだな。まあ魔道具と言ってもらってもいいか。チセは荷馬車から単眼鏡を持ってきた。


「それで星空を見てみな」

「星が大きく見えるんですか?」


 俺が指差した方向にチセが単眼鏡を向ける。


「ええっ、何ですかこれ! 星が沢山見えますよ。あれ? あそこにこんなにいっぱいの星は無いはずなのに」


 そう、肉眼で見えない暗い星でも単眼鏡なら見ることができる。

 チセも単眼鏡で見たり、目で見たりと忙しくしている。


「普通なら暗くて見えない星が、チセに見えているんだよ。チセもそうやって、他の人が見つけられないような事を見つけていけば、その中に大切なものがちゃんと見つかるさ」

「そうですね。明るい星じゃなくても、あんな沢山の星があるなら、あたしにも見つけられますよね」

「そうさ。チセは国宝級の剣ではなく、多くの人の役に立つ道具を作りたいと言っていたな。職人としてもその道で充分やっていけると思うぞ」


 歴史に名を残すだけが、職人の道じゃないからな。チセは努力家だ、人の役に立つ職人として大成できるだろう。


「なんだか自信が出てきました。やっぱり師匠はすごいですね」

「その単眼……、いや遠見の道具はチセにあげるよ。寂しくなったらそれで星を見るといい」

「えっ、いいんですか。ありがとうございます。ずーっと大切にしますね」

「ああ、でもそれは未完成品だからな。そのうち完成品をチセに作ってもらいたいんだがな」

「ええっ、こんなすごいのに未完成なんですか? あたしの知らない事まだまだ沢山ありますね」


 ふたり星空を見ながら話をしていると、巡回がてらアイシャがやって来た。


「あら、チセとユヅキさん。寄り添って何を見ているの?」

「アイシャ、見て、見て。これで星を見るとすごいんですよ」

「ほんとだ。星が沢山見えるわ、不思議ね。さすがユヅキさんが作った魔道具だわ」


 いや。魔道具じゃなくて、ただの道具なんだがな。

 その後、チセには馬車の中で寝てもらい、俺は後半の警戒に備えて毛布に包まって眠る。夜の警戒にもずいぶん慣れてきたものだ。


 その後も荷馬車の旅は順調に進み、5日をかけてスハイルの町に到着した。


「今までありがとう。あんたらのおかげで無事スハイルまで到着できたよ。これは護衛依頼の完了書だ。ギルドに持って行ってくれ」

「結局日数はかかったが、最後まで護衛できて俺達も嬉しいよ」

「お礼と言っては何だが、明日で良ければアルヘナの町まで送っていくが」

「それは助かるな。じゃあ、頼むよ」


 俺達は、以前この町で泊まっていた宿に荷物を降ろす。


「あんたら、よく帰って来てくれたね」


 宿屋の女主人が笑顔で迎えてくれた。


「ドワーフの町では大変だったね。盗賊団の事は聞いているよ。よく頑張ったね」

「おばちゃん、また世話になるよ。でも今回は一泊だけなんだ」

「いいさ、ゆっくりしていきな。荷物を運んでやるよ」


 俺達は荷物を置いて、冒険者ギルドへと向かう。


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