第97話 反抗組織
間もなく陽が沈む。街灯の少ない街中を俺達は誰にも見られないようにして、高台の階段を昇り展望台へと向かう。
そこには誰もいなかったが、ベンチに座って待っていると、いつの間にか男のドワーフが姿を現していた。
「お前達か。チセが言っていた冒険者というのは」
「ここで会った少女に言われて来た。それがあんたの言うチセかどうかは知らんがな」
ここに街灯は無く暗がりに立つその男は、街明かりでぼんやりと姿が分かるだけで、顔の表情など見ることはできなかった。
警戒しながら、その男の話を聞く。
「今、この町は領主と盗賊団に支配されていてな、オレ達は何とかしたいと思っている。手を貸してはくれないか?」
ゴーエンさんに聞いた話と同じだが、オレ達と言っていたな。他にも仲間がいるんだろうな。
「俺はこの町に関わりはないし、お前達に手を貸す理由もない。逆に領主と組んでもいいんだぞ」
その言葉に横のアイシャが息を呑み、カリンが袖を引っ張って俺を見つめる。
「冒険者は金を積めば何でもすると聞いたが、それなりの報酬は用意する」
「金なら、領主の方が多く出してくれそうだ」
「……チセの見込み違いだったようだな。それならオレにも覚悟はある。仲間に危害が及ぶようなら、この場で始末をつける」
俺達3人を相手に挑みかかってくるつもりか。ドワーフの男が腰のナイフに手をかけ、暗がりを出てこちらに近づいて来た。
街中の光がその男を照らす。確かにドワーフにしては大きな体で、筋肉もよく発達している。俺より歳はかなり上のようだが、鍛え上げられている体だ。何より覚悟を決め、信念を持った目をしている。
「すまなかった、降参だ。それだけの覚悟があるなら本物だろう」
「どういうことだ」
ナイフに手をかけたまま男が聞き返す。
「俺もこのふたりを守らなくちゃならん。訳の分からん連中にホイホイついて行って仲間を危険に晒すことはできんからな。お前達の話だけは聞こう」
「オレを確かめたということか。油断ならん連中だな。まあいい、こっちに来てくれ」
俺達は男に連れられて、登ってきた階段の反対側の、木々の生い茂る場所へと入って行く。
「昼間に会った少女はチセと言うのか? その子もお前達の仲間か?」
「ああそうだ。チセはオレの姪だが12年ほど前に両親を亡くしてな。オレが引き取り育てている」
「両親を一緒に亡くしているのか」
「当時、領主に対して反対する者達が立上り、直接領主の屋敷に出向き抗議をしに行った。その中にチセの両親がいてな、その時の衛兵との争いでふたりとも亡くなってしまった。その後、町全体に暴動が広がって、オレは自分の家族とチセを守るだけで精一杯だった」
そんな過去があったのか……この町の住民は理不尽な領主に抗い、闘争までしていたんだな。俺の見た無気力な住民とは違うようだ。
「代表者の町長は何をしていたんだ。治めるのが役目だろう」
「領主が協議会を開かない事を訴えるために、王都に向かったが途中で盗賊に襲われて亡くなったそうだ」
その当時から盗賊とはグルになっていたようだな。町長の家族が猛抗議したのが暴動のきっかけになったらしい。その暴動で町長の家族以下、大勢の人が亡くなってしまったと言う。
「暴動に参加した者の一部は公開処刑されたよ。それ以来誰も領主には逆らえなくなってしまった」
「今の町長は、何をしているんだ」
「町長はいるが、どこの誰だか分からん。町長と呼ばれている人物を町民の誰も知らんのだ」
架空の町長を仕立てて、今も協議会を開いている体裁にして独裁しているのか。
ドワーフの少女も小さい頃に、そんな事があってこの組織に参加しているのか……。
「チセという名は、この辺りではあまり聞かん名前だが」
『チセ』と聞いて違和感があった。『知世?』 『千世?』 その名は日本人の名前じゃないのか?
「チセが生まれた頃、ここを訪れた人族につけてもらった名前だ。同じ人族のお前に興味があったのか、オレに話をしてくれと頼んできたんだ」
16年くらい前か……その頃王都にいたという人族と同じ人物か?
俺達は男に続きしばらく道なき道を進むと、坑道の入り口に到着した。
「ここは古い坑道で今は使われていないから、オレ達以外は誰も近づかん。奥に仲間がいる」
案内された坑道の奥には、広い空間にテーブルがあり男女のドワーフが15人程が俺達を迎える。昼間に会ったチセという少女の姿は無いか……もう夜だし、こういう場所には出向かないんだろう。テーブルに案内されて座り、男と向かい合う。
「オレはザハラ、ここのリーダーをやっている。オレ達は領主に目を付けられていて、こういう所でしか会うことができなくてな」
やはり領主に対する反抗組織のようだな。
「俺は、ユヅキ。こっちがアイシャにカリンだ。里帰りしてきたゴーエンさんの護衛として、この町に今日着いたばかりだ」
「オレ達は町の外にいる盗賊団をつぶして領主を引きずり降ろし、この町を自由にしたいと思っている。お前達にはその手伝いをしてもらいたい」
早速本題に入ったな。盗賊団をつぶし、領主の屋敷も襲うつもりのようだが、そう簡単な事ではないぞ。
「盗賊団の規模は?」
「約70人だ。盗賊団の頭は王都の騎士崩れの男で、町を出た林の中を拠点としている」
「お前達の他に仲間はいるのか?」
「あと30人程いる」
全員で45人……ここには奥さん連中もいる。戦えるのは、せいぜい30人といったところか。多勢に無勢だな。それで俺達のような冒険者を頼ってきたということか。
「少し無謀じゃないのか?」
「無茶なのは分かっている。だがやらないとダメなんだ」
精神論か。
「戦略と戦術をもっと練る必要があるな」
「それはどういうことだ?」
「まあ、ゆっくりとみんなで話し合おう」
その日の夜は、その場にいる者達と戦う目的を明確にし、そのためにどのような手段を講じるべきか検討を重ねる。
まずはシミュレーションだ。戦いとは戦う前に勝敗が決していないといけないものだ。負けるのなら戦わなければいい、勝ちたいのならそのための準備を万全に整えないといけない。
情報、武器、人員全てについて検討し足らない物は補充できるか? 実行できるだけの技術があるのか? それらが揃わなければ戦う事すらできない。
そのことを説明しみんなに考えてもらうが、一日二日でできるものではない。今日のところは戦う方針をはっきりさせるだけでいいだろう。
この坑道は、人が住めるようになっている。避難所の役目も兼ねているのだろう。俺達はベッドに案内され、今晩はここで寝る事にした。
「アイシャ、カリンすまんな。大変なことに巻き込まれてしまった」
「私はユヅキさんについて行くわ。どのみち戦わないと外には出れないんでしょう」
「そうよ、ユヅキ。悪いのは盗賊団の方なんだから、領主だろうが何だろうが私が蹴散らしてあげるわ」
「ふたりとも、ありがとな」
こんな俺について来てくれるふたりには、感謝の言葉しかない。俺は俺のやれる精一杯をしよう。
翌日からは、それぞれができる準備を進めていくことになった。
俺達はこの反抗組織に関わりを持たないように振る舞う。相手を油断させるのと、組織の動きを感づかせないための囮として、街中で派手に動き回ることにする。
人族と獣人の冒険者3人組は普通にしていても目立つしな。宿も昨日行った宿に泊まりわざと監視させる。
「昨日は護衛者の家に泊まったんで来れなかった。俺達はこの町にしばらく滞在することになった。今日から泊まらせてもらうが、部屋は空いているか?」
何事も無かったように平静を装い、宿屋の主人の元を訪れる。
「3つ部屋を空けてある。ひとり銀貨5枚だ」
「そんな高いはずはないだろう。この狭い部屋ならせいぜい銀貨3枚だ。それに連泊するんだ。その分安くなって当然だろ。3人で1泊銀貨8枚だな」
「そんなに安くはできんぞ」
「それなら他を当たる。すまんな」
「いやいや、それでいい。3人とも泊まってくれるんだろ」
「じゃあ世話になる。食事も付くんだろうな」
「ああ、分かった食事も付けよう」
普通ならこんな値段で泊まれるわけがない。ここは監視付きだからな、吹っ掛けさせてもらった。
これからは盗賊団を倒すため、色々と準備を進めていかないとな。




