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34話 最速の居合と開戦

「では始めるとするが、どちらが先にやるのだ?」


桜の問いにお互いの顔を見合って、どちらが先に行くかを静かに話し合いだした。


「そ、そっちが先にやってもいいぞ。俺は後からでも大丈夫だから。」


「いやいや、別に零君が先に行ってもいいんだよ。私は後からでもいいからさ。」


「「………。」」


お互いに先を譲り合ってる姿はとてもと言っていいほど醜い争いでしかなく、それを見ていた桜が呆れながらも何も言わずに黙って待っていると、二人の譲り合いが終わったと思っていたら、今度はお互いに手を出して何かを始めようとしていた。


「こうなったらじゃんけんで勝負を決めようぜ。」


「分かったわ、これで白黒はっきり付けた方が早そうだしね。恨みっこなしよ。」


真剣な顔でやってるけど、傍から見たら普通のじゃんけん。

順番を決めるためだけの普通のじゃんけんだ。

でも二人からしたら真剣勝負に近しい空気になっていた。

何せこの後死ぬかもしれないと思ってる度胸試しにどっちが先に行くかなんて、二人にとっては地獄の窯にどっちが先に入るかを決めてるようなものだった。

静まり返った空気の中、二人の真剣勝負(じゃんけん)はいきなり始まった。


「「――――せーのッ! ジャンケン!ポン!」」


勝負はいきなり始まりすぐに決着がついた。

零がチョキを出して、真莉亜がグーを出して順番が決まり、勝った真莉亜静かにガッツポーズをして、負けた零はその場に項垂れて自分が出したチョキを睨みつけていた。


「決まったようだな。零、そこに立て。」


「……はい。」


諦めた感じで桜の指さした場所に零は潔く立って、準備ができたところで桜が持ってた刀を納刀して居合の構えに入った。


「―――――いくぞ。」


一瞬で雰囲気を変えた桜に魅せられ、零もさっきまでの嫌気を消して目の前の桜に集中し、度胸試しの開始は合図もなく始まった。


「―――――シッ‼」


零に間合いを詰めた桜は勢いをそのままに白日を抜き、零の首元へと剣を出した。

桜が出す最速の居合が見えていたのか、はたまた勘で防ぎに行ったのかは分からないが、零は無意識に防御態勢に入って“収納庫(アイテムボックス)”から聖剣を取り出して居合をガードして見せた。

もちろんガードをするとも思わなければ、ただの度胸試しであって殺す気などなかった桜は自分が出せる最速の居合を防がれた事に驚きを隠せずにいて、すぐに零から離れて白日を鞘に納めた。


「……まさか、寸止めのつもりで出した居合を防がれるとはな。やはり実力は本物のようだな。」


「す、すみません。なんか俺も体が勝手に防がないとって思ってしまって剣を出してしまいました。」


「いや、構わない。むしろ防がれた事で完全に妾の中に合った不安要素は完全になくなった。協力感謝するよ。」


防がれた事に喜びを持って言った桜は、零に手を出して握手をした。

一部始終を見ていた真莉亜とルナは驚きのあまり口を開けて唖然として、零の事を知ってる他の三人は防いだ事に喜んで拍手をしていた。


「しかしまさか妾の剣を見切られてしまうとはな……何気にこれが初めてであるな。」


「はっきり言って桜さんの居合は間違いなく人の目では追えないほど速かったです。ただ見慣れていたのかもしれませんが、昔仲間で同じように剣の腕前がすごい奴がいたので、それを覚えていたからこそ防げたのかもしれませんね。」


零が勇者だった時の仲間の一人、ハンドレッドは剣の達人だった。

元々ハイエルフであったが故に身体能力も普通のエルフよりもすごかったのだが、ハンドレッドの剣はその中でも群を抜くほどの実力者でもあった。

風を切る鋭さと速さを持ち合わせた斬撃は普通の剣士では目で追える事もできず、長年剣を持ち続けている者でもその斬撃を見切れるか分からないほどの天才っぷりで、唯一それを初見で防ぎって見せたのは同じ仲間だったべレナスだけでもある。


「何はともあれ、零の不安がなくなったのはありがたい。」


「これで俺もようやく妖狩りの一員になれたのでよかったです。ありがとうございました。」


「うむ。では次は真莉亜の番だな。」


「あ、何かいい雰囲気のまま終わってくれないかなって願ってたけど……やっぱりダメだったか。」


何もせずにできると思っていた真莉亜は零と交代で度胸試しをする事となり、無事に彼女も見切れはしなかったが肝がちゃんと据わってたのを理解した桜は真莉亜にも合格を出して、これでようやく二人は桜の妖狩りの手伝いが出来るようになった。

ちなみに交代をする際に零が真莉亜に逃げられると思ってた事に不機嫌になって睨んでいて、流石に真莉亜も申し訳ないと思っていたのはここだけの話。


「さて、調査する場所についてこれから話し合うが、まずは現段階で妾が調べた場所を確認しようか。」


度胸試しを終えてリビングに一度戻り、これから調査する場所を決める前に桜が零と初めて会うまでに見た場所を把握するため、桜が口頭で目印になってたのを言っていきながら場所を把握することから始まった。


「まず最初に妾がこの世界に来たのは山で、近くに川もあったな。」


「高さはどの辺りか覚えていますか?」


「一通り其方たちが住めそうな場所はよく見えたな。あと場所も平らだった。」


「山地で平、しかも川が見えたのならあの場所で確定だな。」


零は頭の中で何処からスタートしたのかを確実に特定して、途中で質問もしながら話を進めながらメモに場所を書いていき、桜が最後に零と会った公園が出た所でメモに書いた場所を見ていった。


「山からスタートしてここまでの道のりと、俺たちが別々で調べた場所を合わせて行けば……唯一手つかずだった河辺やその辺りがまだですね。」


「場所はここから離れているか?」


「ここからだとそこまで離れていませんし、歩いて行っても15分で着きますかね。」


「よし、ならまずはそのあたりから始めていこうか。」


場所が決まったところで出発しようと零が立ったら、桜が待ったをかけて零を止めてある事を確認した。


「其方たちに一つ聞くが、妖気は感じ取れたのだな。」


「はい。俺も真莉亜も妖気を感じ取る事はできました。」


「実は妖気が固まっていた場所が2ヶ所あってな、河辺に行って何もなかったらその2ヶ所にも行ってもよいか?」


「分かりました。あとはまだ何かありますか?」


一応まだ何かないか確認を取ってから出発しようと思って桜にもう一度確認を取ると、何かを思い出しかのように手を叩いて零に声をかけた。


「そういえばこの世界と妾が住んでいる世界の橋渡しになっていた神社があったな。もしも何処にも妖の気配がなかった場合はその場所に行ってみてもよいか?」


「いいですけど……もしかしてここから離れてますか?」


「いや、妖気を感じてそこまで距離はない。その神社の名前も妾は憶えているからな。名前は確か――――……瑞風(みずかぜ)神社だったな。」


「瑞風神社⁉ それって本当なんですか?」


桜が言った神社の名前に驚いたようにいった零だったが、真莉亜はまだ転生してきたばっかでその神社の存在を知らないため首を傾げ、気になって零にその神社が何かを聞いた。


「零君、その神社ってかなり有名なの?」


「有名も何も、その神社の責任者は委員長の父親(・・・・・・)なんだよ。」


「委員長の⁉ じゃあ委員長のお父さんってすごい人なの?」


桜が神社の責任者が委員長の父親だって事を知らなかった真莉亜に対して、零は知ってる範囲で説明していった。


二人のクラスの委員長である常盤夏奈の父親である常盤翠嵐が神主をしている瑞風神社は、彼らの住んでる地域にある神社で最大規模の敷地面積を持っていて、毎年行われている大晦日でのカウントダウンや初詣には多くの参拝者が集まるほど有名な神社でもある。

もちろん零や幼馴染である相川や加藤もその神社で大晦日の夜は過ごしていて、家族で願掛けに行くのは当たり前でもある。


「そんな大きな神社を管理してるんだね。」


「だけどまさか委員長たちの神社がそんな場所だったってのは知らなかったし、もしかしたら今日中庭に来たのも妖気の気配を感じ取ったから来てたのかもな。」


「たしかにそれだったら辻褄が合うよね。だったら尚更放っておけない状態だね。」


「其方たちの友人が関わっているのなら話は早い。ならば善は急げだ、行くぞ。」


「「はい。」」


調査をする場所が決まったところで、ここから二手に分かれて調査をする事となり、桜と零と真莉亜のチームと従者四人のチームで別々に調査をする方針にして、夜の妖狩りが今始まろうとしていた。










そして同じ時間帯の瑞風神社の境内では、大晦日で賑わう夜と同じくらい騒々しい雰囲気になっていた。


「報告!報告! 現在西側の妖門から餓鬼や鬼火などが数体出現したとの事です‼」


「ついに始まってしまったか…‼ 周辺と数はどうだ!」


調査をしていた捜査班の一人が妖の出現の報告を言うと、翠嵐はついに始まってしまった妖との戦いに焦った表情になりながらも状況確認と出現した数を聞いた。


「数はおおよそ50! すでに人払いは済ませてありますので、被害は現在ない状態です!」


(出現が50……しかも餓鬼や鬼火だけだとすると本命じゃないな。だとしたら精鋭部隊で応戦するしかないな。)


冷静に敵の数を考え、それが敵の本命じゃないのを予測した翠嵐は、報告してきた捜査班の一人に急ぎで指示を出した。


「近くで待機している精鋭部隊で応戦! 増援が来るまで何とか持ち堪えるように伝達してくれ!」


「はいッ!」


捜査班の男はそのまま急ぎ足で精鋭部隊に連絡を取り、翠嵐も妖たちに迎え撃つために準備を始めた。

境内にいた妖狩りの人たちには緊張が走っており、呼吸が荒くなって意識を失いそうな者もいれば、手を合わせて神様に念仏を唱えている者もおれば、死の恐怖に怯えて蹲っている者もいた。


(ここにいる妖術師たちの大半はまだ経験が少ない。戦力が乏しい分、他ほ派閥の協力をしたのだが……今現状じゃあ犠牲が免れないのは明白だ…)


すでに翠嵐の中では全員生存の未来はおろか、瑞風神社が崩壊する未来を予測しており、顔には出していないがすでに絶望していた。

先に到着している稗田鵬祭がいる時点で、稗田家が近い時間に合流すると思っているが、鵬祭はすでに老いた妖術師であるために連戦ができない。

何としてでも考えすぎて出てしまった負の感情を拭いたい思いをしているが、現実を突きつけられてしまっている以上、どうしても全部が拭いきれなかった。


「やはり当主となっても若いな、翠嵐。」


「…ッ……鵬祭殿。」


翠嵐は鵬祭の声が聞こえて振り向いたが、顔には汗が滲んでいて焦りを隠しきれていない事に気付いた鵬祭が、翠嵐にささやかな支えとして励ましの言葉を話し出した。


「お主もそうだが、儂も幼いときはそのように焦りを出してた。じゃからお主に焦るなと強制などはさせぬ……だが、お主が焦ってばかりでは部下もそれに合わせてしまう。現に今見えてる者たちはお主に感化させてあーなってしまっておるのだ。」


「………。」


翠嵐は鵬祭に言われて何も言い返せなかった。

当主といった上の立場である彼の存在は、他の影響になっているのは確かであった。

翠嵐は夏奈と香織が生まれて2年経って当主をしており、本人はまだ30代で当主にしては若すぎる年齢でもあった。

長く当主をしている鵬祭の言葉は一番身に染みる言葉でもあり、頭で思っていても体が思うように動こうとしないのが事実だった。


「いいか翠嵐、人とは弱く悲しみを持ってしまう哀れな生き物だ。悲しみを作らないようにするには、誰かが光となって他人に希望を与えないと、その連鎖は永遠に終わらないのだ。」


「……鵬祭殿。」


「現実にないのなら、その例えを見てから学び知るべきなのじゃ。ほれ、その例えが自らやって来たぞ。」


鵬祭が指した方向には夏奈と香織が戦闘着として着る巫女服を身に着けて翠嵐の前に来て、二人は翠嵐の思ってもいなかった事を言い出した。


「お父さん、香織と一緒に西の門に行かせて。」


「なっ…」


翠嵐は自ら妖に立ち向かいに行く意思に驚き、鵬祭は分かっていたような感じで何も言わずに翠嵐がどのような答えを出すかニヤニヤしながら見ていた。

夏奈と香織の表情には恐怖もなければ悲しみもなく、戦いに挑むような炎を纏った戦士のようにまっすぐな目をしていた。


「…お前たちの意思を尊重したい気持ちもあるが、これはお前たちが知ってる妖術師の戦いとは全く違う、殺し合いと変わんない状態だ、……それでもお前たちは、行くんだな…?」


その言葉を聞いてやはりと思ったのか、夏奈も香織も見合わせてから溜息を吐くと、翠嵐に近づいて二人で同時に思いっきり頭をはたいた。


「~~~!? ……‼」


言葉にできない痛みに悶絶した翠嵐と、女でありながら大人の男に痛みを与えたことに感心する鵬祭。

そして何が起きたか分からずに音がした方向を見て頭を叩かれたのにポカーンとしている境内の妖術師たち全員が何も声を発しずに彼女たちを見続けた。


「な……な……?」


頭を押さえて痛む場所を撫でながらも、何故二人が急に頭を叩いたのか訳が分かっていなかったような様子で見ると、二人は呆れながら自分たちの本音をぶつけた。


「いい加減にしてよお父さん。私たちはもう妖術師であって、戦おうって気持ちでいっぱいなの。お父さんが弱腰のまんまだったら流石に怒るよ。」


「お父さんはここの当主なんでしょ? だったら何時までも深く考えないで堂々と自分のやり方でやって行けばいいだよ。これ、お父さんの悪い癖ね。」


二人の顔は真剣そのものであって、怯えている様子など微塵もなかった。

それは翠嵐でけではなく、その場にいた者たち全員が勇ましい姿の二人に尊敬と自身の未熟さを密かに思い知らされていた。

その中にはもちろん、翠嵐も一人に数えられている。


「……すまない。どうしても母さんみたいに失いたくない思いが出てしまって止めようとしてしまっていた。」


叩かれてようやく自分が弱い姿を晒してるのに気付いた翠嵐は、両手で顔を叩いて息を整えると、さっきまでの弱い姿から当主としての表情に変えて二人に言った。


「ありがとう、やっと目が覚めたよ。皆の者もすまなかった、情けない自分を許してほしい。」


見違えた翠嵐の表情を見て、他の者たちも自分の弱さを捨てるように立ち上がって翠嵐がいる場所に歩いていき、何も言わずに全員が頭を下げて謝罪をした。

言葉の要らない光景を見た翠嵐は、改めて二人を見て当主としての行いを言った。


「夏奈、香織、お前たちにはこれから西の門に向かい、妖を狩れ。他の者たちは境内に張ってる結界の守護と、周辺の民家に近寄られないように人払いがされてるか確認をとれ。」


「「「御意‼」」」


「そしてこれが私が出す最優先の指示だ――――……全員、生きてくれ。私とこの神社の未来のためにも、みんなの力が必要だ。無事に明日を……自分の目に焼き付けるぞ!」


「「「はいッ‼」」」


当主翠嵐の指示を聞いて全員がようやく戦う心を得た瑞風神社の妖術師たちは、指示を出された境内の結界の管理と守護、そして周辺の人払いを行う作業を取り掛かるために散開した。

最後に残った夏奈と香織は、西に出現している妖の討伐に向かうために神社の外に出て走って向かった。


「やっと当主らしい事をしたな。どうじゃった、自身の娘の成長を知った気分は?」


「……情けないと思ってしまいました。娘の成長は見ていても、面と向かって語り合えないうちにここまで逞しくなっていたのに気付かなかった自分が恥ずかしいです。」


「それを知ってお主は今日、親となったようなものじゃ。子供の成長は日を見ているうちにあっという間に伸びる。羨ましい限りじゃ。」


「…そうですね。」


鵬祭の言った事に同意した翠嵐は、夜に輝く星空を見ながら二人の幼い時から今に至るまでの姿を思い返していった。


(華穂、私たちの娘はお前によく似て逞しくなったぞ。)


天国で娘の成長を見守っていると思われるかつての妻に対して心の内で娘の成長を報告して、拭いきった心で今の自分に何ができるかを考えながら妖狩りの準備に取り掛かった。

しかし彼らは知らなかった。

彼らの勇ましい姿を密かに笑い、着々と自分の計画を進めている者がその場にいる事を。

それを知るのは……まだあと少し。

【妖術師】

五大派閥たちが妖に立ち向かえるために使ってる術式。

術式を発動できれば攻撃が可能で、他にも札を使ってでの結界術などが使用できる。

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