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説教

 わたしたちに見送られて街に戻ったマリーちゃんは、ラチャンを送り届けるとその足で公女の口づけへと向かった。

 ふたりがホームを出たのが四時半で、マリーちゃんがラチャンと別れたのが五時半を少し過ぎた辺り。店についたのは六時前と、夕食には丁度良い時間であろう。

 マリーちゃんの目的は食事が半分に、借りていたサイバネホースの返却が半分だった。というのも、彼女がこの追跡機能を持った高性能な鉄騎を借りた相手が、支配人のフランツだったからだ。

 このサイバネホースをフランツに用意したのはルンテシュタット公国で、万が一に彼女が誘拐でもされた場合に追跡することが目的である。

 彼は表向きはレストランの支配人だが、本職は公国に属するいわゆるエージェントなのだ


「ありがとうございます。お陰で無事到着できました」

「それは良かった。ですが火遊びも程々にしてくださいね。シホウ山に向かうと聞いて心配していたのですから」

「そう心配することかな。公国では山でのハイキングは定番行事だというのに」

「シホウはちょっと特殊な山でしてね。過去に落ちた隕石の影響とは言われていますが、神隠しなどの怪奇事件が良くあるのです。お嬢様にもしもの事があったらと思うと」

「それは貴方の仕事として困るという意味か?」

「いえ、私は純粋に姫のことを安じて」

「すまない。変なことを聞いた」

「お気になさらず。今のは私の言葉選びが悪いのですから」


 マリーちゃんの疑問は嫌味な言い方になってしまったのだが、実際、彼女にもしもの事があれば責任を取る立場にあるフランツとしては否定できなかった。

 あまりオカルトに明るくないフランツは怪奇現象を信用していないので、もし危険があるとすればそれは人間の手によるモノだと考えていた。その点で人気のないシホウ山中はうってつけの環境と言えた。

 頼みのハイテク装備も保護対象に貸し出しているのでは不発な点も彼には不安だった。とりあえずこの日は無事に帰宅したので、彼も一安心なのだが。


「ところでお嬢様……もしやまたシホウ山に向かう予定があったりはしませんよね?」

「もちろん。今度からはレンタホースを使うから公国のは使わないが、それでもいけないか?」

「あなたと言う人は」


 マリーちゃんの答えに対してフランツの溜め息は大きい。シホウ山が危険だと主張する彼からすれば、むしろレンタルのサイバネホースなど危なすぎるからだ。

 公国特製のモノとは異なり、レンタル品には当然ながら疑似オートマタンシステムなど搭載されておらず、もしフランツが心配するように賊に襲われれば成す術もない。


「あれだけ危険だと申したと言うのに。それだけ例のヨハネに御執着ですか!」


 そしてフランツの怒声が響いた。

 個室でなければ皆が振り向くであろうほどの大声で彼はマリーちゃん嗜める。


「なにも怒ることはないだろう」

「差し出がましいのは承知していますが、怒らずにいられますか。仮にもあなたは公国の姫なのですよ。あなたは歴としたルンテシュタットなのですから。先のマリー王妃とあなたでは立場が違いすぎます」


 フランツの言葉には理があった。

 大昔に日本で暮らしていたマリーちゃんの祖先のマリーさんは王族とは言え分家の人間で、後に時の王と結ばれるまでは政治的には価値が低い存在だった。

 だからこそ彼女は自由を謳歌できたが、公女であるマリーちゃんでは事情が違う。彼女の身柄を確保することで、ルンテシュタットという国を二つに分割することさえ理屈の上では可能だ。

 もっとも、それを行うメリットよりもデメリットの方が非常に大きいため、マリーちゃんには眉唾な話になってしまっているのだか。


「心配させて申し訳ない。だがフランツさんも考えすぎではないか?」

「実際にあなたを狙う賊が存在する以上、警戒するにこしたことはありません。せめて一週間待っていただけますか? 移動用に新しい馬を手配しますので。それも嫌だというのなら、今後一切シホウ山には行かないでいただきたい」

「あまり目立つことはしたくないが致し方ないか」


 この国でのマリーちゃんは一般人を装っている事もあり、派手な行動は控えていた。住まいも独り暮らしの学生アパートだし、食事も公女の口づけで用意してもらうとき以外は概ね自炊している。

 そんな彼女としてはサイバネホースを自家用で保有することは目立つ行為に含まれるのだが、フランツの様子にしぶしぶ承諾することとした。

 ちなみにジャポネにおけるサイバネホースはレジャー用の乗り物ということもあり、自家用に購入すること以上に公道での使用免許を取得することが趣味人の酔狂扱いだったりする。普通ならレンタルショップと提携している乗馬コースを走らせて遊ぶのが一般的だ。

 マリーちゃんは「公国では公道でサイバネホースを走らせるのは一般的」だと主張するが、この点も乗馬を嗜みとする王族か、車では走りにくい不整地が多い山岳地域に生活する人々の狭い範囲での話なんだとか。


「くれぐれも、用意ができるまではシホウ山には行かないようにお願いします」


 マリーちゃんはお説教が終わると、フランツが用意した今日の日替わりメニューを食べて家路につく。彼女としてはフランツが考えすぎだと思っているのだが、彼の考えにはマリーちゃんが思うような根拠のない気にししぎではなかった。

 まごうことなく彼女の正体は高貴な身分なのだから。

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