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褐色

 しばらくしてヨハネとマリーちゃんが戻ってきたのだが、その頃わたしはちょっとした一大事になっていた。


「な、何をやっているんだ?!」


 マリーちゃんの驚愕も当然だろう。

 先ほど「もう怒っていない」ということで中断していた過剰なハグが、再開した状態でふたりが戻ってきたのだから。

 自分には無い大きな胸元に顔を押し付けられて息が出来ない。ちょっとした殺しの手口かと思うほどに苦しい。

 しかも首を上手に押さえられているので脱出も叶わないのだから困ったものだ。これがヨハネなら鼻の下を伸ばして喜ぶのかも知れないが、わたしとしては苦しいだけだ。


「女の子同士のスキンシップでござるよ。もしかしてマリーもしてもらいたいでござるか?」

「そんなわけ無いだろう。そういうのは彼氏にやっていろ」

「それではヨハネ殿もどうでござる?」

「え? い、いや……」


 ヨハネはラチャンの誘いに赤面し、その場でたじろいだ。

 わたしとしては一緒になってぱふぱふしたいと言い出さなかったので一安心だ。


「彼氏といったらお前の彼氏に決まっているだろ! カツオノタタキだかなんだか言う」

「無論冗談に決まっているでござろう」


 ヨハネへの誘惑を冗談と言うラチャンは、その後わたしにだけ聞こえるように耳元で囁いた。


「この通り色仕掛けにも動じないのは、彼もアマネ殿に惚れている証拠でござろう」

「そういう問題かしら?」

「嘘だと思うのなら、拙者が帰った後にでもやってみると良いでござる。きっと今よりも親密になれるでござるよ」

「無茶を言わないでよ」


 すっとんきょんなラチャンの言葉ではあるが、内心でわたしも一理あると認めていたので、彼女の胸の中で赤面してしまう。

 もしヨハネにぱふぱふしてあげたら、彼との関係が進展するかもしれないと。


「さてヨハネ殿も戻ってきたことなので、アマネ殿はお返しするでござる」

「早くしなさいな」


 ようやくわたしをおっぱいから解放すると、ラチャンは机の上に置いてあったパンに手を伸ばした。

 急な来客でまだ手をつけていなかったそれをいの一番に頬張る様子はどことなくあどけない。

 先ほどまでの大人な雰囲気とはがらりと変わったことに、わたしもポカンとしてしまう。

 そんなわたしを横目に、ヨハネはマリーちゃんにもパンを勧めた。本来ならわたしが一番乗りの予定だったのにと少し思うが、ラチャンのお願いもあって、わざわざ不満を言うつもりはない。


「マリーも遠慮なく味見をしていってくれ」

「それではお言葉に甘えて……ん! これはいちごですか」

「ご名答。昨日売っていたのは木苺で作ったものだけれど、これはクロサキいちごで作ったんだ」

「私は木苺よりこちらのほうが好きです。ほのかな苦味があって、甘すぎなくて」

「拙者は甘味も酸味も強い木苺のほうが好みでござるなあ」

「安心してラチャン。しばらくいちご大福パンは木苺で作る予定だから。ちょうど収穫時期だし、普通のいちごは街で仕入れないといけないから高くついてしまうしね」

「と言うことは、他のいちごを使ったパンはお高くなるでござるか?」

「クロサキいちごだって今の一粒五十ルートを切る値段なら元がとれるけれど、それ以上になってしまったら値上げも考えないといけないわね。できればクロサキいちごよりも味の強い品種で試してみたい気持ちもあるけど、それだと原価がかかりすぎて今は無理よ」

「それは残念だ。でも私なら値上げしていようとも気にせず買うのに」

「そこまで気に入ってくれてありがとう、マリーちゃん」

「ちゃ、ちゃん?!」


 わたしはクロサキいちごを使ったいちご大福パンをえらく気に入った様子のマリーちゃんに感謝を伝えた。

 するとマリーちゃんはわたしのちゃん付けに顔を赤らめてしまう。


「いけなかったかしら。なんとなく友達に似ていてついちゃん付けで呼んじゃったけれど」

「ま、まあいいぞ。それくらい私は気にしない」

「それは良かった。ついでに一つ聞いてもいいかな? さっきからヨハネにだけは敬語なのはいったいどういうつもりなの」

「そ、それはだな」

「別にわたしにも敬語で話せと言いたいわけじゃないからいいんだけれど」

「も、申し訳ない……アマネさん」


 つい呼んでしまったちゃん付けを許可してもらうついでに投げた質問に、マリーちゃんはまた顔を赤くした。

 おそらく「憧れの人」であるヨハネにだけ特別畏まっているだけで、わたしやラチャンに対しての話し方が彼女の素なのだろうとは予想がついていた。

 その為、わたしとしては忌憚のない質問だったのだが、マリーちゃんは深読みをしたのかもしれない。

 これがわたしなら自分の中でヨハネへの好意を反芻し、結果淫らな事でも考えてしまった反応だろうか。むしろ同じ顔をしたフェイトちゃんはこの様子の時は十中八九それが正解である。


「無理強いしている訳じゃないから好きに呼んでくれて構わないんだけど、マリーちゃんを見ていると、どうしても友達の事を思い出してしまうのよ。なんだかよく似ているなあと」

「おやおや。彼女さんでござるか?」

「え?! わ、私は……」


 ラチャンが割り込んでわたしをからかったのだが、その言葉に過剰反応したのはマリーちゃんの方。もしかしてこの子はラチャンの冗談を真に受けて、わたしに同性愛の気があるとでも思ったのだろうか。

 その上で狼狽されればマリーちゃんはまんざらでもないのかと思ってしまう。ラチャンは妹のようなモノとでも思ってほしいとは言っていたが、彼女に対してもよくこんなリアクションをしているのなら、確かに可愛い妹っぽく感じてくる。


「そんなわけないでしょう。中学高校の同級生だし」


 わたしの否定を聞いて「ほっ」と胸を撫で下ろすマリーちゃんは、そっちの気はないのに目覚めそうなほど妙な愛らしさだ。

 きっと横にいるラチャンもそういう彼女が好きで友達付き合いをしているのだろう。


「でもシンクロニシティってやつなんでしょうね。フェイトちゃんも二十歳の大学生なんだけど、髪の色が違うこと以外は本当にそっくりだし」

「どれだけ似ているか興味が沸くでござる」

「鏡写しみたいにクリソツなんだから」


 ここでマリーちゃんはあることに気がつく。


「───あれ? そのフェイトさんが二十歳で、貴女は同級生ってことは……もしかして貴女も同い年なの!」

「驚くような事かな。そういえばヨハネも前に勘違いしていたけど、そんなに幼く見えるかしら」

「忌憚のない意見だけれど、アマネは小柄な割には頭が大きいから、童顔にみえるんじゃないかな」

「それはあると思うでござるが、拙者としてはマリーの方が幼く見えるでござるよ」

「どういう意味かな?」


 ラチャンの言葉にムッとしたマリーちゃんは頬を膨らませた。

 いやだから、そういう反応が幼く見えるんだと思うのにと、わたしは心の中で突っ込む。


「言葉通りの意味でござるよ」

「何処がだ?! 自慢じゃないが、私だってボンッキュッボンッのナーイスバディなんだぞ。お前がデカ過ぎて並ぶと目立たないだけで」

「まあまあ落ち着いて」

「いくら友達でもヨハネさんの前で私を愚弄するだなんて」

「ますます子供みたいでござるよ」


 ラチャンの弄りにわたしも頷いた。

 ムキになってグラマラスな体を自画自賛する様子は確かに子供みたいだ。


「はいはい。ふたりともそれくらいにしなさいよ」

「むー」

「むーじゃないでしょ。そういうところだぞ」

「ハハハ。確かにその通りだ」

「笑わないでくださいよ。恥ずかしいです」

「偉そうなことを言える立場じゃないけれど、いまの自分を見つめ直して恥ずかしいと感じられることが大人への第一歩さ」

「う、うん」


 先ほどまで子供みたいに拗ねていたマリーちゃんだが、ヨハネに笑われたことが堪えたのか、急に汐らしくなった。こうして落ち着くとマリーちゃんも外見通りの大人っぽさを醸し出してくる。

 きっと本来の彼女は落ち着きのある高貴な人間なのだろう。そうでなければちょっと落ち着いた程度では雰囲気なんて変わりそうもない。


「同い年みたいだし偉そうなことは言えないけれど、マリーちゃんはそうやって落ち着いているときはすごく大人っぽいじゃない。だからちょっとからかわれたくらいでムキになっちゃダメなんだから」

「そ、そうですか?」

「僕もそう思うよ。泣いたり笑ったりするのは誰でも一緒さ。でも反射的にリアクションしてしまうのは自分の感情を整理出来ていない証拠だし、それが出来ないのはまだ子供と言われても仕方がない。大人と子供の差なんて、リアクションを押し止められるかでしか無いものさ」

「流石に大人の男の人は違うでござるね。うちのカッツォなんか熱しやすくて冷めやすいカネツグだというのに」

「そうなのか? たまに会うときにはそうは見えんが」

「まあ男なんて若いうちはそんなものさ」

「ヨハネさんもそんな頃があったんですね」

「それはノーコメント」


 三人の会話のなか出てきた「カネツグ」がわからないわたしは、途中から会話に置いていかれていた。

 後で聞くと「喜怒哀楽が激しくて、特に興奮しやすい人」と言う意味のようだ。

 それからしばらくはパンをつまみつつイマドキの女子大生から生の意見を聞き出した。途中からは会話に合流できていたが、今度は女の子同士の会話でヨハネを置き去りにしてしまったのは少し悪いかなとも感じつつも時間は矢のごとく経過していた。


「───さて、そろそろ四時になる。夜の山道は危ないからもう帰ったほうがいい」

「サイバネホースをオートパイロットで動かせばもう少しくらい遅くても大丈夫ですよ」

「そりゃあご自慢の乗り物なら夜の山も問題ないのかもだけど、むしろ街中の方が危ないわよ。黙っていれば美人さんだから、悪い虫に寄り付かれそうだし」

「それに拙者もそろそろ帰らないとカッツォが心配するでござる。夜にデートの約束があるのでござるよ」

「アマネさんは心配しすぎよ。あと、付き合わせた手前、そう言われたら仕方がないけど……土曜の夜から今朝までイチャイチャしてたのにまたデートだなんて、ラチャンはよく体力が続くわね」

「一緒に暮らしていると精神が肉体を凌駕して、ついやり過ぎてしまうのは良くあるでござるよ。アマネ殿には言うまでもないでござろうが、マリーもそういう相手が居ればわかるでござる」

「それはお前だけじゃないか? というか、アマネさんがどうしてそこで……って、まさか貴女とヨハネさんもだなんて!」

「何を考えているかは言わないけれど、マリーちゃんが顔真っ赤にして想像しているようなことはしていないわよ」


 マリーちゃんはラチャンのからかいにイヤらしい妄想を思い浮かべたようだ。

 まあ、そういう関係になりたいなとこの頃には既に心に秘めていたし、未来のわたしに言わせれば将来はラチャンの言うとおりなのだが。


「そ、そうですか。良かった」


 マリーちゃんの心底安心したと言うのがわかるで反応は、彼女がそれだけヨハネに気があるのだろうことを露骨に表していた。

 彼女が悪い子じゃないのは勿論わかるが、だからと言って急に出てきた彼女にヨハネを取られたくないと、わたしは少し目が座っていた。

 マリーちゃんはその目線に気づかないし、ヨハネも何も言わない。ただラチャンだけがわたしの嫉妬に気づいているようだった。

 いっそ嘘でもラチャンの冗談を認めればよかったか?

 だがそれは遠回しなヨハネへの告白になるので、この頃のわたしには出来なかった。


「ではそろそろ拙者たちはお暇するで候」

「気をつけてくれ」


 ようやく帰宅するふたりをわたしとヨハネは外に出て見送った。真っ白な機械の馬に股がるふたりは颯爽と山道を進んでいき、それはヨハネがジェットブーツで疾走する時よりも速そうだった。

 山道なので車輪と四足では後者に分があるのは当然だろうが、あれなら大型のカーゴでも牽引出来そうだなとわたしは考えた。


「突然の来訪で驚いたけれど、良い子達だったね」

「そうね。でもヨハネにとっての良い子ってのがどういう意味なのか、ちょっと聞いてもいいかな?」

「どうしたのさ」

「昨日の今日で押し掛けてきて、あれだけ好き好き大好きって態度でまとわり付かれた気分はいかがかなと」

「そりゃあ好意を持って接してくれるのは悪い気分はしないさ。裏を返せば敵意はないって事だしね」

「あ……ごめん。嫌なこと聞いちゃって」


 彼女たちの後ろ姿を眺めながら、わたしは少しだけ嫌味にヨハネにたずねた。だがその切り返しの中の敵意という言葉に、わたしはハッとしてしまう。ヨハネは元々他人との争いが嫌で、この山に引きこもっていたのだと。


「それについてはアマネももう気にしなくて良いよ。彼女たちを見てようやく決心がついたんだ。もう昔の事を気にするのは止めようって。流石に昔のことだからね。今はもうそういう時代じゃないようだし」

「そう言えば、ヨハネって一体何歳なの? 見た目は二十代だけれど、前に言っていた引きこもる切っ掛けになった騒動ってずいぶん昔の事のようだし」

「とりあえず三十歳は越えているとだけ」

「なによ、まるで正体が不老不死のモノノケだから秘密にしたいって感じの言い方は。まあ別にいいけれど」

「ありがとう。言えなくてごめん」


 わたしは冗談めいて言っていたのだが、後になってヨハネの素性を知ってからは、このときの冗談はややクリティカル過ぎただろう。

 でもわたしも夢見る女の子だし、そもそも異世界に転移した時点でいままでの常識がどこか抜け落ちていた部分も既にあった。

 なのでヨハネが心配するほど、わたしはこのときには既にヨハネがオートマタンであっても気にしないようになっていた。

 早くヨハネがわたしが人間とロボットの恋物語に憧れるお年頃だと知っていれば、わたしたちはもっと早く結ばれていただろう。

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