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電話

 ラチャンらが立ち去ってから一時間強が経過し、そろそろ店仕舞いの時間が近づいてきた。

 最初こそ鈍かったクロサキイチゴのパンも売れ始めたので、今日のアガリは黒字である。

 木苺のパンが売り切れた事を残念そうにしているお客さんもいたので悔しいが代替需要に過ぎない訳だが。それに今日は飲み物の売れ行きが悪かったので、ヨハネを休ませる事は出来たがそれも寂しい。


「そう言えば、今日は来なかったわね」


 思い出したかのようにわたしは呟いた。

 昨日は見せつけてきたあのマリーちゃんは、今日はとうとう現れなかったのだ。

 まさか昨日わたしがプリプリとした態度で接したことに気分を悪くして、顔を出さなかったのだろうか。

 今日はたまたま予定が合わなかったと言う方が普通なのだが、わたしは何処か心の中に不安を抱いてしまう。

 理屈はわからないが、悪い予感に鳥肌が立ってしまう。客足が途切れたのを見計らって、奥にいるヨハネに相談してみることとした。


「この調子だとクロサキイチゴは売れ残りそうだから帰りにマリーちゃんに持っていってあげようと思うんだけれど、いいかな?」

「アマネがそれで良いなら僕も賛成だよ。昨日は店仕舞いをしたらディナーに行かないかと誘ってきたというのに今日は来てないから、僕も気になっていたんだ」

「ちょっと待って?! そんな話は聞いていないわよ。まさかこれからマリーちゃんと逢い引きするつもりだったの?」

「まさか。断ってしまったから言わなかっただけだよ」

「なら良いけれど」


 ポロリと漏らしたヨハネの話を踏まえると、マリーちゃんが来なかったのはやはり気がかりだ。

 たまたま都合が悪くなっただけならそれでいいのだが、こういうときの勘は嫌に鋭いから困りものだ。


「とりあえず電話してみよう。僕がかけるからデバイスをかしてくれないか」

「えっと……はい」


 わたしはモトベさんから預かった携帯電話をヨハネに渡すと、やってきたお客さんの呼び出しに応じて表に戻った。

 会計を済ませてカーゴに視線を向けたわたしの目線には困り顔のヨハネが見て取れる。何かあったのだろうか?

 お客が途切れたところでカーゴに戻ったわたしは、ヨハネに状況をたずねる。


「そんな顔をして、マリーちゃんに何かあったの?」

「大したことではないさ。ただ、彼女が風邪をひいたようなんだ」

「それは大変じゃない」


 風邪と一言にしても一人暮らしの女の子だ。

 恐らく心細いだろうし、症状が重ければ食事もままならない。

 せっかくなのでお見舞いに行ってあげたいところだが、ヨハネには面倒だろうか。


「そうだね。だからお見舞いに行ってあげたいんだけれど、そうするとアマネを待たせてしまうからいかがなモノかと」

「そんなの一緒に行くに決まっているじゃない。それともわたしが一緒だと何か都合が悪かったの?」

「そ、そんなことはないさ」

「ホントに~?」


 まさかとは思うが風邪で弱ったマリーちゃんに一人で会いに行って、いかがわしいことでもするつもりなのか。そう言えば風邪を引いたときには適度な運動で汗を流すのも良いと聞いた覚えがあると、わたしはヨハネの瞳を見つめる。

 だが覗きこむと青いそれが輝いていて、逆に自分が変な気持ちになってしまう。いわゆる白人的容姿に見惚れた訳ではないが、透き通るような青さにきゅんとしてしまったのだ。

 このままわたしの赤と混じりあったらと考えてしまい、友達の妄想癖を笑い飛ばせないほど脳内では桃色遊戯にいそしんでしまった。


「アマネ?」


 そんなわたしの呆けた様子にヨハネも戸惑ったのだろう。

 トントンと肩を叩かれて、わたしは正気に戻った。

 正気に戻る前はストロベリーな意味で恥ずかしいが、正気になると何を考えてしまったのだろうと言う意味で恥ずかしくなってしまう。わたしの頬はその影響で朱に染まる。


「疑ってゴメン、なんでもないわ」

「わかってくれれば構わないさ。それじゃあ、店仕舞いをしたら彼女の家に行ってみよう」

「わたしはもう一仕事してくるから、ヨハネはその間に家の住所を聞いておいて。場所を知らなきゃ行けないんだし」

「それはさっき確認してある」

「手が早いことで」

「そんなことはないさ」


 手が早いとからかうわたしをヨハネは否定した。

 わたしとしては単なる軽口のつもりだったのだが、後から聞けば既に両片思いなわたしたちの関係において、わたしに手を出すのに戸惑うヨハネは確かに手が早いとは言えなかった。

 結局それから三十分、四時まで粘っても客は現れず、クロサキイチゴのパンは五つ売れ残った。

 惜しくも完売とは言えなかったが、全体で見れば売れ残りは十三個なので、今日の営業は成功であろう。

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