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ぢっと手を見る

——蛇だ。それも、ものすごく大きい。

シュウシュウと空気の漏れる音をさせ、お決まりのように鎌首をもたげ、二本の牙を見せつけてくる。

先端を伝う色のついた液体は、毒だろうか。

開いた口は、私を簡単に一飲みできるサイズだった。

薄暗い中だったが、微かに表面の模様が見える。

禍々しい、目のような柄の連なり。

私自身には、少しも勝ち目がないのが明らかだった。

驚きすぎると、悲鳴も出ない。


「ヒロちゃん、動かないでね」


言われずとも、硬直している。

傍に立っていたバートが、片足を蛇に向かって踏み込んで剣を抜く。

暗い森の中で、幅広の剣がかすかに閃いた。

二股に分かれた舌が、宙を探って震える。


次いで、重苦しく鈍い音。

大蛇の首が落ちたのだと、ほんの少ししてから気がついた。

生々しく光る断面から、液体が滴ってゆく。

枝に巻き付いていた体が、己の様に気づかずにしばらくの間ぐねぐねと動いていた。


「あ、神代は大抵殺生に慣れていないんだったか。ヒロちゃん、目ぇ瞑ってて」


「いえ、大丈夫」


目を逸らすわけには、いかない。

あの人面鳥は、たすけてと鳴いていた。

そして、導かれたのが蛇のいる場所。

私の第六感的な何かが、がんがんと警鐘を鳴らしている。

ここで、何かが起こったんじゃないのか。

致命的な、何かが。

かろうじて枝に残っていた巨躯が、ずるりと地面に落ちた。


「ヒロちゃん?」


「…………バート。下がってて、念の為」


両手を開いて、気持ちを落ち着けた。

大丈夫、加減はもう分かっている。

乾いた音が、森の中に響いた。


瞬間、蛇の死骸が弾け飛んだ。


「うわっ」


「うわぁー!?」


思っていた通りグロい光景に、後ろから悲鳴が上がる。

どうやら、驚かせてしまったらしい。

水っぽいものが周囲の木にぶつかったりし終わった後、蛇がいた場所に生白い何かが見えた。

力なく地面に投げ出された手が、微かに動いた。

伏せた頭に生えた髪には、見覚えがある。


「ホカリさん」


彼こそが我々の探し人だった、ミランダさんの配偶者だ。

バートが素早く近寄って、顔を確認する。


「間違いないね、まだ息はある。治療すれば持ち直すだろう」


その言葉に、どれほどホッとしたか。

探しに来て正解だった。

きっと、今夜を逃せば彼はもう帰ってこなかっただろう。


「ミランダさんに、早く教えてあげなくては」


「そうだね……」


不自然な、沈黙が落ちる。


「バート、私ではちょっと腕力が」


「分かってるとも、うん……俺は君の聖騎士だし……」


歯切れは悪いながらも、バートは木こりのホカリさんを背負ってくれた。

護衛の動きを制限してしまうのは問題があるだろうけれど、この場合は不可抗力だろう。

ここで放置したら、次はあの人面鳥の夕食(ディナー)である。

私はすっかり道を見失っていたが、バートの正確なナビのおかげで無事村に辿り着くことができた。

ホカリさんを案じていたらしい村の人たちが、松明を持って手を振ってくれる。


「おぉ、ホカリじゃないか!よかった、今ミランダを呼んでくる。おい、お前は医者に連絡を」


「大丈夫、先生も診療所は開けっ放しにしてくれてるから。運ぶのを手伝うよ、お疲れ聖騎士さん」


男衆が寄ってきて、ホカリさんをバートの背から引き取ってくれる。

誰かが用意した大きな布で、全裸の彼がそっと包まれた。


「あぁ、こんな姿になっちまって。生きててよかったが、山賊でも出たのかな」


「いいえ、スト・ナーグが出ました」


「なんてこった!じゃあ服は消化されちまったんだな……怖かったろうに…お前さんらも、よくやってくれた。今はとにかく休んでくれ」


「そうさせてもらいます」


彼を全裸にしたのは私の権能の余波だと思うけれど、沈黙は金である。

それに、蛇に手を叩いた時に自分も随分と汚れてしまった。

ホカリさんの命に別状がない以上、今度は風呂に入りたい気持ちが勝ってくる。

神殿は非常に清貧なつくりをしているが、幸いなことにシャワールームもちゃんと完備されているのだ。

まぁ、あちこち修理するまでは、ご近所さんのお風呂を借りていたわけだけれど。

ちなみに、我が家の湯船は小さく、私でも足を伸ばしては入れない。

遥かに大きいバートにはさらに無理なサイズなので、今後あそこも改装する目論見だ。

果てしない夢な気もするが、自分の大工スキルの向上を思えばできる気もする。

今度からは、建築関係のクエストを優先的に受けてもいいかもしれない。


「バート」


「なんだい」


「お風呂、先に入っていいですよ」


「……ありがとう、我が君」


バートが、全裸の男性と密着し続けることに、抵抗を感じているようなのは知っていた。

自分の体格上難しかったとはいえ、過酷な役目を任せてしまったのだ。

いつもは私に一番風呂を譲るバートも、今夜は遠慮をしない。

心なしかテンポの速い足取りで、我が家へと向かっていく。


次があったら、今度こそちゃんと服を残した状態で蛇を弾けさせよう。

すっかりと昇りきった月の下で、私は両手を眺めながらそう心に決めたのだった。

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