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蛇の道は減り

薄暗い森の中を、周囲を見渡しながら歩く。

徐々に視界が悪くなって行く状況では、地面から生えた雑草すら不気味に見えた。

連日晴れだったので、足元が良好なことだけが救いだろうか。


「帰り道のことを考えると、1時間が限度かな」


「わかりました」


バートが居てくれて、よかった。

こんな怖い場所、一人では到底来れそうにない。

木々の葉が擦れる音に、びくびくとしてしまう。


「スト・ナーグって大きいですか」


「そうだねぇ」


「どのくらい……」


「年齢によるけど牛ぐらいなら、普通に呑むよ」


怖い!

実際に見たことはないが、アナコンダみたいなものでは。

牛が呑めたら、木こりだって易々呑める。まさしく一口だ。


「私が呑まれたら、お腹を捌いて助けてくださいね」


「大丈夫、その前に首を落とすから」


蛇の首って、どこからどこまで。

依然恐怖は残っているものの、余裕たっぷりのバートのおかげで、なんとか平静を保てている。


「森にいるのは大蛇だけじゃないけど、その辺は怖くないの?」


「……例えば」


「熊とか、狼とか、変わり種だと人面鳥とか」


「じんめんちょう?」


「おじさんの顔した大きな鳥だよ、オウムみたいに人間の言葉を繰り返すから、気味が悪い。屍肉を食べるとこも、俺は嫌だな」


「私も嫌ですねそれは」


そんな最悪の生き物が、森の中にいるのか。

私がイメージしていたよりも、木こりというのはずっとハードな仕事なのかもしれない。


「まぁ、森に慣れている人間ならまず騙されないけどね。独特のイントネーションがある」


なるほど、確かに地球にいたオウムたちも人間そのものの声真似とはいかなかった。

遭難でもしていなければ、滅多に引っかかる生き物ではないのだろう。

しかし、危険性が低くとも絶対に会いたくないのは確かだ。


ふと気づくと、周囲の暗さが増している。

なんだか気温も下がったようで、ますます心細い風景になってしまった。

腰に下げたランタンに、そろそろ火を入れるべきか悩む。

油は貴重品なのでケチってはいたが、足元が見えなくなると危ない。


——け れ


「今何か、言いました?」


「ヒロちゃん?」


——たすけ れ


それは確かに、木こりの彼の声だった。

暗さの増す藪の中から、助けを求めている。


「バート、こっち!」


すぐそこにいる。

そんな確信を持って、足を踏み出した。

背後で、バートが着いてくる気配がする。


——たすけてくれ


はっきりと、声がした。

薄暗い木々の間をカンテラで照らすと、男の顔がそこにある。

自分の膝から下程度の高さの彼に、違和感を覚えたのは一瞬だった。

人間そのものであるのは頭部ばかりで、首からはびっしりと羽毛の生えた、雉のような身体が繋がっている。

明らかに人外な姿を見てしまい、血の気が引いた。


「フラグ回収が早い」


「ふらぐ?」


隣で、バートがのほほんと声を出す。

大柄な彼に驚いたのか、人面鳥は逞しい足を曲げて私たちから距離を取った。

妙に素早い動きが、また嫌さに拍車をかける。


「あぁ、大丈夫だよ。生きてる相手には、襲いかかって来ない」


とはいえ、距離を開けた状態で我々を見据えたままゆっくり揺れる姿は、不気味そのものだ。

気持ち悪くて、どうしても及び腰になる。


「バート、あの声……」


「我々の探し人のようだね、しかも内容が不穏だ」


そうなのだ。

助けてくれという言葉は、人面鳥が考えて発しているわけではない。

オウムのように、どこかで聞いたものを繰り返しているのだ。

であれば、この森の中で彼は助けてくれと言ったことになる。


「ど、どこでその言葉を聞いたんですか」


「たすけてくれ、たすけてくれ」


答えはない。当然だ、人語を理解しているわけじゃないのだから。

しかし、私の焦りはどんどん加速して行く。

だいたい、発音に特徴があるから人間とは間違えないと言われていたのに、私はばっちりひっかかった。

つまり私の耳および発音力が、この鳥畜生に劣っているということだ。

私より上手く公用語が話せるというのなら、ちゃんと理解して話して欲しい。

あぁ、なんだか苛々してきた。

ミランダさんが、彼の帰りを待っているのだ。

いつもの太陽みたいな笑顔を陰らせて、ふらふらと村をさまよって。


「木こり、男、どこ!」


「ヒロちゃん、人面鳥は言葉を理解してるわけじゃ」


「たすけ、てくれ、てくれ」


「どこったら!」


脅かすつもりで、両手を叩いた。

そもそも全裸である人面鳥には、当然効果がない。


「——あっち」


「えっ」


「あっチ、こっち、こっち、コっち」


派手な羽音を立てながら、人面鳥が木々の間を飛んでゆく。

予想外の展開にバートを見ると、彼も驚いたように目を見開いていた。


「ど、どうしようバート」


「どうしよう……」


バートにも正解が分からない展開であるらしく、ますます動揺する。

人面鳥は少し向こうの木の枝に止まって、依然こっちこっちと鳴いている。

不気味だが、あいつ以外に手がかりがあるわけでもない。

ええい、ままよ。


「追いかけます!」


「わかった」


バートは特に反対することもなく、私に追随する。

獣道とも言えない悪路を、人面鳥の尾羽を追って走った。

少しして、人面鳥が進むのをやめる。


「こっち、こっち」


「どっち」


壮年男性の顔が、くんと上を向いた。

奴の視線を追っていけば、ひときわ太い木の幹がある。

随分と変わった枝を持っており、しっかりとしたそれにボコボコと瘤が付いている。

それが【巻きついた生き物】だと気づいたのは、しばらく注視した後のことだった。

木々の間から漏れる月明かりに反射して、鱗がかすかに光る。

大人の胴体ほどはゆうにある頭部が、私たちを見据えていた。


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