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週休七日歩合制

「ヒロちゃん、大工仕事上手になったねぇ」


使い物にならない家具を解体しながら、バートがしみじみと言った。

穴の空いた壁材を取り替えつつ、私も同意する。

日本で何の変哲も無い女子高生をやっていた私が、まさかトンカチ片手に家の修繕をこなすようになるとは。

人生、何がどうなるか分からないものだ。


これが終われば、次は新たな家具の運び込みである。

ちょっとくらいお金も溜まったから、中古は致し方ないにしてもまともな物を揃えたい。


「バート、鍵は本当にアレでいいんですか?」


「ん、コツさえ分かれば、ちゃんと開け閉めできるから大丈夫」


他の神殿では、聖騎士というのはかなり高待遇であるらしい。

私が彼にふさわしい扱いを用意できないのが、申し訳ない限りだ。

いつか贅沢をしてもらおうと思うものの、儲かるビジョンが一切浮かばない。


ごんごんと、外の扉が叩かれる音がした。


「開いてますよ」


我が神殿の扉は極薄仕様なので、それなりの声量でもちゃんと届く。

向こうもそれは同じだ。


「いたか、冒険者ギルドに来いってよ。伝えたぞ」


声の主は、三軒隣の木こりのお兄さんだった。

田舎ゆえに、一軒一軒の距離はそれなりに遠い。

森に行く道とは多少離れているので、わざわざこっちに出向いてくれたのだろう。

このあたりの村民たちは、基本的に人がいい。

立ち去る彼にお礼を述べて、二人で家を出た。

家の中は中途半端な状態だけれど、わざわざ呼びに来るなら大事な用事のはず。

心当たりはさっぱりないが、早めに行くのが吉だろう。

時刻は昼過ぎ、季節は初夏だがわりと涼しい。

この国は全体的に風通しが良く、日本にいた頃のような不快な汗ばみなどはない。

そこに不満はないのだが、時折あの蒸し暑さが懐かしくなる。

あれほど苛々した蝉の声だって、今聞けば嬉しくて耳を澄ませるだろう。


「あ、お二人さん」


「こんにちは、ファルさん」


「はい、こんにちは。あっちの会議室で、話があるんだってさ」


「誰がです?」


「ギルド長と、お客さん」


お客さん。

村中がなんとなく顔見知りであったり、知り合いの知り合いくらいの距離感の環境である。

この場合指しているものは、おそらく村の外からやって来た人だ。

どうしよう、全然思い当たらない。


「バートは、心当たりありますか」


「……う〜ん」


緩く笑みを作って私を見る姿からは、内心が伺えない。

会議室に入ってしまえば答えも分かるかと思い直し、一声かけてから部屋の中に入った。


「おう、よく来たな拍手の嬢ちゃんと騎士さん」


貫禄のある壮年男性が、くしゃっと破顔して私たちを迎え入れてくれた。

彼の名前は、ゼンド。このギルドの長だ。

振る舞い通りの気風(きっぷ)の良さで、通常は冒険者ギルドになど入らないはずの異世界人にも、平等に仕事を振ってくれている。

そしてその隣に、ほっそりとした神経質そうな顔の青年。

真ん中分けの黒髪は、私よりも長い。

二人並んで、会議用の大きな机の端へ座っていた。


「ネレスタさん」


「まて、それ以上近づくな。両手は机の上についておけ」


あんまりな言い分である。

渋々と従うと、隣でバートが顔を歪めた。

会議机に座っている状態だから、あまり辛い姿勢でもないのだけれど。


「ネレスタ、不敬だぞ」


「バート、いいです」


身分上、私はこの場の誰よりも偉い。

小さな村のギルド長に、自分に仕える聖騎士。

それから、祭司のネレスタさん。

彼が私に指示を出すのは、なかなか不当な行為ではある。

だが、それなりに理由も存在する。

私がこの世界に来た後。

記憶がないということで、どんな権能があるのか一緒に探ってくれたのがネレスタさんだ。

こちらの言葉のわからない私に、片言の英語で色々と指示してくれた。

というか、地球人の私よりネレスタさんの方が英語が堪能だった。

他にも中国語とヒンディー語を齧っているらしい、非常に優秀な祭司なのである。


そして、私が一番最初に全裸にした男性でもある。

まさか手を叩くと相手の服が弾け飛ぶなど予想外だったが、あの時は本当に申し訳ないことをした。

当時の私は非常に驚いたのだけれど、全裸にされたネレスタさんはもっと驚いていた。

間違いなくトラウマになっただろうに、こうして居場所を用意してくれたネレスタさんにはとても感謝しているのだ。

机に手を置くくらいの要求、可愛いものである。


私のとりなしを見て、ネレスタさんはフンと鼻を鳴らした。


「随分と公用語が上達したようだな、よくやったぞバート」


「我が君が努力したのです」


そんな呼び方をされると、ムズムズしてしまう。

しかし私以外には誰も違和感を覚えてないようで、話は進んでいく。


「今日来たのは、ほかでもないお前たちに依頼があるからだ」


通常、冒険者ギルドに出される依頼は一律で掲示板に貼り付けられる。

しかし何かの事情があって特定の個人に依頼したい場合は、ギルドの職員から直接話を聞かされるのだ。

受付のファルさんでもいいはずの役所に、ギルド長がいるのは何故か。

じんわりと嫌な予感を覚えつつ、ネレスタさんの次の言葉を待つ。


「ここから南東にある森に、大型蛇種(ストゥ・ナーグ)が出た。退治を依頼する」


「スト、ナーグ?」


「ストゥ・ナーグです。大きな蛇のことですよ、我が君」


バートが解説してくれるには、魔物の一種のことらしい。

人間程度簡単に丸呑みできる大蛇が、近所の森をうろついているようだ。

口に入れば、どんな生き物でも食べようとする危険な生物で、一般人が見つかってしまえば一溜まりもない。

ということは、私が見つけても一溜まりもないのでは。


「あの、何故私たちに……」


言ってから、気がついた。

ギルド長もネレスタさんも、私のことなど全然視界に入れていない。

彼らの視線の先には、いつもとは少し雰囲気の違うバートが立っていた。

ほんのりと笑みを作ってはいるものの、表情に少し硬さが感じられる。

便宜上私に向けられた依頼だが、本命はバートか。

説明を聞いた限り、件の大蛇は強敵だ。

人的資源の乏しいこの土地では、頼める相手が限られていたのだろう。

遠くから冒険者を呼ぶには馬鹿にならないお金がかかるし、優秀な戦闘員であるバートが働いてくれるのなら、それが一番いいのだ。


「報酬はもちろん弾む、期日は……」


「断る」


「は?」


予想外だと言わんばかりに、ネレスタさんが目を見開いた。

彼の中では、すっかり引き受けてもらえる予定だったらしい。


「俺は彼女の聖騎士だ、側を離れるつもりはない」


「こんな辺鄙な村で何が起こるというんだ…理解っているのか、これを引き受ければお前たちにとっては大金なんだぞ」


今度は、私の方をネレスタさんが見る。

おそらくは、口添えしろとの意だろう。


「お断りします」


「なんだと!」


なぜだ、とネレスタさんが机から身を乗り出した。

十分に距離がある状況だったが、バートがさりげなく手を腰のあたりにやる。

いざとなったら、そこに下げた剣を抜くつもりなのだろう。


「バートに、危ないことはお願いできませんから」


聖騎士は、忠誠の誓いこそそれぞれの神代に立てているが、そもそも国からあてがわれた護衛なのだ。

私兵のような扱いをするのには、少々疑問がある。

お給料すらろくに出せていない私に親身になってくれる彼に、これ以上の負担をかけるのは忍びなかった。

だいたい、魔物を倒せるのはこの世にバートしかいないというわけじゃない。

遠くから腕の立つ冒険者を呼ぶ手間と金をケチるために、わざわざこうして呼び出されたわけだ。


「ネレスタ、我が君もこう言っている。悪いが、他を当たってくれ」


バートが席を立ったので、それに倣って私も立つ。

さっさと去ろうとするバートの後ろで、残る二人に軽く頭を下げた。

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