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紙にも縋る

バートの話をしよう。

彼は私がこの世界に来て数日した頃にやって来た、聖騎士とかいうやつである。

記憶がないとはいえ、異世界から来た以上私も何らかの神の代理人なのだ。

この世界の人類と上手くやっていくために、従者がつけて貰えることになっている。

周囲の人間を全裸にする権能を持った私も、例外ではない。

彼らは右も左も分からない神代を護り、神代は集まったお布施や自らの権能を彼らを通じ国に還元する。

天候の神代などは、農業面と祭事面で引っ張りだこであるらしい。

神代の世話をできる人間は、あらゆる英才教育や訓練を施された、かなり貴重な人材だ。

予算も時間もふんだんに注ぎ込まれた彼らを、無駄に使うことなど許されない。

この国——セイリアのお役人たちは悩んだ。

果たして、この他人の服を剥ぎ取るだけの権能持ちである私に、これほど大事な人材を与えるのは合理的な選択だろうか。

しかし制度として定まっている以上、何もしないわけにはいかない。


懊悩(おうのう)の末、政府はたった一人の聖騎士を派遣した。

一応、あらゆる神を大事にしていますよという体面を、保つために。


そうして私の元にやってきたのが、このバートだ。

明らかに年上の彼だけれど、敬称をつけて呼ぶのは止められてしまった。

便宜上は私の部下というか信徒という立場なので、神代が敬うわけにはいかないらしい。


外れ神代のお守りを任された、気の毒な男性である。


「ヒロちゃん、なんか考え事?」


「今日のお昼ご飯について、考えていました」


「あぁ、そろそろノヴィが安い季節だな。ギルドの食堂にも出てるんじゃないか。今日の仕事も頑張ろう、きっと美味しいぞ」


便宜上信徒となってくれたバート以外、私へ祈りを捧げるものは一人もいない。

もちろん喜捨を行なってくれる人間もいないし、ご飯などをお供えしてくれる人もいない。

聖騎士を養おうにも、元手がどこにもないのだ。

困り果てた私と反対に、バートは前向きだった。


『お金がないなら、働けばいいじゃない』


至極真っ当な意見を述べて、バートと私は働くことになった。

冒険者ギルドに身分を登録し、二人でちまちまとクエストをこなしている。

非常に優秀な人材であるところのバートのおかげで、二人で食べていける程度には稼げた。

村の中を歩き続けていると、やがて少しばかり大きな建物が視界に現れる。

観音開きの扉のすぐ上に【冒険者ギルド】と書かれていた。


「おぉ、来たかお二人さん」


「お世話になります」


いかり肩の女性が、ギルドカウンターから私たちをみて笑いかけてくる。

燃えるような赤髪に焼けた肌の彼女は、このギルドの受付であるファルさんだ。

掲示板に貼ってあるクエストの書かれた紙を持っていけば、必要な情報を教えてくれる。


「さっき、全裸のゴロツキがそこの通りで捕まってたよ、あんたたちだろ?」


「正当防衛です」


「あはは、責めちゃいないさ!で、今日は何のクエストを受けていく?」


おすすめは、あれとそれ。

そう言いながら、彼女が掲示板の紙を指差した。

どれも難易度はそう高くないが、面倒な分報酬は上がる。


「どれにする?」


クエストを選ぶのは、私の仕事だ。

誤読をしないようにクエスト紙をにらんで、慎重に決める。

以前、野菜を大量に茹でるクエストと間違えて、魔物の死体を大量に埋めるクエストを、受注した過去もある。

あの日のことは、あまり思い出したくない。


「じゃあ、これで」


私が指定した紙を、バートがぺりりと剥がす。

高いところにあるクエスト紙は、彼に頼むほかないのだ。


「くるみの殻割りか、いいんじゃないか」


どうやら村の西にあるレストランが、料理の材料を求めているらしい。

報酬は二人の一日分の食費ほど。

私にとっては、悪くない数字だった。


「やってくれると思ってたよ。場所は、紙に書いてあるレストラン。行ってそれを見せれば、用意してある場所に通してくれる」


台帳に必要事項を書きつけながら、ファルさんが道を教えてくれる。

私は行ったことがないが、たしかちょっと高級路線のお店ではなかったろうか。

地図を一生懸命読み解きながら、舗装の甘い道を歩いていく。


ややもすれば、小綺麗なレストランに辿り着いた。


「あぁいらっしゃい、待ってたよ」


手に握りしめていた紙を見て、小太りのシェフが嬉しそうに裏口を開けて招き入れてくれる。

日光を制限した食料庫の中に、樽がいくつも置いてある。


「そこの、くるみが入っている奴をやってくれ。殻は隣のゴミ箱に。溢れたら、裏に焼却炉があるからそこで燃やして欲しい。道具は、作業台の上に並べた奴。質問はあるかい?」


「ないです」


「じゃ、よろしく頼むよ」


気の良さそうなシェフが、そう言い残して去っていった。

端に寄せてあった小さな椅子を、バートがこちらへ寄越してくれる。


「出来上がりを入れるのは、この空箱でいいのかな」


「そのようだね、さて取り掛かろうか……ヒロちゃん?」


軽く腕まくりをするバートを横目に、掴めるだけ掴んでくるみを作業台に乗せる。

台の上でごろごろと転がるくるみを見つめながら、集中して手を叩いた。


ぱん、と乾いた音が響く。

直後に、卓上のくるみが(はじ)けた。

手で軽く選り分けてみると、どうやら綺麗に中の実だけを残せたようだ。


「おぉ、すごいじゃない」


バートのくれる賛辞に、心地よく酔う。

剥けたくるみを箱に入れて、次はさらに多くのくるみに向かって柏手(かしわで)を打った。


「この調子なら、昼過ぎには終わりそう」


「よし、じゃあゴミ捨ては俺に任せて」


シェフの見積もりよりも、随分早く仕事を済ませた我々は大いに喜ばれ、ついでにお芋の皮むきも請け負って、報酬に色をつけてもらった。

上乗せされた分の報酬は、ギルドへの仲介料を計算する必要もないのでとても嬉しい。

チップと合わせ、今日は食費分以上に稼げた。

帰ったら、余剰分は貯金箱に入れよう。


「お疲れ様、お昼はどうしようか」


「ギルドの食堂で、ノビ料理が食べたいです」


「そうしようか……ノヴィね、ノヴィ」


「ノビ?」


「……う〜ん」


ゆるい空気で、私たちは冒険者ギルドへと戻る。

クエスト紙に貰ったシェフのサインを見せて、手続きを完了した。

仲介料は、クエスト報酬の約一割。

なかなか馬鹿にならない金額だが、個人で請け負えば問題があった時に怖い。


そうして今日の報酬を手に入れた我々は、組合員割引のあるギルドの食堂で、今日のお昼ご飯へとありついたのだった。


「ヒロちゃん、これがノヴィね、ノヴィ」


「ノビ」


「う〜ん」


午後からは、私の神殿を補修しなければならない。

村はずれの空き家を緊急で改造した神の家には、隙間風が割と入る。

私の私室はなんとか住める範囲だけれど、もう一つある小部屋は酷い。


埃まみれの隙間だらけ。

塗装は剥げ剥げで、床が基礎がしっかりしていたことだけが救いなのだ。

先住のネズミたちに立ち退き要求をするのも、急務である。


しかし補修にはお金も時間もかかるため、一先ずバートはご近所で下宿してもらっていたのだ。

息子さんが都会に出たために一部屋空いた、優しい老夫婦のお(うち)に。

向こうのご厚意でお家賃は無しだが、私はつくづく甲斐性のない神代である。


「バート」


「ん?」


「いつか、間接照明のおしゃれな部屋に住まわせてあげますからね」


「期待してるよ」


全然期待してなさそうな声音で応じながら、バートがノヴィのおひたしを口に含んだ。

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