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裸という字は神に似ている

この世界に来てから、随分経った。

正確にはわからないが、私が暦の概念を理解してからそろそろ一年。

いつもの通り、小さな掘建(ほった)て小屋の中で身支度を整えた。

時刻は地球で言えば多分10時くらい。

朝ごはんを食べ終わって少しした後に、扉が規則的にノックされる。


「開いてますよ」


「鍵は閉めときなさいって、何度も言ってるでしょ」


呆れた顔で、バートが入り込んでくる。

ゆるく着こなした騎士服がトレードマークの、三十代ぐらいの見た目の男性だ。

本当のところの年齢は、わからない。

この世界の言語は聞き取りにくくて、数字は特に難しい。

一度教えてもらったが、上手く聞き取れなかった。

どうしても知りたいってわけでもないので、あまり追求もしていない。

短く切った濃紺の髪を、前髪の半分を残して撫で上げている様は伊達男と呼ぶに相応しい。

濃紺。前の世界なら人工的に染める以外では有り得ない色なのだが、この世界ではそれなりに見る。その誰もが、地毛であるそうだ。


「信徒、拒むのよくないです」


殊勝なことを言ってみるが、嘘だ。

バートが来る少し前に、鍵を開けている。

どうせここに来る人間なんかバートくらいだし、彼がノックするまで待つのはかったるい。

それを説明する語彙を得る前に、説明するのが面倒になってしまった。

なので、バートはずっと私のことを不用心な神代(かみしろ)だと思っている。


私がこの世界に紛れ込んで、およそ一年と少し。

自分の奇妙な立ち位置を飲み込むのには、随分と苦労した。

なにしろ、最初の方は簡単な言葉すら理解(わか)らなかったのだ。

ただ、目覚めると街道というやつに落ちていた。

街と街を繋ぐ、舗装の甘い道だ。

そこで砂利の感触を頬に受け、地面の微かな振動に意識が浮上した。

体を起こして見た景色は、どこかの田舎のような長閑(のどか)さだったが、遠くから向かってきた【竜車】を見て、早々に異常事態を受け入れる羽目になったのだ。

後ろの荷車をゆったりと引く、恐竜じみた姿のイキモノ。

フィクションに出てくるようなデザインのそれが、のんびりと道の草をかじりながら近づいてきたのだ。

それに乗っていたのは、幸いにも人のいい商人夫婦だった。

言葉の通じない私を街まで連れて行き、しかるべき行政機関へと引き渡した。

これは、かなり幸運なことであったと思う。

落ちる場所が少しでもずれていれば、出会う人間の性質がもっと悪ければ。

想像するだに恐ろしい目に、遭っていたかもしれないのだ。


言葉の通じない私に、市役所めいた施設の職員たちは良くしてくれた。

まず何種類かの言語を書いた本を渡してくれて、その中で反応の良かった英語のものを熟読させてくれた。

母国言語ではないので解読に苦労したが、かなり簡単な英語で「これだけは把握しておけ」とばかりに要項を書いてあるゾーンがあり、そこで色々分かったのだ。

とはいえ、ここが異世界であると書かれたそれを、誤訳を疑って何度も読み返してしまったのだが。


やや勢い荒く、扉が叩かれる音がした。


「開いてますよ」


「ヒロちゃん」


傍らで、バートが声音で咎める。

ばーんと盛大な音を立てて、我が家の素朴な扉が開けられた。


「おうおうおう!シケた神殿だなぁ神代(かみしろ)ってぇのはどいつだぁ!?」


今時めずらしい、正統派チンピラの登場である。

目つきの胡乱な5人の青年たちが、口々にスラングを発しながら汚れた靴で入り込んできた。


「ここ、神の家です。静かに」


言葉の内容が完璧に理解ったわけではないが、ひとまずはその声の大きさを注意する。

私の姿を視界に捉えた青年たちは、下卑た顔でニヤニヤと笑う。


「おやァ、あまりにボロっちいからガセネタかと思ったが、ボロ家にぴったりのけちな神代がいるじゃねぇの」


先頭の男の言葉に、取り巻きが笑い声をあげる。

半分くらいしか言葉の意味は分からなかったが、込められた感情は明らかだった。


「おまけに、護衛は一人と来た……おいおっさん、痛い目に遭いたくねぇだろ?下がってなァ」


「……後悔するよ」


バートが静かに言ったけれど、とりあってはもらえなかったようだ。

指に濃い毛の生えた男が、私の方に手を伸ばす。

横槍が入らないようになのか、周囲の男たちは武器を持ってバートを注視していた。


「ほら、大人しくこっちに来たら、殴らないでやるよ嬢ちゃん」


この世界では、異世界人は高価で取引される。

ボロボロの建物に一人暮らしの私は、さぞかし狙い目なのだろう。

舎弟みたいな空気の青年が、指毛の横で網を広げていた。

この人々にとっては、異世界人とは海の幸の括りなのだろうか。


両手を軽く広げて、腰を落とす。

なんとなく景気のいいポーズに、男たちの空気が少しひりついた。


「おっと……下手なことはするんじゃねぇぞ、こっちには剣があるんだ……」


言葉の通り、鋭い切っ先が私の方へと向けられる。

先端恐怖症の人間なら泡を吹いて倒れそうな光景だったが、私の胸中に広がるのは虚しさだけだった。


「なんだこいつ……っどうせ大した権能じゃねぇ、やっちまえ!」


その言葉を皮切りに、男たちが私へ向かってくる。

だがしかし、手遅れだ。

私の【権能】は、両手を叩くだけで発動するのだから。


乾いた音が室内に響き、その瞬間に男たちの装備が弾け飛ぶ。

剣も、軽鎧も、バンダナも、襟の汚れたシャツも、足首のでたズボンも、パンツも、総て。


「……は?」


男たちの目が、驚愕に見開かれた。

私は、断じて顔以外の場所を視界に入れないように集中する。


「あーあ」


背後で、バートさんが呆れ半分笑い半分の声を出した。


「あ、兄貴ィ!」


舎弟くんが、あまりの出来事に悲鳴をあげる。


「情けねぇ声出すな!小娘ぇ、ただで済むと……」


「そこまでだ、まだ粘るというなら今度は私が相手になるぞ」


バートさんの方から、金属質な音がした。

剣を抜く音も、この世界に来てしばらくしてから覚えたのだったか。


「クソっ、ずらかるぞお前ら……!」


「へい!」


悪党たちは結束力だけはあるようで、個性豊かな尻をこちらに向けて走り去って行った。

えくぼがあるもの、おできがあるもの、ハイトーンの色合い……様々なお尻がぷりぷりと遠ざかる。

こんな辺鄙な田舎では、というか、服飾文化の発達したこの国では、路上で全裸の人間はすぐにお縄だ。

私の事情を知っている警邏さんが捕まえて、法に従った処理をしてくれるだろう。

神代誘拐は、未遂であっても重罪だ。

たとえそれが、ボロ小屋に住んでいて、信徒が一人もおらず、国からも使い道が分からないために護衛を一人つけるだけで放置されている、私であっても。


「バート、無事ですか」


「ボタンひとつほつれてないよ、いやぁ、ヒロちゃんも随分成長した」


その言葉に安心して、背後を振り返る。

私がこの権能(ちから)を使いこなせなかった時は、周囲のあらゆる人間を全裸に剥いていた。

暴発で全員を全裸にした時の空気は、もう思い出したくもない。


「ところで、奥にある謎の像は何」


「想像で作った、全裸神」


「全裸神……いるかなぁ、そんなの」


当惑気味に、バートが頭を軽く掻いた。

異世界人は皆、なにがしかの神によってこの世界に転移させられる。

美や音楽、雷や火。

八百万とはではいかないが、かなり色んな神様が存在するのだ。

そしてそれぞれが異世界人に己の力を分け与え、この世界に遣わす。

我々が集める信仰や畏怖が、神のエネルギー源になるそうだ。

神の力を借りて振るうことができるということで、神の代理人、神代と呼ばれている。

この世界に転移する直前、神々の国でそう説明を受けるらしい。

もらった資料の意味がわからない箇所をバートに聞いてみたところ、そう判明した。

私自身は、説明を受けたのかどうか分からない。

なぜならば、この世界に来る直前のことをすっかり忘れてしまっているからだ。

いったい前世でどんな悪事を働けば、こんな大事なことが頭からすっこ抜けるのか。


だから私は、自分をこの世界に連れてきた神のことはさっぱり理解らない。

ただ自分の権能から(かんが)みて、全裸の神か何かなんだと勝手に解釈している。

神秘名鑑には、それらしい神はいなかったが。


「まあいいや、じゃあそろそろギルドに行くかい」


「はい」


私が夜なべして作った想像上の全裸神は、あっさりと流されてしまった。

【外出中】の札をかけて、バートと連れ立って掘建て小屋——もとい、神の家を後にする。


天は高く薄青い、晴れた午前のことだった。

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