シンデレラ⑦
その真剣な瞳、表情に心臓がドキンと跳ね上がる。
「もちろんです!」
私の答えを聞いた彼は安堵した様子で会話を続けた。
「実は、両親にそろそろ妻を娶れと言われたんです」
「奥さんですか…」
「はい…。しかし恋愛どころか、家に住む女性以外とは会話らしい会話をした事がなく…正直妻を娶れと言われてもなかなかピンとこなくて…
のらりくらりと話をかわしてたのですが、その沸切らない態度に痺れを切らした父が、釣書を用意してきて“この女性を妻にしてはどうか?”と私に提案してきました
このままで良いのか、どうすれば良いか分からず…気がつけば私は家を飛び出していました…」
釣書。それは所謂お見合い相手の自己紹介書だ。
青年は見る限り私と同い年か、一、二歳上といったところだろう。
確かにこの世界では、私ぐらいの年齢であれば妻や婚約者がいても可笑しくはない。
可笑しくはない、けど…急に将来の嫁だ! と知らない人の釣書を見せられ「はい、わかりました!」と言えるほど大人でもない。
「そうだったんですね…」
「確かに釣書の女性は美しく、自分には申し分ないほどの素晴らしい方でしたが…」
「実際に会ってみないと分からないですよねー…」
「そうなんです!
あ、あと…あまり男らしくなく、恥ずかしいのですが…」
そう言うと、青年は下を向き顔を赤くする。
「? どうされたんですか?」
「れ、恋愛というものをしてみたいのです!」
ぱちくり
予想外すぎるその言葉に、何度も目を開け閉めしてしまう。
「恋愛、ですか?」
「は、はい! …女性のような考え方で恥ずかしいのですが、いきなり妻を娶るのではなく、相手のことをきちんと理解し、恋愛をしてから結婚をしたいのです…」
以外にも彼は案外、乙女思考らしい。
恋愛結婚が少ないこの世界では、そのような考え方をする人はあまり多くはないだろう。
だけど…
「いいんじゃないんですか?」
「え…?」
「私はいいと思いますよ、その考え方。むしろとても素敵だと思います!」
「素敵、ですか…?」
「はい! それに相手のことをよく知り結婚した方が相手も貴方も幸せです。絶対に!
きっと貴方のお父様も一番望んでいることは“妻を娶る”事ではなく、“貴方の幸せ”だと思いますよ」
策略結婚とかそういう事を考えている親なら話は別だが…
ただ彼の話を聞く限り、彼の父親はそういう思いで女性を紹介したわけではなさそうだ。
きっと結婚適齢期にも関わらず、家にいる女性としか話さない彼のことを思っての行動だったのだろう。
「素直に貴方の気持ちを伝えて見てはいかがでしょうか?
きっと、気持ちに応えてくれると思いますよ!」
「そう、ですか…いえ、そうですね…!
私はただ逃げていただけだったのかもしれせん!」
満面の笑みを浮かべる彼を見てホッと心を撫で下ろす。
良かった、求めている答えを応えられたようだ。
「そうと決まればこの馬鹿馬鹿しい家出は終了ですね…
私はそろそろ家に帰ろうと思います」
「そうですね、私も家に帰ろうかな…」
太陽はまだ高いところにあるが、それこそ日が暮れてからではこの暗い森を抜け出すことは不可能だろう。
というか無我夢中で黒猫を追いかけて辿り着いた場所なので、早めに出発したところで家に着けるか正直不安なところである。
「見ず知らずの私の話を聞いてくださり、本当にありがとうございました!」
「いえいえ! こちらこそ拭くものを貸してくださってありが…」
お礼を言い終わる前に互いに最初の出来事を思い出し、顔が赤くなる。
そして彼は照れながら笑みを浮かべ…
「このお礼は必ず…」
そう言って私の手の甲にそっと口づけをした。
その生々しい感触に思わず「ひゃあぁあぁ!」と間抜けな声が出る。
「また、必ずお会いしましょう」
「は、はい!」
そして彼は満面の笑みを浮かべ、最初に現れた茂みの中へと消えていった。
私はというと彼が消えた茂みを見つめ、思わず…
「かっこよすぎか!」
ずっと我慢してた本音を盛大にぶちまけた。
整った顔立ちだけではなく、全て顔に出てしまう素直さ、結婚に真面目で、紳士的な行動。こんな完璧人間出会ったことがないわ!
「恐るべし…童話の世界…」
誰もいない湖でポツリと呟き、私もその場を後にした。
――この時の私はまだ知る由もなかった…
この出会いが私の運命を大きく変えることに…
そして街に張り出された“国からの知らせ”に、街中が大騒ぎになる事に…―