シンデレラ③
「しっ! しっ! 早く部屋から出ていきなさい! 私は猫が世界で一番嫌いなのよ‼」
男性が半泣きで黒猫を追い払う仕草をする。一方黒猫はというと、私と目が合うと不敵な笑みを浮かべたまま窓から庭へと逃げ去って行った。
「はぁ〜…やっと出ていったわね…
ああ! 部屋が猫の毛と足跡だらけ! 片付けしないと…」
「えっと…お、義母様…?」
「え…?
…………きゃあぁあぁ‼ シンデレラ⁉」
普段クールなお義母様からは考えられない動揺っぷり。いや、動揺しているのは私も同じだ。
だって、義理の母だと思っていた人物が男性だったのだから
「お母様ー? どうかしましたの?」
遠くから聞こえてくる義姉達の声。
その声が聞こえるとお義母様は「チッ」と舌打ちをし、ドアと鍵を締めた。
「ああ、私の可愛い娘達よ。大きな声を出してごめんなさい、私は大丈夫よ気にしないで!」
ドア越しに義姉達へ安否を伝えるお義母様。
また同じようにドア越しから「それは良かったです」と声が聞こえ、その後、声の主は部屋から遠ざかり別のドアが閉まる音が聞こえた。おそらく自室へ戻ったのであろう。
「ったく…本当はこれっぽっちも心配してないくせに…」
そう呟いたお義母様は部屋に置いてあった一人がけの黒いソファーに腰を掛けた。
「それで、貴方はなぜここにいるのかしら? シンデレラ?」
「えっと…叫び声が聞こえたので…
許可も取らず部屋に入ってしまい、申し訳ございません…お、お義母様?」
ここで“黒猫を追いかけて”と伝えると間違いなく、”先程の猫はお前が原因か!”と怒られるだろう。なので私はあえて黒猫の話は控えた。
そして何故呼び方に疑問がつくのかというと、目の前にいる人はどう見ても女性には見えないからだ。
「お義母様、ね…
ねぇ、シンデレラ? 貴方に私が女性に見えるかしら?」
「いえ、失礼ながら男の人のように見えます…」
「失礼なんてないわ、その通り私は男よ」
当たり前でしょと言わんばかりの話し方。
「まぁ、バレてしまっては仕方ないわね
私の本当の名前はリヒト。娘と呼んでいるアンナとセリナは私の妹よ
だから本当は貴方の義母ではなく義兄になるわね」
「リヒトお義兄様?」
「そう、話すと長くなるのだけれど…私達の母は確かに貴方の父と再婚したわ。
女になりすました私と再婚したわけじゃない、だからその点は安心してちょうだい」
気持ちを察したのか一番気になっていた所をリヒトお義兄様は教えてくれた。
良かった、実はシンデレラの父親は男色家だったとなると大問題だからね。
「私の母は本気で貴方の父を愛していた。義父が出稼ぎで家を離れる事が多かったのは再婚する前から知っていたけど、愛している人と離れるなんて…それが例え一時的だとしても母には耐えられなかったそうよ。狂おしいほど愛している、と…」
そのままリヒトお義兄様は淡々と話し続けた。
――愛している人と離れることがでない義母は父親と共に出稼ぎに出る決意をした。しかし義母には懸念があり、それは離婚した父親に似たわがままな二人の姉妹のこと。
今までは姉妹の過剰な散財やわがままも義母がストッパーとなり抑えていたが、義母がいなくなる事でストッパーがいなくなり、家の財産は好きなように使われあっという間に破産するのではないか、また義理の妹になるシンデレラを虐めるのではないか…と。
留守の間、姉妹の面倒をリヒトお義兄様に任せようにも、リヒトお義兄様と二人の姉妹はそもそも性格が合わず、会えば喧嘩ばかり。そんな兄の言う事など姉妹が聞くわけがない。
そこで義母はリヒトお義兄様に母親のふりをし、「わがままな二人のストッパーになってほしい」と伝えた。幸いにもリヒトお義兄様は義母親似た美しい顔立ちだった為、少し化粧をすると義母そっくりになった。そして両親が旅立つと同時にリヒトお義兄様は義母として生活を始めたのだった。
そんな生活をしている時に突然伝えられたのが父の訃報。一緒に付いていくと決めた義母親だ。もし運がよく生きていたとしても父親が死んだと分かれば間違いなく義母も後を追うだろう。そう考えたリヒトお義兄様はそのまま義母として生きることを決めた、と…―
「だから、あの二人には実は私が兄だって言うことは内緒にしていてちょうだいね」
そう言いながら笑うお義兄様の顔は少しだけ寂しそうに見えた。
今ならわかる、なぜお義兄様が誰も部屋に入れなかったのか。きっと自室が彼にとって唯一の癒やしの場だったのであろう。
蒸し暑いかつらを取り、塗りたくった化粧を落とし、スカートではなくズボンで、男性として過ごせる唯一の場所だったのだ。
「もちろんです…その、私何も知らなかったとはいえお義兄様一人辛い思いを抱えさせてしまい、申し訳ございませんでした…」
「辛い思い?」
「はい…両親の死を知っているのはお義兄様だけだったのでしょう?
その事実を一人で受け止めるだけでなく、本当は望んでもいない女性の姿になり、こうやって私達家族を守ってくださっていたんですね…」
「まぁ、でも両親を失ったシンデレラと比べたらまだマシな方よ
私にはクズでわがままだけど父親も妹達もいるわけだしね…」
「お義兄様…」
知らなかった。
こんな近くにこんなにも思いやりがある存在がいただなんて…
通りで私は義姉達から泣くほど辛いイジメを受けるわけでもなく、大変である家事も負担にならずこなす事ができたわけだ。
リヒトお義兄様が後ろからそっと私を守ってくれていたんだ…
その事実を知った今、思わず涙が出そうになる。
「あと、シンデレラあなたは一つ勘違いをしているわ」
「勘違い、ですか…?」
「私は“好きで”女装しているのよ」
「え?」
「今日は肌休めも兼ねてたまたま男の姿でいたけど、母に成りすます前から私はずーーーーーーっと女の姿よ」
「え…?」
「えーーー!」っと思わず大きな声を出してしまう。
一方リヒトお義兄様はと言うと、大声を出した私をカビたパンを見るかのような目で見つめてきた。
「はしたない…大声を出さないでちょうだい」
「す、すみません…」
「私は醜くて汚らしいものが大っ嫌いなの!
さっきは汚らしい野良猫が入ってきて思わず大声上げてしまったけれど、大声を出す野蛮人も大嫌いなのよ」
「ふんっ」と鼻を鳴らし、自前の扇子を広げ口元を隠すお義兄様。
「えっと、じゃあお義姉様達が苦手な理由も…?」
「それは見てわかる通りよ。あの子達だらしがない上に身なりを綺麗にすることしかしないドブスでしょ?
本当、我が妹ながらこの世で一番醜い存在に見えるわ」
ひぇー…
ルイくんと同じぐらい、いやそれ以上の毒舌っぷり……
「正直シンデレラ、貴方にもずっとイライラしていたのよね」
「えっ! わ、私もですか?」
「ええ、貴族の娘にもかかわらずテーブルマナーだけでなく歩き方や身だしなみが一般市民そのもの。こんなんじゃ私達は他の貴族から笑いものよ」
「も、申し訳ございません…」
言い訳をすると現世では一般市民だったわけでして…
ナイフとフォークよりもお箸がしっくりくるものでして…
まぁ、そんな言い訳お義兄様に通用するわけもないんだけどね……
「ですから私が明日からみっちりと貴方に貴族のマナーを教えてあ・げ・る・わ」
えっ………
「で、ですがお義兄様。私には家事があり時間が…「お義兄様ではなく、お義母様でしょう? シンデレラ?
それに掃除なんて毎日する必要なんてないでしょ? 一日おきに違う場所を掃除すれば良いのだもの、違うかしら?」
「そ、その通りです。お義母様…」
「それでは決まりね。これから毎日昼食後に私の部屋に来ること、よろしくて?」
「ま、毎日ですか⁉」
「よ・ろ・し・く・て・?」
「は、はい…」
満足そうな笑みを浮かべるお義兄様、もといお義母様。
それに対して私は引き攣った笑みを返すことしかできなかった。