シンデレラ②
改めて現状を整理してみようと思う。
――猫を助け、交通事故に遭い、目が覚めると“シンデレラ”と呼ばれていた。
シンデレラには義理の母と二人の義理の姉がおり、召使いは一人もおらず、四人で大きな屋敷で暮らしていた。
シンデレラの実の母は幼い頃に病気で亡くなり、父は出稼ぎに出てからそのまま行方知れずとなった。
正直、義理の姉達の性格はあまりよくない。
わがままし放題、文句言い放題、部屋散らかし放題、散財し放題。
「似たようなドレスや宝石をたくさん買ってどうするんだろう」と思うこともある。
しかし、ここまでは私が良く知るシンデレラの物語だ。
ルイくんに関しては物語に出てきた記憶はないが、触れていなかっただけで彼のような人物が日常生活でいたとしても別に不思議ではない。
ただ決定的に違うのは…
「アンナ、セリナもう少しお行儀よく召し上がりなさい」
「アンナ、貴方にはそのドレスは似合わないわ。もう少し淡い色を選びなさい
セリナは紺色や深緑色のドレスの方が似合うわ」
「シンデレラ! なんですかこの埃は!
私達は庶民ではなく貴族なのですよ、こんな埃まみれの家では威厳が保てません。もう一度掃除をしなさい!」
義理の母が常識人であるということ。
私の知っているシンデレラの義理の母は、意地悪な義理の姉達同様にわがままし放題、散財し放題だったのだが、義理の母は無駄な買い物はせず、食事も質素な物を望む。マナーにとても厳しく、それはシンデレラだけではなく実の娘達にも同様であった。
そして不思議なことがもう一つ…
「お義母様、掃除をしに参りました」
「シンデレラ、何度も言いますが私の部屋には来ないでください。掃除は自分でやります」
「…失礼いたしました、お義母様」
絶対に部屋に入れてくれないと言うことだ。
「うーん…気になる」
庭の枯れ葉を集めながら私はポツリと呟いた。
なぜお義母様は部屋に入れてくれないのか。そもそもなぜ私の知っている義理の母と異なるのか…
異なる点といえば他にもある。
シンデレラは屋敷に住むネズミや鳥たちに助けられ、生活をしている話が有名だが、屋敷にネズミが一匹もいないのだ。
試しにネズミが出そうな隙間やキッチンにチーズを置いてみたが、チーズの形が変わる事は一度もなかった。まぁ、もしネズミが居たら汚いものを嫌うお義母様が間違いなく発狂しているだろう。
そして何より重要なことが…―
物語が一向に進まないのだ
「もしかして、普通に生活しているだけじゃ駄目なのかな…」
物語には必ず起承転結がある。しかし、今の私には“承”にあたる物語を動かすきっかけや出来事が一切起きていないのだ。
しかし、なぜ物語に動きがないのかは薄々理解できている…
シンデレラの物語といえば、“義理の母と姉達から理不尽なイジメを受け、憧れた舞踏会に行くことも叶わず…そんな不憫で不幸なシンデレラのところに魔法使いというシンデレラの人生を変える存在が現れる”
前半部分をザックリ要約するとこんなところだ。
しかし今の私には何一つ、不便や苦労、そして不幸と思うことがないのだ。
家事が面倒だと感じる事もあるが、事故に遭う前も同じような生活をしていた私にとっては辛くもなんともない。というか義理の娘にも実の娘にも厳しいお義母様のおかけで部屋が汚れることも、理不尽なイジメに合うことも少なかった。
…だが、それではシンデレラの物語が成り立たない。
そんな状況じゃ魔法使いも現れたくても現れることはできないだろう。
もしシンデレラの不幸の原因がイジメではなく、“自分だけ綺麗なドレスや宝石を身に着けることができない事”だったとしても、残念ながら私にはお義姉様達のように綺麗なドレスや宝石を着飾りたいとこれっぽちも思えないのだ。
それよりも毎回コルセットを締めたり、高い宝石を落とさないか冷や冷やする方がストレスで仕方ないだろう。
それこそ「この人生を変えてくれ!」と叫んでいたかもしれない。
そしてなにより…
「王子様と結婚したいと思わないんだよねぇ…」
王子様の話は街に出るとよく耳にする。
高身長で淡麗な顔立ち、剣の才能だけでなく頭も切れる完璧人間。巷で噂になるほどの完璧人間を一度は拝んでみたいとも思うが、結婚となるとそれはまた別だ。
王妃になればプレッシャーはコルセットや宝石の比ではないだろう。ダンスの練習、テーブルマナー、国民の母となる存在…考えるだけで胃が痛くなる。
そんなリスクを犯してまで舞踏会に行きたいとも思わないのだ。
昔はあんなにシンデレラに憧れていたのに、歳を重ねると現実が見えてきてしまう。少し寂しい…
「でも正直、下手なリスク犯すぐらいなら今の生活の方が百倍気が楽だよねぇ~」
「さっきから大きな独り言だにゃ~」
「えっ?」
突然聞こえた声。
キョロキョロと周りを見渡すが人らしき人は見つからない。
「え…さっきの声はどこから…? お、男の人の声だった気がするんだけどな…」
「バーカ」
「え⁉」
やはり聞こえる男性の声。
改めて見渡すと
「あ……」
木の上に一匹の黒猫がいた。
「猫が喋った?」
いやいや、そんなわけない…
きっとこの猫に喋らせてるふりをして隠れている人が居るはずだ。
しかし再び辺りを探すが人らしき人は見当たらない。
「居なくなった、のかな…?」
「まだいるけど?」
声はやはり猫の方から。
というかこの黒猫…どこかで見た事あるような…
その黒猫をじーっと眺めていると、黒猫はこちらを向き三日月の様に口角を上げてニヤリと笑った。
「あ………」
その特徴的な笑いを忘れる訳がない。
“私は彼を助けて、気がついたらこの世界に来たのだから”
「あなたはあの時の黒猫⁉」
黒猫に近づき話しかけようとすると、彼は軽やかに木を駆け登り、空いている窓から屋敷の中へと入り込んだ。
「え…⁉ ちょっと…!」
持っている箒を投げ捨て、黒猫が入り込んだ部屋に向かう。
そういえば黒猫が入った部屋って…
「きゃあぁあぁあぁ‼」
屋敷に戻ると上の方から聞こえてくる甲高い声。
(間違いない、お義母様の声だ!)
急いで階段を駆け上がり、普段入る事ができない部屋へ向かう。
「お義母様! 失礼いたします‼」
勢い良く扉を開くとそこにいたのは
「なんなのよ! この黒猫!」
半泣きで部屋の隅にいる美しい男性と
「にゃふふ」
三日月笑みの黒猫だった。