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シンデレラ①

 

 シンデレラと呼ばれてから数カ月(すうかげつ)が経過した。

 最初の頃は自室(じしつ)の水を拭こうにも雑巾の在り処(ありか)すら分からず四苦八苦(しくはっく)したり、突然手際が悪くなった家事に義理の母と姉達には怪訝(けげん)な顔で見られたが、なんとかある程度の事は出来るようになった。



「おはよう! シンデレラ」

「シンデレラおはようー! 今日も可愛いね!」

「シンデレラ、今日は野菜が安いよ! どうだい、見ていかないかい?」

「皆さんおはようございます! あ、お野菜見たいです‼」



 そして数カ月経って分かったこと。それはシンデレラと呼ばれているこの女性は、“とても人に好かれる性格だった”ということだ。

 毎朝パンを買いに出掛けるだけで色んな人に話しかけてもらえたり、日によっては無料(タダ)で肉や野菜を頂いたりするのだ。



「あ、じゃがいも安い。ヴィシソワーズでも作ろうかな…

 すみません、こちらのジャガイモ六つ頂けますか?」

「はいよ、ジャガイモね! 今日は安く仕入れられたから半額でいいよ!」

「本当ですか! ありがとございます‼」

「シンデレラは可愛いからね、ほらオマケにトマトも持っていきな!」

「わーい! 嬉しいです‼」



 (いた)れり()くせり。さすが、童話の主人公ってところだ。顔は相変わらずThe和顔なのにね。

 こんなに親切(ちやほや)にしてもらえると“実は私、物凄い美人なのでは?”と錯覚(さっかく)しそうになる。

 まぁそんな錯覚は鏡で自分を見た後に、私の数十倍美しいお義母様見ればすぐ解けるけどね。


 ……自分で言ってて悲しいわ。


 そして私は購入したジャガイモとトマトを(かご)に入れ、我が家の朝食の要である“カニンヒィン(うさぎの)ベーカリー(パン屋さん)”に向かうことにした。







 カニンヒェン・ベーカリーに着くと相変(あいか)わらずの人だかり。その人だかりの中心にいるのは、身長はやや小さめなもののクリっとした深紅(ルビー)の瞳に整った顔立ち、太陽の下でキラキラと輝くの白金色(はっきんいろ)の髪。そんな天使に見違えるほどの容姿を持つカニンヒェン・ベーカリーの店長、ルイ・ブライスだった。



「みんな今日も朝早くから来てくれてありがとうね!

 今日のオススメはクルミたっぷりくるみパンだよー! 数量限定だから食べたい人はちゃんと並んでね☆」



 パチンとウィンクすると「キャーッ!」という黄色い声と一部倒れる女性達、時々野太い声も聞こえる。

 そんな中、私は「おはようございます…パンを取りに来ましたー…」と(おそ)(おそ)るルイくんに話しかけた。



「あ、シンデレラ! いらっしゃい!」

「おはよう、ルイくん。いつものあるかな…?」

「うん、あるよー! あ、ここじゃなんだし工房まで来てくれるかな?」

「う、うん。わかっ…!」



 ――キッ!―



 ひーー、小声で話しかけたけどやっぱりバレた! 女子の視線が怖い!



 ルイくんはこの街の言わばアイドル的存在であり、老若男女(ろうにゃくなんにょ)問わずの人気者。

 更に、ここのパンの美味しさは街一番と言っても過言(かごん)ではないだろう。そんな人気店の工房を出入りする一般人がいれば誰だって気になるに決まってる。

 私は出来るだけ気配を消す為に息を止め、ルイくんが手招きする工房へ向かった。



「いらっしゃい、シンデレラ!

 はい、どうぞ! 今日のオススメのくるみパンも入れておいたよ〜」

「本当⁉ 嬉しい、ありがとう‼」



 パンが入った籠を渡され、思わず顔が(ほころ)ぶ。この世界でのクルミと言えばかなりの贅沢品(ぜいたくひん)。このくるみパンも赤字覚悟で作ってくれたのだろう。

 そんな庶民に寄り添った営業スタイルも街一番と言われる理由の一つだ。



「一人分しか入れてないからね、あとは言わなくても分かるよね?」



 そう言うとルイくんはパチンと軽やかにウィンクをした。

 きっとその辺にいる人が見たらその可愛さで卒倒(そっとう)するであろう。



「ふふ、分かってるよ。これは後で()()()食べるね!」



 だけどそんな可愛くて優しいルイくんにはただ一つ、大きな問題がある…



「このくるみパンは僕の自信作だからね〜!

 アヒルの様にガーガー煩い奴ら(お姉さん達)にはどれだけの大金を積まれたって食べてもらいたくないからね☆」



 口がむちゃくちゃ悪い。

 性格も少し難あり。



「ルイくん…お義姉様達をあまり悪く言わないであげて? ただ、ルイくんのことが好きなだけなのよ」

「え〜、僕を好きというか“()()()()()()()()()()()()”という人種が好きなだけでしょ?

 更にいうと、そういう人種に好かれる自分が好きなだけさ

 どうせ王子が目の前に現れたら僕じゃなくて王子にアピールしに行くよ」

「うむむ…」



 ぐうの音も出ない。

 まさにルイくんの言うとおりなのである。


 ルイくんを目の前にしたり、話題になるとルイくんの話で盛り上がるが、王子の話題になれば王子の話で持ち切りになる。

 要は皆ミーハーなのだ。



「別にシンデレラのお姉さんに限った話じゃないけどさ、僕に好かれたいなら身なりだけじゃなくて“性格”も良くしてほしいよね〜

 会うと必ずシンデレラの悪口を僕に言うけど、それが自分の評価を下げてるってそろそろ気がつくべきだよね?

 あ、バカだから気が付かないのか?」

「あはは…」



 ルイくんのファンはこんなにもイキイキと悪口を言う天使を目にしたら間違いなく幻滅(げんめつ)するだろう。

 いや、むしろ新しい扉を開くかも…?



「…シンデレラだけだよ、こんな(みにく)い性格の僕を見ても引かずに話聞いてくれるのはさ」

「うーん、まぁ私はこっちのルイくんの方が人間味あって好きだけどね〜

 それに人気者だからってずっと気を張る必要もないと思うよ?」



 そして私は枝毛など絶対にないであろう彼の頭を()でる。

 本当サラサラで羨ましい…髪の毛なにで洗っているんだろう。こっちに来てから水洗いしか出来てないから教えてほしいなぁ、切実に。



「また、子供扱いして…」

「ん、何か言った?」

「べ、別に! 引き止めてごめんね。そろそろ帰らないとまた煩いアヒルたちに文句言われちゃうんじゃない?」

「そうだね、そろそろ帰るね! また明日ね、ルイくん」

「うん、また会いに来てね…!」

「もちろん!」



 そして私はカニンヒェン・ベーカリーを後にし、お腹をすかせたアヒルことお義姉様達とお義母様が待つ家に帰ることにした。


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