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芸能人の子ども

作者: 西田彩花

 僕はテレビを見ていた。泣きながら母が謝っている。それでも胸は傷まない。むしろ幸せを感じていた。


 僕の母はタレントだ。モデル出身で、スラリとした体型。日本人とカナダ人のハーフだ。はっきりとした顔立ちは、幼い頃いじめの標的になりやすかった…とテレビで語っているのを見たことがある。中学生の頃、待ち合わせ時にスカウトされ、そのまま雑誌デビュー。モデル活動をしながらテレビ出演もするようになり、今ではタレント扱いだ。モデル出身ってこと、世間はあまり知らないかもしれない。


 30前で一般男性と結婚。それが僕の父。だけど、僕を生んで1年で離婚している。僕はたまに父と会って、他愛のない話をするのが好きだ。父と話すときだけ、喧騒を忘れられる。


 小学生の頃から色眼鏡をかけて見られてきたように思う。低学年の頃は「変な顔〜」とからかわれ、中学年になってからは「田邊己雪の息子なんだね!」と持ち上げられ、高学年になってからは「田邊己雪の息子だし、クォーターだし、やっぱりカッコいい!」とモテ始めた。モテることに対して悪い気はしなかったが、低学年の頃にからかってきた奴らも黄色い声を上げるのには嫌気が差していた。芸能人の息子だと認識し始めると、どうやら視力が変わるらしい。


 いつでも「田邊己雪の息子」という肩書きが付きまとった。僕は田邊陸斗だ。「田邊己雪の息子」になりたくてなったわけじゃない。それなのに、一歩引かれたり、羨望の眼差しを向けられたりする。僕は、他の人のように、芸能人の子どもでない方が良かった。僕は芸能人の母ありきなんだと、常に感じてしまう。


 中高生になると、ませたグループによく声をかけられた。特に合コンのセッティングには必ず呼ばれた。僕が行くと、女の子が集まりやすいらしい。僕は田邊陸斗でなく「田邊己雪の息子」なんだと強く感じた。


 家に帰ると、たまに母がカメラを向けてくる。ブログやSNSを更新しなければいけないそうだ。たまに僕とのツーショットを載せると、反響が大きいらしい。顔は出すなと念押ししているため、僕の顔にはスタンプのようなものを貼り付けている。それでも「絶対イケメン!」「将来有望!」といったコメントが集まっている。「息子さんも芸能界デビューの日は近いかな?」「仲良し親子で微笑ましいですね」「女手一つで大変でしょうが、尊敬します」。たまに母のブログやSNSを見ると、こういったコメントがたくさんある。世間には、「田邊己雪の息子像」が出来上がっているようだ。


 最近は、些細なことで炎上する芸能人もいる。それは母からも長い愚痴で聞かされているし、僕自身もそういったブログなどを見かける。母は炎上しない芸能人だと言われているらしい。母が書いているのは虚構ばかりだ。理想の女性像、理想の母子像を貫いている。


「どんなに忙しくても、息子には栄養のあるものを食べてほしい。時間がないときは、手作りお弁当を買うように言っています。ダメな母親でごめんね。今日は1日オフだったので、晩御飯は手作りの和食。出汁にこだわり始めると、もっと勉強したくなっちゃう」


「この年齢になると着る服に困っちゃう。好きな服も着たいけれど、やっぱり年相応のものを着ないといけないかな…と頭によぎるの。そんなときは、息子に聞いてみる。『似合ってないよ』なんて手厳しいことも言われてしまうけど、だからこそ信頼できる。いつもありがとう」


 理想なんて人それぞれ違う。だけど、多くの人が持っている共通項はあるのだと母は踏んでいる。その共通項を目指してブログやSNSを書かなければ炎上する、そう言っていた。一度その地位を確立してしまえば、よほど”間違った”ことを書かない限り炎上しにくい、とも。


 僕は母が出汁から作った和食を食べたことがないし、母に服のアドバイスをしたことがない。母と2人きりの部屋では、大体無言だ。話すことなんてない。たまに会話があるとすれば、母の愚痴。芸能界の真っ黒い話は聞き飽きた。


 高校生活も家の生活も疎ましくなった。僕はなぜ「田邊己雪の息子」なのだろう。もっと普通の、ありふれた生活を送ってみたかった。だけど、「田邊己雪の息子」はどうやっても切り離せない。


 学校が休みの日、百貨店まで行った。僕が「田邊己雪の息子」でなくなる方法を思いついたのだ。電車の中で、顔が綻んだ。僕はもう解放される。人気のない服屋に行き、Tシャツを鞄に入れた。なるべく挙動不審なフリをしながら。その瞬間、店員が近づいてきて言った。

「お客様、少し待ってていただけますか」

「はい」

 店員は電話をしているようだ。間もなく警備員らしき人と警官らしき人たちがやってきた。

「ちょっと鞄の中を見せてもらえる?」

 警官らしき人が言い、僕は鞄を開いた。真っ白なTシャツがそこに入っていた。警官らしき人はそれを取り出し、広げた。Tシャツの中央に、幾何学模様がプリントしてあるのが見えて、その模様の意味は何なんだろうとぼんやり考えた。

「これ、タグがついたままだけど。お金払った?」

「いいえ」

「万引きは犯罪だって知ってる?」

「はい」

「…じゃあどうして盗ったの」

「芸能人の子どもに生まれてしまったからです」

「え?」

「母や世間が作った田邊己雪の息子でいることに疲れたんです」

「お母さん、田邊己雪なの?」

「はい」

「学生証見せて。おい、保護者に連絡しろ!」


 それから母が来て、平謝りしていた。面倒な出来事はたくさんあったが、最終的に罰金を払ったらしく、僕はもう家にいる。しかし、メディアは母に対して容赦なかった。泣きながら謝る母を、テレビ越しに眺めていた。

「本当に良い子なんです。向き合ってやれず、ご迷惑をおかけしてしまいました。私の責任です」

 謝る母の左上に、”「母が作った田邊己雪像に疲れたから盗った」田邊己雪はどこから本物なのか”とテロップがあった。


 僕は「田邊己雪の息子」ではなくなり、生まれて初めて田邊陸斗になった気がした。田邊陸斗として、田邊己雪を糾弾したのだ。これで良いと思っている。母にはもっと母らしさを出してほしい。芸能人兼母ではなく、田邊陸斗の母になってほしい。


 そうだ、いつもは来たがらないし僕も誘わなくなったけれど、今度父と3人で会ってみよう。3人で、他愛のない話がしたいんだ。


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