少女
今日もう少し投稿できると思います!
推敲は足りてないかもしれないですねー。
教会に、二人の騎士がいた。
「何か胸騒ぎがする」
白き騎士団、王立国教騎士団の第三団を率いる団長マルランが小さく呟いた。
粗野な言動から騎士らしくない彼だが、戦場では鮮血の聖騎士として恐れられる男だ。
田舎から成り上がり、聖王国によって称号を与えられ正真正銘の聖騎士にまで上り詰めた男。
だが男の願いは成り上がることではない。
ただ一つ強い信念だけをもって生きてきた。
その強い信念から生み出される強靭な精神力こそが、マルランが第三団の者の多くの心を掴み、尊敬される所以だ。
もう一人の騎士、年若いものの優雅で如何にも騎士然とした青年もまた、マルランを尊敬する者の一人だ。彼は若いが、その肩書きは既に第三団の副団長である。
彼は尊敬すべき聖騎士である男が、胸騒ぎがすると言ったことで、一抹の不安を感じ取っていた。
「マルラン様、それはどういった一一」
「おい、ジル。言い忘れてたが、様はやめてくれっての。普通に団長でいいぜ。元々貴族のお前に様とか鳥肌が立つからな」
そんな身分のことなどどうでも良かった。
階級を超えさせるほどに、ジルはマルランを尊敬している。それはともかくジルはマルランに尋ねる。
「では団長。それは、あの村の吸血鬼が何かしでかすということなのでしょうか」
今はその胸騒ぎの種が問題なのだ。
「俺にも確信はできないがな」
そういうと、マルランは今一度祈りを捧げる。
騎士は、日頃から教会での祈りを欠かさない。
それは騎士道に則った習慣であり、義務になりがちだが。
一一本当にマルラン団長は絵になる。
彼のそれは心からの信仰なのだ。ジルは観察力に優れ、信仰が本物なのか見極められる。その彼が、マルランの信仰の深さには感服している。
人間性を捨てることは、神に反逆することと同義ではない。強い信仰と信念の前では、道徳破りすらも美徳なのだ。本当に彼は、マルランは、理想的な聖騎士である。
「ジル。俺はもう出なくてはならないが、恐らくこの地で何かが起きやがる。気をつけろ。神よ、どうかジル・フォン・ロイルに加護を」
ジルは気を引き締めた。
馬に跨るマルランと第三団の約半数を見送る。街には、ジルと半数が残る。
彼はこの街を守護する役目につく。一方で尊敬すべきマルランは、汚い貴族どもにいいように利用され、様々な戦場へ駆け巡ることになる。これはよくある構図だ。
「では、な、ジル」
「任せて下さいマルラン団長」
ジルはここに、力強く宣言する。
吸血鬼が現れれば必ずや仕留めてやる。
貴族どもは、マルラン団長という男を、測り違っている。実力という意味ではない。貴族は、団長の人間性や使命を測り違っている。
それを払拭するためにも、第三団は活躍せねば。
それも吸血鬼を倒しての活躍せねば。だからきっとこれは重要な役目だ。
ジルはそう考えていた。
ジルのその考えを大方知った上で、マルランは馬上から言う。
「吸血鬼と対峙した時の心得、それだけは忘れるな。だが、お前には俺ほど奴らを憎む気持ちはないだろう。だから、もし本当に吸血鬼が現れても、無茶はし過ぎるな」
だが、きっと大丈夫であると思っていた。
ジルは、吸血鬼の狡猾さに騙されない深い観察力がある。
剣の腕もまた申し分ない。
村の吸血鬼一族の家柄だけが懸念材料か。いや大丈夫だろう。
そこには、若き青年に対する確かな信頼があった。
「まあ出来れば、笑い話にしたいものですね。『胸騒ぎがする』から何も起きないとかね」
ジルとしては珍しい軽口。マルランは、少し嬉しく感じて大袈裟に嗤う。
「では、この街の守護は頼むぞ」
「ええ、団長もお気をつけて」
最後の言葉を交わすと、マルランらはいよいよ走り去っていく。
白騎士の集団を見送るジル。
平静さを装った彼の心は昂ぶり燃えていた。
一一あなたが心の底から憎む吸血鬼。私にとっても同じくらい憎いのですよ。
だから、もしその時が来れば無茶はするだろう。
集団が消えるまで見送ると、彼は振り返る。
口の中だけで、心得を小さく呟いていた。
※ ※ ※
平凡ながらも楽しく幸せで満たされた生活。
俺にとって村での平穏な日々が全てだった。
俺にとっては、あの村が世界だった。
『お前は僕たちとは違う。吸血鬼なんだよ』
『私たちが、死んだのは全部あなたのせい。あなたさえいなければ』
『俺らはお前に殺されたんだよ。分かるかこの憎しみがぁ』
突如として村人の姿が、血だらけの骸となって、俺を呪う。怨差の声が耳を埋め尽くす。
骸が俺の身体に纏わり付いて、死の世界に引きずりこもうとする。
やめろ! 息が出来ない。全身が上手く動かせない。思考もままならない。それはまるで、亡霊による枷のようだった。
「はっ!」
一一ポチャン。
雫の音で我に返った。
俺の切れた息遣いが谺する。
瞳に映り込むのは、暗い天井。
恐ろしい夢を見た。
いや、夢じゃない。皆んな死んだのは事実。俺が吸血鬼だったせいで。そう俺はただの人ではなかったんだ。肯定したくないが、否定もできまい。
俺は寝ていたのか?
起き上がろうとして、頭の下の柔らかい感触に気づく。驚いて勢いよく起き上がった。
ふらふら足をついてしまうが、それよりも。
目の前に、ひとりの美しい少女がいた。可憐さと美しさを兼ね備えた、俺より一つか二つ年下だと思われる少女が。
石壁によりかかって座り、そして眠っている。
麻の布という薄着でなんと無防備な。
どうしてか分からないが全身濡れていた。それが、より一層魅力を引き立てる。
待て待て。俺は彼女から目をそらした。変な想像をしてしまいそうになったからだ。
俺の身体を見回し、俺自身も水浸しだと気づく。
そもそもここはどこだ?
周囲を伺う。五感はかなり鈍っているが、それでも並みの人間よりは、鋭い観察力は有している。
直ぐに分かった。
ここは地下水路だ。
恐らく俺と彼女は水の中に落ちた。
状況を探っていると、
「……あ、くま、様」
少女が目を瞑ったまま、呟いた。
聞き間違いかと耳を疑う。悪魔様、だって?
恐れ慄いているのではない。如何にも悪魔を慕っているような、うっとりとしたそんな声。
この娘は一体何者なのか。
俺は立っていられなくなりその場に座り込んだ。
五感の鈍りだけでなく身体に上手く力が入らない。手を握ったり開いたりして暇を潰す。
「あぁ! お目覚めになられたのですね、悪魔様!」
そうこうしていると視界の外のその少女が目覚め、そんなことを言った。彼女は熱狂の只中にいるような様子で、放った言葉は字面以上の重みを感じさせた。
間違いなく俺の方を向きながら言う。
即座に神に見えたように居住まいを正し、こちらに視線を寄越すことも畏れ多いという風に頭は下に向けられている。
一一これは、どういうことだ?
「悪魔様っていうのは、俺のことか?」
訳が分からず、自分を指差して俺のことかと少女に尋ねる。彼女は下を向いたまま勢いよく返事した。
この娘、俺を何かと勘違いしているのか。
「出過ぎた真似だとは思いましたが、この石床の代わりに私の膝を敷かせて頂きました」
柔らかい感触を思い出す。あれは素晴らしかったが、いやそうじゃない。
俺は記憶を辿ろうと、頭を働かせる。だが、よく思い出せない。
今まで殆ど無意識に行動していた気がする。
瞼を閉じてみる。
即座に浮かぶのは、鮮明に焼き付けられたあの地獄。そして俺が化け物であったと知り、街に辿り着き。
そこまで思い出したところで俺の顔から血の気が引いた。続きの嫌な想像で、冷や汗が溢れ出し、身の毛がよだつ感覚。動悸が激しくなり、視界が定まらない。もしかして俺はあの後。
記憶が戻り始める。記憶とも呼べないように、ただ流れるように。
俺は確かあの後、あの後一一。
「私は、貴方様に、救われました」
俺の様子から何か汲み取ったのか、彼女が簡潔にそう言った。俺が人を救っただって?
俺はハッと笑った。それは恐らく哀しげなもの。俺の心の内を完全に反映した笑い。俺が人を救ったなどあり得ない。俺は人を食料としてしか見ていなかったではないか。
「それは違う」
少女に優しく告げる。
そうだ、違うのだ。間違っている。
俺はこの目の前の少女を救ったのではない。
俺はむしろ救われた。
この懐かしいような極上の香りは間違いない。この香りを求めたことで、俺は地上のあの大通りで人を殺めずに済んだ。あの時、怒りがあの市民たちに向かっていた危険な状態だった。だが何とか持ちこたえられたのは、彼女のお陰以外の何物でもない。
そして、彼女を鎖から解き放ったのは、救うためだとかそんな高尚なものではない。
ただ欲望のままに、獣のように本能に忠実に血を求めていただけ。俺はこの少女を救おうとしたどころか吸い殺そうとしていたのだ。
せめて褒められることがあるとすれば、何とか持ちこたえことのみ。
今もなんとか欲望の波に襲われてはいない。
だが、きっとそれも時間の問題だ。
だからきっちり否定しなければ。
「俺は君を救ってなんていない」
黙りこくって下を向いたままの彼女に告げる。
重要なことだ。そんな勘違いをしてはいけない。
「君を、勝手に巻き込んだだけだ。 俺は少し変なんだ。俺の近くにいると、危ない」
吸血鬼であるとか、具体的にそういうことは明かさない。だが、分かるはずだ。あの場に居合わせた者ならば、俺がただの人間ではないことくらい。
「ま、まきこんだなんて! とんでもない! 私は、あの商人や護衛たちが倒されるのを見て、心を救われました。魂を貴方様に奪われるのも惜しくないほどに!」
少女が下を向きながら叫ぶ。
魂を奪う、か。
なるほど、悪魔様とはそういうことか。
納得する。そう言うことならば話は早い。
「もう対価はもらった。有難うな、いっていい」
ならば命令すれば、離れるはずだ。今は人と一緒に居たくない。いつ本能が暴れ出すか分からない。そして、人を食料として見ている自分に気づかされ、俺が本当に化け物なのだという現実を突きつけられるのが、ひたすらに嫌だ。
「立ち去れ!」
強く突き放すように、怒鳴った。間違いなく、恐れられて立ち去られるた思った。
だが、何故か彼女はその場から動かなかった。微動だにしない。恐怖で身体が動かないというわけでもないらしい。しばらくして口だけが動く。
「私は、あのまま死ぬつもりでした。完全ではないけど、過去の幸せだった記憶も取り戻して、満足でした。でも一一」
そこで言葉をきる。
彼女は今生きている。何かまだあったのか。未練が。
「でも、貴方様の寂しそうな顔を見たら、まだ未練があると思ったんです」
震える彼女の声。
覚悟の篭った声。
俺なんかよりも余程強い少女の声だった。
先に折れたのは俺だった。直ぐに悟った。
きっと、この娘は、今の俺ではテコでも動かせない。俺が何とか本能を抑え込むしかないだろう。
寂しそうな顔か。
そんなものを見せてしまったか。
俺は一つ溜息をついた。
そして、彼女の隣にどかりと腰を下ろす。
「俺は、グレイス。君は?」
「私は……分からないです」
名前が分からない。奴隷になって強すぎるショックで失われてしまったのか。
「記憶も完全ではなくて……。名前も分からないままです」
名前が分からないというのは、どんな気分なのだろうか。名前を奪われた少女。なんたる悲劇か。
だが横にいる彼女を見て、悲劇なのか疑わしいと思った。何故なら当の本人がこんなにも満たされたような顔をしているのだから。
「よろしければ是非貴方様に、つけて頂きたいのです。……私の身は、完全に貴方様の物であるので」
貴方様のもの、か。かなり恥ずかしい台詞だと思うが。
今のところは否定しても無駄なのだろう。
名前……か。
俺にとって彼女は。
「クリス……とか?」
こういうのは直感が大事だと聞いたことがある。
クリスとは、古き救世主を意味する。
俺にとって彼女は、救いだ。
「有難うございます、グレイス様」
グレイス、様か。その呼ばれ方は物凄くむず痒いな。
だが俺の心には、少しだけ人としての目的が定まっていた。
俺には名前をつける才能があったのだと思う。彼女は救いだ。
読んでくださった方ありがとうございます!
アドバイスなどありましたらお願いします!




