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吸血鬼の国堕とし  作者: Flyer
序章:吸血鬼の誕生
2/5

現実逃避

 

『吸血鬼一族は混乱に乗じて逃げたのか?』


『死体はそのままだ。これはオークの襲撃で起こったこととされる』


『村から出ていった形跡はありませんでした。それに、あの死の山に引き寄せられるはずでしょう、あの吸血鬼なら』


 吸血鬼め。お前さえいなければ。

 お前さえいなければこんなことにはならなかった。


 


「はっ!」


 突然、俺は覚醒した。まるで生き返ったように。

 仰向けに眠っていたらしい俺には、青空が藍色に染まって、銀色の三日月が浮かんでいるのが見えた。


 綺麗だ。

 でもどこかもの悲しい。何かこれまでとは決定的に違った。


 その原因を求めて、俺がここで目覚めるまでの、記憶を辿っていく。

 脳裏に残酷な光景が鮮明に浮かんだ。


 あぁ、そうだった。ここは、地獄なのだ。

 あんな残酷なことが起きても空はいつも通り綺麗だ。

 この村なんて、俺なんて、取るに足らないこの世界のただの一部分に過ぎないのだ。


 そう悟って俺は生を諦めたんだった。

 こんな世界生きていてもしょうがないと。


 確かあの時俺は首をあの剣で落とされて、この地獄から解放された、はず。


「……なのに、どうして、生きてる?」


 仰向けに寝たまま、首に手をやると傷一つなくしっかりと繋がっている。

 斬られた傷跡などどこにもなかった。


 いや嘘だ、ありえない。


「あれは、全部、俺の夢だったってのか?」


 それを口にして、急に希望が見出され始める。

 そうか。まだその可能性があった。俺はここで寝ていて、悪い夢を見ていた。

 そうに違いない。

 さっきから、夕食のいい匂いがしている。

 これまで感じたことがないくらいの、その匂いに食欲が唆られる。


 俺は立ち上がった。

 俺のいる場所は広場だった。夢の中で、俺が死んだ場所。でも、夢だ。

 寝起きだからだろうか、視界はぼやけてあまりよく見えない。

 ただ、いたるところに鮮度が少し落ちたものの、欲を唆る食料が、あるのが分かった。


 腹が減った。

 下に落ちてるのでいいや。

 ほぼ何も考えず、それを持ち上げる。

 そして本能で吸いとろうとしたが寸前、


「吸いとる? 何を?」


 と、我に返った。

 段々とクリアになっていく視界が捉えたのは、俺に持たれてぐったりとする、既に事切れた村人だ。

  串刺しにされて、垂れ流される血を見て、思わず息を呑む。それはこれまでにあまり抱いたことのない未知のもので、言うなれば一一一。


「ぁぁぁあ!」


 俺は一瞬で恐ろしい想像を振り払う。叫びながら村人から手を離して後ずさった。

 そんな訳のわからないことは後回しだ。

 とにかく死体だ。やっぱり死体だ。

 あの惨劇はやはり、夢なんかじゃなかった。広場には、俺がさっき見たのと変わらず死体が散らばっている。じゃあ、俺はどうして生きている? あれだけは夢か。


 いやそれよりも、どうして俺は死体が散らばっているのに最初気づかなかった。あそこで聖騎士と会った時も、今も、俺は死体の山を見て何を思った。


 いい匂いがするとか、食料だとか、俺は一体何を考えている。


 きっと……俺は頭がおかしくなったんだ。

 こんな惨たらしいものを延々と見せつけられて、俺はおかしくなってしまった。


 死にたいと願って首を落とされるリアルな夢を見て、死体から漂う香りをいい匂いだとか思って。


 血だ! 血血血血血血血!


 抑えきれない激情が、一瞬だけ理性を追い越した。

 すぐに今までの俺が戻ってくる。

 今のはなんだ? 俺なのか今のは。どうして血を見て俺は歓喜してた?


 血血血血血血血血血血血血!血だ! 血!


「うわぁぁぁぁ!」


 ただ混乱した。自分の中に、これまで感じたこともなかったどす黒い何かが生まれてしまった。

 大きな声で夜の空に叫びながら、俺は走った。

 どこかを目指して走ったわけでもない。

 ただ辿り着くであろう場所は、なんとなく俺自身が分かっていた。


 そこは俺にとっては、目にしたくないものがある場所。でも、目にしないと絶対に死にきれない。

 頭がおかしくなっても目にしないといけない。死ぬとしても生きるとしても、見なければならないものだ。とにかく、目にしなくては行けない場所なのだ。


 そこに辿り着いて、俺は絶句した。

 顔見知りが死んでいるのを見るのは、生まれて初めてだった。胸が締め付けられ、動悸が激しくなる。

 一人でも絶望的であろうに、それが何人も同時に目に飛び込んでくる。それは、先の地獄に匹敵した。


 目につく転がる死体は、顔見知りばかりだ。

 当たり前だ。ここは俺の近所なのだから、ほぼ知り合いに決まっている。きっと彼らもここにいる。


「アルフレッド……ニースおばさん……ヴィーシャ」


 一人一人、見つけては名を呼んでいく。誰も返事をしない。血に対する執着を押し込めて、俺は人を探す。


「レイスさん……ボイマン爺さん……」


 皆、死んでしまっている。安らかな顔をしているものなど誰一人としていない。突然あんなに無慈悲に無意味に殺されたのだから。失意の中で死んでしまったのだろう。


「ニーナ……ヨウ……ネラ……」


 小さい子供までもが、犠牲になっていた。彼らも恐怖に歪み、痛みに苦しんだ顔のまま、動かなくなっていた。

 そして、彼らもまた例外でなかった。


「……親父、母さん」


 分かってはいたが、目にするとやはり応える。

 身体から力が抜けて、座り込んでしまった。

 二人は、顔を絶望に歪ませている。

 到底、安らかに死ねた、とは解釈できない。

 この世界で、安らかに息を引き取るように死ねる者ばかりではないだろう。それは分かっている。仕方のないことなのかもしれないのは分かっている。

 でも、涙が溢れ出してきた。


 二人は何を思って死んだのだろうか。

 あんなにも近かった心の在り処が、もう永久に手の届かない場所に行ってしまった。


 もっと話していれば、悲しくなかったのか?

 考えていることが全部分かれば悲しくなかったのか?


 いや多分そういうことじゃない。

 俺はいつでも悲しむ。

 突然奪われて悲しまない者はいない。

 誰だ? これをやった奴は誰だ?


 奴らだ。あの騎士どもだ。

 そして、存在するかも分からない吸血鬼だ。夢の中で、俺は騎士に吸血鬼に強く憎悪を抱いた。

 今ここでそれらが再燃し始めた。

 できれば、この手で騎士も吸血鬼も地獄に落としてやりたい。


 でも、……俺には出来ない。

 俺は弱い。精神的にも肉体的にも。

  あんな強い奴らをどうこう出来るはずがない。

 こんな恐ろしい世界で、俺一人で何かが出来るはずがない。

 俺には出来ない。

 出来ることは、死んで呪うことくらいだ。


 俺だって皆と同じなのだ。

 何故か死に損なったが、変わらない。無力に死にゆくのだ。

 奴らは憎いけれど、それでもどうすることもできない。

 死んだ後に、奴らを呪い殺してやる。


 強い激情のまま、割れて散乱したガラスに走り寄る。

 この勢いのまま死のう。皆のところに行くのだ。できれば死の世界から奴らを呪ってやる。それでいいじゃないか。

 ガラスをしっかりと握り、その鋭利な先端を首筋に当てる。冷たい感触が、俺の身を震わせる。

 俺の手で死ぬ。

 死んでやる。


「親父、母さん、皆、あっちで会おう」


 静かにそういうと、覚悟を決めて勢いよくガラスを喉に突き刺した。


 瞬間、電撃を走ったような激痛が俺を襲う。

 赤く染まった視界に煩いくらい耳鳴りがする。

 血が、俺の生命力が、物凄い勢いで外に零れ落ちていく。

 苦しい。

 でも今だけだ。

 死ねばそれもなくなる。

 数を数えろ。

 1、2、3、4、5……。

 もうすぐ解放、さ、れ、る。


 朦朧としかける意識の中で、幾多もの声が脳内を巡った。


『僕たちと君は一緒じゃない』

『加害者と被害者』

『そう、あなただったのね』

『騙していたのか? 親である俺たちさえも』


「はっ!?」


 それは、俺を糾弾する知り合いの声の数々だった。

 思わず、風穴の空いた喉が反応する。

 その中には両親の声も含まれていた。そんな言葉聞いたこともないのに、妙にリアルで俺がそれを言われているようだった。どういうことか、俺にはさっぱりだ。


『とぼけたんじゃねえ! もう、分かってんだろ!』

『この吸血鬼がっ!』

『あなたは、私の息子じゃないわ、この化け物っ!」


 俺に言ってるのか?

 俺が、吸血鬼、だって?

 違う。親父も母さんもそんなこと言わない。

 そんな言葉遣いじゃない。

 言わない、だけれど。


 その言葉には実感が伴っていた。


 否定……できない。


「なんなんだよ……これ」


 目の前で、喉から零れ落ちた血が、意志を持ったように蠢いていた。俺の混乱した意識を表すように、暴れてのたうちまわっている。


 血が流れ出さない。血が身体の中に戻っていく。

 身体が、血を一滴も失ってたまるかと唸っている。


 見るからに化け物だ。正常な人間の血が、こんな風になるか。俺が吸血鬼だと、それを否定したい。

 だが目の前の事実が、それを拒む。

 おまけにさっきまで無視していた俺の中のどす黒いものたちが、証拠となる。

 血の撒き散らされた広場で、二度もいい香りがするという感想を抱いた。

 返り血に染まった鎧を美しいと本気で思った。

 きっと聖騎士に首を落とされたのは夢じゃない。

 俺は死ねなかったのだ。化け物である俺は死ななかった。



『あなたが、ここでのうのうと暮らしていたから、私たちは死んだのよ』

『早くこの村から消えて』


 声が、攻撃的に俺を責め立てる。

 否定したいのに、否定できない。

 これは幻聴なのかもしれないが、彼らは本当にそう思っていたのかもしれない。

 一つ紛れもない事実は、


「俺がいたせいで……皆んなは死んだ」


 ということか。

 俺が聖騎士の言っていた吸血鬼で、そして皆を死に導いた。憎んでいた対象が俺自身だった?


 そんな馬鹿な。俺が皆を? 俺が化け物?




『早く、出て行けぇえ!』


「ぁあぁぁぁぁぁぉ!」


 違う違う違う違う違う違う違う!

 俺のせいじゃない! 俺のせいじゃない!

 俺は吸血鬼なんかじゃない!

 人間だ! 人間だ!


 自分の殻の中に閉じこもって、俺はひたすら走った。

 そして、村から逃げた。





序章は主人公が、国を滅ぼそうと覚悟を決めるところまでで、あと三話か四話くらいの予定です。そんなに長くはならないと思いますので、是非!

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