オートバイ
その晩、リサは夢を見た。
向こうに置いてあるTR-1に乗っている夢だった。
大柄なTR1は、案外にスリムで、しなやかな足回り。
たっぷりとしたサスペンション・ストローク。
メイン・スタンドを外すと
猫が伸び、をして目覚めるように、たっぷりと沈む。
キーを差込み、右にすこし捻ると
グリーンの、ニュートラル・ランプが光る。
右手のセルモータ・スイッチを押すと
自動車のセルモータのような、ギアが飛び込む音がして
ぎゅん、しゅるる。
エンジンが掛かる。
ひゅん、ひゅるひゅる。
静かにアイドリングをしている。
スロットルを捻る。
ひゅるん。ひゅるるる。
軽快な排気音だが、エンジンは大きく揺れる
72°クランク、V型2気筒空冷エンジン。1000cc。
回転が下がってから、クラッチ・レバーを握り、少しして。シフトペダルを静かに踏む。
かちゃり。
エンジン・オイル共用のミッション・オイルだから、湿式多板クラッチは、若干
最初は切れにくい。
だから、クラッチを握って、一寸待ってあげると
ミッションが傷まずに済む。
さあ、発進だ。
ぽん、と
クラッチをアイドリングでつないでも、1000ccもあるので
そのまま走ってゆくが
そうはせず、ゆっくりと走り出す。
アクセルを不用意に開くと、強大なトルクをタイアが受け止められずに
空転してしまう。
特に朝など、タイアも道路も冷えているから。
でも、低重心なので、慌てなければ危なくない。
スキーのように、滑りながら進んでいける。
それが、このTR1の特異な操縦性である。
ヤマハでも、このTR1のみであった。
さあ、走れ走れ。
とはいっても、のんびりとした排気音なので
飛ばしている実感は少ない。
が、速度はどんどん増してゆく。
100km/h程度なら、エンジンはほんのハミング程度の回転数である。
そこからのカーブ。
軽く、ブレーキを掛けながらシフト・ダウン。
3速か2速に入れ、傾けながらスロットルを少し大目に開き
タイアの反力を感じながら、ライダー自身が内側、すこし前に移動すると
後輪が、緩やかな弧を描き、外へと出て行こうとするので
それを、スロットルと、自身の体の位置で調節しながらコーナーを抜けていく。
TR1にしかない操縦性である。
フレームをしなやかに造り、カーブでは適当に力を逃がしてくれるような設計。
普通に乗っても軽快なものであるが。
山間部などの道路を駆け抜けるのは、とても楽しい。
オートバイにしかない、特殊な楽しみである。
はた、と、リサは目覚める。
「夢、だったのか・・・。」
バイク、持ってくれば良かったな。
とはいえ、寮からは400kmくらい離れているので
乗ってくるのはちょっと辛いし、単独行動になってしまう。
もう、夜明け。
静かに部屋を出て、廊下を歩いて。
縁側の向こうにある小屋をふと、見ると・・・・。
オートバイのようなヘッドライトの輝きが見えた。
「なんだ、あれは・・・?」と、
玄関から、サンダルを履いて見に行った。
四角いヘッドライト、低くスリムなカウリング。
しかし、ワイドなタイア。4本あるマフラーの2本は、シートの下を通り
テールランプの横に出ている。
「RZ500」と、リサは気づく。
アルミフレーム・173kg。95ps。
84年当時のGPマシン・レプリカとして
作られたオートバイだった。
前年、スクエア4エンジンのTZ500、V4エンジンのYZR500で
ケニー・ロバーツ、バリー・シーンらが大活躍。
チャンピオン・マシンふうに作られたロードバイクである。
「へぇ。」と、あちこち眺めてみると
特に変なところはなさそう。
ブレーキ・ペダルの軸が、オイル切れで
そこにあったシリコン・スプレーを掛けて、踏んであげると
動くようになった。
「おや、おはようさん」と、おばあちゃんが起きて来て。
リサは「おはようございます。起こしてしまいました?ごめんなさい」
おばあちゃんは手を振り「いやー、もう野良へ行く時間だ。
そのバイクね、息子が若い頃乗っておった。乗っていいよ。」と
ありがたいお言葉(笑)
キーはついていたので、燃料を落とし、キックすると
オイルが固まっていたので、キックが降りない。
「あとで、ちょっと見るか。」
朝ご飯を食べた後、作業着に着替えたリサは
オートバイ小屋に行く。
スパーク・プラグを外し、プラグ穴からさっきの
シリコーン・スプレーを吹く。
固着していると、ピストンを傷める。
後バンクは、シートの下なので
燃料タンクの前にあるボルトを外し、車載のワイアを使って
ボンネット宜しく開いてあげる。
それで、同様にプラグ穴からシリコーン・オイル。
「これでいいかな」
錆びていなければ、動くだろう。
車体をゆすり、5速に入れて
ちょっと押してみる。
ピストンが動く音がして、緩めてあったプラグ穴から
空気が漏れる。
「大丈夫ね。」
そのまま、4速、3速と落として
クランクが1回転するのを確かめた。
キックも降りるようになった。
「よし!」
プラグを締め、燃料タンクを元通りにして。
イグニッションを入れる。
キック、1回、2回。
ヴァラヴァラヴァラ・・・・。と、
特異なエンジン音。
V配列2軸、4気筒。
掛かったはいいが、スロットルが固着しており
動かない。
キャブレターがオーバーフローし、ガソリンが漏れてきた。
「あれあれ・・。」
エンジンを止める。
「キャブレターを分解清掃すれば、直るね。」
リサは、にっこり。
おばあちゃんの息子さんの、タクシーのおじさんが来て
「おお、動いたか。もうダメかと思ってたっけなぁ。」と。
っけなぁ=方言(笑)。
「おはようございます。このバイク、おじさんのなんですね。
すみません、勝手に。」と、リサ
「なもなも。直してくれてありがとぉ。」
なもなも=いやいや(方言)。
おじさんの話では、これはアルミフレームに95psエンジンの
日本仕様の、エンジンだけ豪州仕様と同じにしたものだ、との事で
新車で買って、そのように改造したそうだ。
まだ、走行は12000kmで、これから、と言うバイク。
「ずっと乗ってなかったんですね。」と、リサが言うと
「そぉ。もう年だし。乗ってあげて。バイクも喜ぶよ。その方が。」
はい、と、バイクを見ると
ミシュランのラジアル・タイアが入っていたり。
あちこち、手が入った感じ。




