トロッコ
社長さんは「それでは、ごきげんよう」と、白い、上品な小さな車の
ドアを開ける。
かちゃり、と金庫みたいな音がしてドアが開くのは
とても高級に、めぐには聞こえた。
「いい車なんですね」と、言うと
社長さんは「妻のです。今日は借りて来ました。」と。
にこにこ。
ローズウッドの計器板は、本物の木材みたいに見えるので
めぐは「それ、木ですか?」と。
社長さんは「さあ、知りません」と言って指先で叩いて見ると
木材っぽい音がした。箪笥みたいな。
ハンドルも木材で、これは見れば判る。半透明のポリウレタン塗装なので
ニスに見えるが、堅牢で割れ難い。
イタリア製なのだろうか、アルミのスポーク部分に筆記体のサインが彫刻してあった。
シフトノブも木材。
シートは、どうやら張り替えられていて
綺麗な布張り。
「綺麗なシート」と、れーみぃが言うと
社長さんは「これは、妻の手作りです。革はかわいそうだと言って
革張りのシートではなく、布張りを選んだんです。新車の時」
Naomiは「新車から持ってられるんですか?」
車はいくらか詳しいNaomiには、自分のTR1よりも
更に古い車と言う事は、デザインの雰囲気から判るが
複製か、直した車だと思っていた。
社長さんは「はい、私でなく妻が、若い頃に買ったものです」
それを大切に乗っている気持は、なんとなく
4人には、機関車を大切にする気持に似ているように
感じられて
より、やる気が出てくる。
こういう人たちの為に、鉄道を走らせよう。
できれば、また、会社になるくらいにしたい。
お昼休みを終わりにして、リサは線路を点検することにした。
国鉄のおふたりは、一旦駅に戻ると言って
トラックで戻った。
「点呼ね」と、リサ。
なにそれ、とめぐが言うと
「学校でやったじゃない。出るときと入る時に連絡するの。」
と、言うとれーみぃが
「はいりまーす。でまーす。」
Naomiが「何か勘違いしてないか?」
「ああ。いい気持」と、れーみぃはふざける。
「やっぱりなぁ」と、リサは呆れる(笑)
めぐは「した事あるの?」
れーみぃは「んにゃ。ある訳ないよ。誰とするのよ女子校で」
リサは「うちの学校も珍しいよね。鉄道なのに女子って。」と言うと
Naomiは「男子は、放って置いても入れるんじゃない?」
めぐは「そうかもしれないね。機械とか、法律とか。あんまり女の子職場って
感じじゃないね。やってみて思うけど。」
「まあ、いたら危ないのもあるね」と、Naomi。
怖いよね、とれーみぃ。
「いや、れーみぃが居たら男子が危ない」と、リサ。
「襲われそうだもんね」と、Naomi。
わはは、とみんな笑ったが
れーみぃは「そんな事しないよーだ。」と、でも笑って
「少しは期待するかな、やっぱ」
はい、と、リサは線路用のつるはしを持ってきて「これだもんねぇ。重いし」と。
工場から見つけてきた、トロッコだった、平らな車体の端に
シーソーハンドルがついていて、井戸みたいに
ふたりで交互に押すと動く。
それに乗せて。
工場の真ん中の、岸壁の方への線路に向けたが
急カーブを曲がるのがぎりぎり。
「これじゃぁ、機関車入れないね、端っこまで」と、リサ。
「手で積んで、押してたのかな」と、Naomi。
「それは重いよね。」と、めぐ。
「男っぽいね、それ」と、れーみぃ。
とりあえず、工場の前まで出ないと、と
トロッコにつるはし。
「予備の枕木とか、犬釘はいいの?」と、リサ。
Naomiは「点検して、場所を記録して後で一気にやった方が
効率はいいわね。枕木交換は、たぶん私達でやったら
一本変えるのも難しいと思う。一日じゃ」と。
「そっか。まあ、こないだまで走ってたんなら平気かな」と、れーみぃ。
「そうだといいけど」とめぐ。
「レールは水平もあるから、無闇に叩いたりしないほうがいいと思う。」
と、リサ。
Naomiは「うん。これは、釘が緩んでたら押せないかと思ってね。
点検ハンマーで緩みを見て」と。
トロッコを動かそうとすると、れーみぃとめぐは乗っていて(笑)
「なんで乗ってるのよ」と、リサ。
「どして?」と、めぐ。
「トロッコはつるはしが重いからと、レールの傾きを見てるの。歩くのよー。」
と、Naomi。
「ひえー」と、めぐ。
「ひえー、ざんえんりゃくじ」と、れーみぃ。
なにそれ、とリサは笑う。
比叡山延暦寺ね、とNaomiは
「奈良時代のぎゃぐかいな」と、笑った。
「さて、行こうか」と、トロッコを
手で押しながら進むリサ。
意外に軽く動く。
めぐも押すけど「こんなに軽いの」
れーみぃは「鉄だもんねぇ、レールと車輪」
めぐは「ああ、μね。」と、摩擦係数の事を言う、理系めぐ。
「ミューズね、美の女神、わたしたちかしら」と、れーみぃ。
「れーみぃのは美っていうか、耽美とか、妖美とか」と、Naomi。
「あんまり美しくないほうじゃないのか。」とリサは笑う。
「石鹸じゃないの?よく、蛇口にビニールの網に吊られてたの」と、めぐ。
「あー懐かしいなぁ、小学校の時とか。あれでしゃぼん玉作ったり」と
リサは、歩きながらトロッコを押してたけど、停めようとすると
結構力が要る。
「これ、危ないね。ブレーキないのかな」と、リサ。
Naomiは「ハンドル押さえれば停まるのかな」と。
「貨車なら、足ブレーキがあるけど、あと、レールブレーキとか」と
リサ。
操車場で貨車を機関車で押して、機関車だけ停めると
貨車だけ転がっていく。
それで、目的の編成に連結するのだけど
貨車掛が、飛び乗って足でブレーキを踏む。
ステップのところに、ブレーキシューにつながっている
テコがあって、そのペダルを押すのだけど
危ない仕事なので、今はあまり見られない。




