巨大ケーキを作って、食うだけの話。
昔から自分には、一つの夢があった。
ケーキ屋に並ぶ、苺のショートケーキを腹いっぱい食べると言う夢だ。
もちろん食べる時は、お上品に銀食器のフォークなんか使わず、クリームの甘さと苺の酸味が鼻をぶん殴るぐらいの乱暴な手づかみで食べたい。それに、ショートケーキなんていう、ご機嫌で、お上品で、お生ぬるいもんじゃない。がっつり生クリームでコーティングされて、スポンジがデデンと一塊になった、円状のホールケーキで食べたいのだ。
大人になった私は、とにかく子どもっぽく馬鹿馬鹿しい夢のために、幾千万という金をかき集め、本物の材料と本物の調理器具、そして世界中で著名な一流のケーキ職人から、いつもは120円の偽ケーキをケーキと称して売っているような場末のケーキ屋職人まで、とにかく人と物をかき集めた。
そして、ついに…
「出来ました! 直径3m、高さ6mの100号のホールケーキです!」
「おお、ついに出来たかね!」
感無量だった。
ビル建設予定地を丸々借りて、工事中と書かれた囲いの中で作った巨大な建物のようなホールケーキ。
特設の巨大オーブンを使って、三日休み無く焼き上げられた、普通のケーキ何百個分にも相当する、スポンジケーキのブロック塊の重さは7トン。どれも焼きたての良い匂いが残っており、それでいて肌触りは、羽毛のベッドのようにふわふわ。職人の、少々の愛嬌でつけられた焦げ目が、またなんともいえない甘い香りをかもし出す。
そして、これまた特設の巨大パレットナイフでスポンジの上に塗りたてられたクリームの総量5トン。職人が一日かけて徹夜で塗り伸ばし、見た目の質感から言って滑らかでしっとり、味見と称して一口指で舐めれば、淡雪のように軽い口当たりと、それでいて口いっぱいに砂糖とバターの甘みが広がる、まさに毒のような禁忌の甘さ。
クリームの上には、収穫量にして畑一個分はあると思われる丁寧に処理がなされた、宝石のような赤い苺の海。内部の苺スライスと合わせて、使用された苺の数、なんと1万飛んで6500個。どこぞの童話で聞くお菓子の家なんて、一息で潰してしまうような甘味の巨塔が、今ここに完成したのである。
この話を聞いて、TV局が取材に来た。
100号という前代未聞の巨大なケーキを、独り占めしようというのだ。人の不幸と面白いことなら、倫理を蹴ってでも食いつくTV屋にとって、それは面白くて仕方ない光景だった。
だが、私はTV局の取材を断った。
いくら金を詰まれようが、自分の快楽のためだけに作り上げた、この甘みの塔。近年の甘みブーム従って、『タワーオブスイート』とでも名づけようか。こいつを食うのに、人の目があったら、自分としても食べるに食べにくい。マスコミの隠し撮りを避けるために戦争慣れした外国人傭兵部隊300人を警備員として雇い、私は念願だった夢のクリームの海へ、帆を立てて出航した。
「むおおお!!」
この日のために仕立てた、イタリア製の黒いタキシードが、一気に白いクリーム色に変わる。6mのホールケーキの陸地に、がっつり外壁から飛び移り、まるで白蟻にでもなったように、無心にケーキの壁を食い尽くす!クリームを全身にぶつけながら、苺を片手に口に放り込むと、舌は今まで感じたことのないような甘みに支配され、私の口には、一気に広がる甘い世界の誘惑に堕ちてしまった。
甘い!甘い!実に甘すぎて!甘すぎて良い!
ムシャムシャムシャ…
クリームと苺の第一層を突破した私は、ついに厚いスポンジ部分に突入した。
一口食えば、完全に意識を失うほどのスポンジの重厚感。寝転べば一面カステラのような黄色いが広がっている。その黄色の大地を、手で乱暴に千切って口に入れれば、それは柔らかな感触と供に、プロボクサーのアッパーにも似た強烈な甘味の洗礼が、胃の中を襲う。むむむ…こいつは手ごわい。
ムシャムシャムシャ…
うえっぷ。そろそろ胃が苦しくなってきた。
クリームの第二層、スライスされた苺の入ったクリームの荒波が、私の食欲を奪う。私は、ヤレヤレと言った感じで口にクリームを入れて、甘味のダンジョンを進むが、一向に楽しく無い。今まで感じていたはずの甘味への飽くなき充足が、「もう甘い物はたくさんだ!」と、一気に罰へと変わる瞬間。自身の満腹中枢が、完全に飽和しているのだ。
ムシャ…ムシャ…
だめだ。もうだめだ。すいません。神様。私。甘いもの。大嫌いです。
なんとかクリーム第二層を突破した私だったが、すでにクリームに塗れたタキシードの内側の腹はパンパンに膨れ上がり、息をすれば気持ち悪くなるぐらいの甘い吐息が放出される。ケーキを食べよう食べようと作り上げた夢の果てに、ふがいなく敗れた私は、その甘みへの情熱が消えてゆくのを背筋に感じていた。
「うう…すまん。このケーキを食べきるのは、うっぷ。無理だった。」
私は、万が一のために用意した連絡用の携帯電話を使って、事実上のギブアップを職人達に宣告した。掘り進めたケーキの大地の上に見える空から、一筋のロープが投げこまれ、私はそれにすがるようにケーキのダンジョンから脱出した。
総摂取カロリー22000cal。総摂取糖分125g。
成人男性でも、一発で糖尿病になり兼ねない量だった。
「じゃあ、例の人達を呼んでくれ」
私は、口からケーキが出るのではないかと感じるほどの嫌悪感を示しつつ、職人の一人に、連絡をさせた。そう、実はこの夢には、続きがあるのだ。
「「「いっただっきまーす!!」」」
こんな非科学的なほど巨大なケーキを夢と称して作り上げといて、一人で食べきれない予想をしているというのは、男として実に情けない話なのだが、正直私も一人で食べきれるとは思っていなかったので、私が一人で満喫した後は、両国から読んできた力士100人、飢えたプロレスラー200人、成長期の中学生500人に、この私の夢の残骸を振舞う事にしてあった。
ムシャムシャと巨大ケーキを食べる、甘みと食欲に飢えた人間達の後姿を目で追いながら、私は病院に向かう救急車の中で一言呟いた。
「夢ってのは、ショートケーキぐらいが一番だ」
暖めてる作品が進まない時って、むしょうに駄小説が書きたくなりますよね。