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沼の街の物語  作者: 紅雪千雨
序章
1/4

とある夜の街並み

 その街は、人で溢れかえっていた。肌の色、身長の大小、牙の有無、角の有無、耳の長短……種族を分け、国を分け、時には修復不可能とまで言われる対立を生んできたそういう差異が、この場所ではなんと小さく取るに足らない区別であろうか。

 色とりどりながらもどこか毒々しい魔法灯の輝きに煌々と照らされているメインストリートはもはや、人種の坩堝という言葉では足りないほどに様々な種族で埋め尽くされている。

 歩く人々の共通点を見出そうとするならば、二足歩行であり、腕が二本あること、などという部分まで大きな括りにしなければならないだろう。


 世界平和、という言葉を時折どこかの王であったり、学者であったり、皇帝が口にしているが、それを最初に実現しているのはこの街なのかもしれない。

 右に目を向ければ、エルフとドワーフが種族仲など端から知らぬ、と言わんばかりに酒を酌み交わし、左を見ればヒューマンとオークが戦争の歴史など過去のもの、とばかりに肩を組んで千鳥足だ。

 もしかしたらこの街の路地裏では猫と鼠がラインダンスでも踊っていて、犬と猿が互いの武勇伝でも語り合っているのかもしれない。


 では、と路地裏に目を向けてみればなんのことはない。

 酒場の裏では衣服とは呼べないようなぼろきれだけを身に巻いた浮浪者が残飯を漁り、まだ多少身のついた魚のアラを見つけては大事そうに抱えて逃げていく。

 娼館の裏では何やら粗相を働いたのだろう、顔に傷のある強面の男が、黒い服を着た数人の男に囲まれて血塗れになりながら金貨を差し出して命乞いをしている。

 ヒューマンとドワーフはこそこそと何やら金勘定について人目を避けて話しているし、エルフとオークは攫った攫ってないなどと唾を飛ばして言い争っている。


 ならば、と様々な店の中へと目を向ける。

 酒場ではごちゃごちゃとしたテーブルと客の間を縫うようにして店員が右から左、奥に手前にと駆け巡る。

 顔を赤らめた酔っ払いがその尻を撫でようとするも、舞踊のようにその手をかわして店の奥へと消えていく。その客の会計にお触り代を足しながら。

 娼館ではご立派な服を着て煙草を燻らす成金が、見目麗しい娼婦の肩を抱いて部屋へと消える。見送るスタッフの顔はあくまでにこやかだ。

 その横では勘違いした客がまた一人、黒服の男に路地裏に引きずり込まれた。娼婦はプロであり、商品である。奴隷かなにかと勘違いするような者は、もはや客ではないのだ。



 ここは『パルース』。沼という意味を冠する、今や世界一の歓楽街である。

 この街では全てが等しい。貴族であれ平民であれ、ヒューマンであれエルフであれオークであれ、誰であろうとも、等しい。

 等しく、この『沼』とそこに居並ぶ店のルールのみに従わねばならない。

 金貨の詰まった袋でも、勲章の並んだ軍服でも、同情を誘う涙でも、そのルールを決して曲げることはできない。


 ――ここは甘くて熱い底なし沼。沈めばその快楽からは、抜け出せない――

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