第8話:3日目③ ~キラーグリズリー実食~
俺達3人は手頃な木を探す。切りやすいように細く長い、それでいて武器や防具にも使うのでなるべく堅い木を。
精霊達の行動範囲外に出ないように慎重に探していたため、多少時間がかかってしまったけど幸いにも近くに該当する木があった。
「じゃあマナト頼む!」
「お任せください!」
マナトは笑顔で斧を手に木に打ち付けた。数回打ち付けると木には明らかな溝ができる。
おお、すごい。この調子ならすぐに切れるだろう。
しかしもう少しで切れるというところでマナトは手を止め、残念そうな表情で戻ってくる。
「すみません⋯刃が潰れちゃいました。」
「あちゃー、やっぱ木だと脆いなー。」
と言いつつブリーズは斧に形成魔法をかけ、潰れた刃を復活させる。
マナトは復活した斧を持って再び木に向かい作業を続ける。
だいぶ深い溝が入り、木がバランスを崩し始めた所でマナトは手を止め、距離を取って助走をつけて木に体当たりする。
バサバサメキメキ音を立てて木が倒れた。
木が切り離されてしまえば形成魔法が使えるので、その場で解体用のナイフを作ってもらう。
「頼むよ。ブリーズ。」
「ほいほーい。」
作ってもらったナイフは、ナイフというより短剣のようなものだった。大きい獲物を捌く時はこれくらいがいいらしい。
「では主様!キラーグリズリーを出していただいていいですか?」
湧き水の近くにキラーグリズリーの死体を出す。
これを見ると襲われた時の恐怖が蘇ってくる。今にも動き出して襲ってきそうだ。
でもアイテムボックスに収納できていたということは確実に死んでいるということ。俺は自分を落ち着かせるように大きく息を一つ吐いた。
キラーグリズリーの死体を見てブリーズが
「マナトのあんちゃん⋯よくこんなの1人で倒せたなぁ⋯」
とつぶやいていた。マナトは照れ臭そうに
「いろいろ幸運が重なったんですよ!普通だったらとても倒せません!」
と言っていた。
そうなのだ。この魔物は強い。俺が最初に召喚したのが戦闘が得意な火の精霊でなかったら確実に死んでいた。
そう考えると神様もなかなかハードな設定にしてくれたもんだ。
そういえばまだこのキラーグリズリーを鑑定してなかった。鑑定してみよう。
キラーグリズリー
グリズリーの中位種。非常に好戦的な性格で特に空腹時には格上の敵であっても見境なく襲いかかる。戦闘力が高く、いっぱしの冒険者でもよく被害に遭うことからキラーの名を冠する。
討伐難易度 C
おおう⋯なかなか濃い説明文だ。
しかしこの魔物で討伐難易度Cか。ゴブリンがF、ホーンラビットがGだったから、だいぶ格上だな。
「さて、では解体を始めます!今回はしっかり血抜きさせてもらいます!」
とマナトが苦笑まじりに言う。前回の失敗を学んでくれたみたいでなによりだ。
「じゃあオイラは切り倒した木を拠点に運んどくぜー!レインのあんちゃんはまだMPが回復しきってなくて動きにくいだろうから休んでてくれよなー!」
ブリーズはそう言いつつ倒れた木に形成魔法をかけて運びやすい大きさにカットしていく。
しかし見た目が中学生のマナトに魔物の解体をさせて、見た目が小学校低学年のブリーズに重い木を運ばせている状況では何とも休みにくい。
「ありがとう。でも俺も運ぶよ。その切り分けてくれた木を一つずつだったら運べそうだ。」
と、運搬に加わることにした。
もちろん自分1人だけ休むのは気が引けたというのもあるが、本音を言うと解体現場にいるのはキツかった。
平和な現代日本に生まれ育ち、グロ耐性のない俺にとっては正直無理だ。
現に血抜きしているだけでなかなか濃厚な血の匂いがしてきている。解体が始まったらもっと濃厚な匂いがするだろう。
今や自然に生きる身なのでそんなことは言ってられない状況なのはわかっているが、少しずつ慣らしていきたいと思う。
ブリーズと一緒に木を運び始める。魔物に襲われたら大変なので、ブリーズと行動を共にする。
久々に力仕事をした。日本では介護の仕事をしていたのでしょっちゅう力は使っていたが、こっちに来てからは初めての力仕事だ。
体を動かしているとお腹が空いてくる。早くキラーグリズリーを食べてみたいものだ。
そうなると不思議と血の匂いもあまり気にならなくなる。我ながら現金なものだ。
途中途中で解体で出た内臓などのいらない部分をアイテムボックスに収納したり、ブリーズが解体用ナイフの切れ味を回復させたりしつつ木を運ぶこと約10往復。やっと拠点である横穴に全ての木を運び終えた。
実は半分ほど運んだ時点で気付いてしまった。気付いてしまっていたのだ。
アイテムボックスを使えば簡単に運べたことに。
そこらへんを失念するあたり、まだ自分のスキルを使いこなせていないということだろう。
しかし体を動かして労働する気持ち良さに浸っていた所だったし、やはり解体現場に居たくないというのもあったのでそのまま運び続けた。
全て運び終わってからブリーズにアイテムボックスのことを告げたら
「ひどいや!レインのあんちゃん!もっと早く言ってくれよー!」
と怒られてしまった。まぁ当然だろう。とりあえず平謝りしておいた。
そうこうしているうちにマナトの解体作業も終わったようだ。
とりあえず解体後の全ての物をアイテムボックスにしまう。
体長2メートルちょいあっただけに、肉も骨も毛皮もかなりの量になった。
3人で横穴に戻り、さっそく捌いたキラーグリズリーの肉を食べる準備をする。
マナトには焚き火を。ブリーズには肉を刺す串を作ってもらう。
今回はブリーズにマグカップも人数分作ってもらう。今まで水を飲む時はアイテムボックスから手に出して飲んでいた。
マグカップがあるだけでずいぶん文明的になった気がする。
飾り気のない木のマグカップは思った以上にお洒落で気に入った。
作ってもらった串に肉を刺し、遠火で焼いていく。
この時点ですでにホーンラビットの時とは明らかに違った。
まず肉汁がすごい。焼くにつれ滴るように肉汁が出てくる。
そして匂いだ。ホーンラビットの時はほぼ無臭だったが、キラーグリズリーは香ばしく濃厚な肉の匂いがする。これだけでご飯が食えそうだ。
「主様ー!そろそろ良さそうですよ!どんどん食べてください!」
マナトからお許しが出た。さあ食べよう。
かなり熱いので火傷しないような冷ましながら少し囓ってみた。
「なんだこりゃ!美味い!美味いぞ!」
思わず声に出てしまった。それほど美味かった。
口に入れると肉汁が溢れ出す。その肉汁は甘みすら感じる程にまろやか。
そして後から肉の味が追ってくる。濃厚でいてクセのない味だ。
空腹だったせいもあると思うが、この肉はとても美味い。これが討伐難易度Cの実力。
Cでこんなに美味いのだったら、さらに上のランクの肉はどうなってしまうのか⋯⋯いつか食べてみたいものだ。
この肉なら塩が無くてもイケる。あったらあったでさらに美味くなるだろうが、現状ではこの肉で十分以上に満足だ。
「この肉は美味いぞ!2人もどんどん食べてくれ!肉は食べきれないくらいあるからな!」
マナトとブリーズも肉を食べ始める。ブリーズは純粋に「こりゃうめーな!」と言っていたが、マナトは前回のホーンラビットと比べたらしく、衝撃すら受けているようだ。
「主様⋯身の危険はありましたが、キラーグリズリー倒せてよかったですね!」
全くもって同意だ。本当にマナト様々だ。
俺たちは最小限の会話だけで、あとは夢中になって肉を食べた。
最終的に食べた肉はびっくりするくらいの量だった。
満足だ。もう食えない。美味い物で腹が満たされるというのは本当に幸せなことだ。
この感情は日本に居たら感じられなかっただろう。ありがたやありがたや。
「ブリーズ。だいぶ魔法を使わせてしまっているが、MPは大丈夫か?」
「それが、そろそろガス欠なんだ。あと少しなら使えるけど、大掛かりな形成魔法はちと無理だなー。」
「それならマナトの武器を作ってやってくれないか?マナトのMP節約にもなるだろうしね。」
「それくらいなら大丈夫だぜー!マナトのあんちゃん、武器は何がいい?」
「木製なので槍がいいですね!槌もいいですが槍のほうが使いやすいです!」
「りょーかい!」
ブリーズは木材を持ってきて形成魔法をかける。みるみるうちに槍が出来上がった。
うん。やはり形成魔法はすごい。植物のみの形成魔法でもこれだけ便利なのだから、土の精霊が持つパーフェクトな形成魔法があったら一気に文明が進むだろうな。
「ブリーズさん!ありがとうございます!」
槍を受け取ったマナトは素振りをして使い心地を確かめる。
なかなかどうして様になっている。流石だ。
「さて、俺とブリーズはMP回復のために休むとしようか。マナト、悪いけど見張りをしてくれるかな?」
「もちろんです!武器も作ってもらってMPも節約できますし、バッチリ見張っておきます!」
「ありがとう。でも慢心はしないでくれよ。強い魔物が来たらすぐに知らせてくれ。ブリーズにも出てもらうからね。」
「だぜー!マナトのあんちゃん!」
「了解しました!ゆっくり休んでください!」
まだ夕方にもなってない時刻だが、今日はゆっくり休むとしよう。
太陽が出ると同時に起きて太陽が沈む前に寝る。
なんとも自然的でいいじゃないか。
ではおやすみなさーい。