第5話:2日目④ ~初めての戦闘と命の危機~
すぐ目の前にいたその熊の体長は2メートルちょっとあるだろうか。180センチの俺より余裕でデカイ。
そんな灰色の熊が殺意剥き出しの表情でこっちを見ており、両手を広げて立ちはだかっている。
あまりに急な出来事に恐怖することも忘れ、ただその熊を見つめていた。
思考は完全にストップしていた。
するとその熊は「ガルァ!」という声とともにその右手を横薙ぎに俺の左腕に叩きつける。
なす術もなく軽く数メートル吹っ飛ばされ、痛みを感じた所でやっとパニックが追いついてきた。
(ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!死ぬ!死ぬ!殺される!)
頭の中は「ヤバイ」と「死ぬ」と「殺される」で埋め尽くされていた。
吹っ飛ばされた体勢からなんとか立ち上がり、熊に背を向けて逃げようとした。
しかし熊が信じられないほど素早く、鋭い体当たりをしてきて、アッサリと再び吹っ飛ばされてしまう。
もはや本能に近い動きで起き上がり、逃げる所を探して辺りを見回すと、すぐ目の前に拠点としている横穴があった。
どうやら2度吹っ飛ばされることによって10メートルほど離れてた横穴の前まで来ていたようだ。
俺は迷わず横穴に逃げ込んだ。
わざわざ袋小路に逃げ込むのは自殺行為かもしれないが、このままこの広い草原を走って逃げてもあの鋭い体当たりで殺されてしまう。
それに横穴の入口らへんには焚き火がしてある。もしかしたら火を嫌って逃げてくれないかという淡い期待があった。
死に物狂いで横穴の奥に体を投げ込むように逃げ込み、熊の様子を伺う。熊の身長はこの横穴より大きかったため身を屈めてこちらの様子を見ていた。
このままどこかに行ってくれ!という俺の全力の願いも空しく熊は四つ足で横穴に入ってきた。
淡い期待を寄せていた焚き火も全く意に介さないとばかりに蹴散らしてズンズン入ってくる。
横穴が狭いせいか、近付いてくるスピードはゆっくりだ。しかし俺にとってはその一歩一歩が間違いなく死神の足音に聞こえ、ゆっくり近付いてくるスピードも恐怖を煽る演出にしかならなかった。
やがて熊は手を伸ばせば届く距離にまで来た。
殺意に満ちた表情のまま右手を後ろに引き、鋭い爪を俺に向ける。どうやら俺を突き殺すようだ。
パニックの極みの状態に陥りながらも何とか生きるために俺が取った行動は、右手で顔をガードするという極めて頼りない行動だった。
「ガルァ!」
と一際大きな声を上げて熊の鋭い爪が俺に向かってくる。
もうだめだ!と思った、次の瞬間
「ファイヤーアロー!」
という声とともに熊の体が一瞬震える。と同時に俺に向かって突き出されていた爪も動きを止めた。
爪は俺の腹に向かって突き出されていたようで、あとほんの数ミリで俺の腹に到達するところだった。
熊と壁の間から声のした方を見てみると、そこには左手をこちらに向けた体制のマナトがいた。
その表情は恐怖に満ちており、真っ青だった。脚も震えているようだった。
「グルルルルルル」
熊は苛立ったような表情を浮かべて俺に背を向けてマナトに向き直る。
熊の背中には一箇所焼け焦げたような跡があり、流血していた。
やがてマナトを敵と認識したのか、俺を放置してマナトの方へ歩いていく。
「うわぁぁぁ!ファイヤーボール!ファイヤーボール!ファイヤーボール!ファイヤーボール!ファイヤーボール!」
バレーボールくらいの大きさの火の玉がマナトから無数に投げられる。
狭い横穴の中では避けようがないらしく、熊は全てのファイヤーボールを激しい音をたてながらにその体に受けていた。
熊はファイヤーボールを受け続けてなかなか前に進めないようだったが、それでもジリジリとマナトに近づく。
「来るなぁぁぁ!倒れろぉぉぉ!」
とマナトは叫びながらファイヤーボールを熊に投げ続ける。
「グ⋯グガ⋯」
熊も弱ってきているようだ。それでもなお進みは止まらない。
やがてもう一息でマナトに届こうかという距離で
「グガァァァ!」
最後の力を振り絞ってマナトに襲いかかる。マナトは意を決した表情で
「ファイヤァァァアロォォォ!!!」
火の矢がマナトから放たれた。その矢は熊の体の真ん中らへんに突き刺さる。
どうやらそれが最後の一撃になったようだ。熊は声も上げずに倒れこんだ。
目からは命の光が消えていた。
同時にマナトも倒れこんだ。倒れこんだマナトを見て俺は我に帰る。
「マナト!」
急いでマナトに駆け寄りたかったが、倒れた熊が邪魔だ。
もう死んでいたのでアイテムボックスに収納してマナトに駆け寄った。
「主様⋯大丈夫⋯でしたか⋯?」
マナトにそう問われ、そこで初めて自分が満身創痍であることに気付いた。
全身擦り傷切り傷だらけ。打ち身も多く、体が悲鳴を上げている。おまけに最初に殴り飛ばされた左腕は力が入らない上に動かない。多分折れているだろう。
それより。
「それよりお前はどうなんだ!?大丈夫か!?」
「僕は大丈夫です⋯魔法を使い過ぎて魔力が切れただけです⋯。少し⋯休めば動けます。主様は⋯ダメージを受けたようですが⋯大丈夫ですか⋯?」
そうか。魔力切れか。確かにマナトがダメージを受けた様子はなかったのに倒れたのはおかしいとは思っていたが、そういうことだったか。
そういうことならマナトの言うとおり、休めば動けるようななるだろう。
問題は俺の方だ。
マナトに今の俺の状態を話した。
心配させまいと思って嘘をついて軽く言おうかとも思ったが、バレた時に余計心配されそうだからと思い直して正直に話した。
「主様、重症じゃないですか⋯僕が回復魔法を使えればすぐに治せたんですが、使えないんです⋯すみません。」
おお、回復魔法か。確かに回復魔法があってもおかしくないな。
「回復魔法を使えば折れた骨も治るのか?」
「はい。治ると思います。」
「ふむ。なら俺が召喚できる精霊で回復魔法が使える精霊はいるか?」
まだ見ぬ精霊を召喚して回復してもらう。精霊の加護を発動させるためにもなるし、一石二鳥だ。
「回復魔法だったら⋯水の精霊と風の精霊が使えます。水の精霊のほうが回復魔法を得意としてます。」
なるほど。どうせなら回復魔法が得意な水の精霊を呼びたい所だが⋯
「じゃあ水と風、どちらの召喚のほうがMPの消費が少なくて済む?」
マナトは少し考えて
「風ですね。近くに水は少ないため⋯風のマナの方が多いです。僕|《火》の召喚で使ったMPが50だとしたら⋯風なら20くらいで済むと思います。」
おお!それは破格だ!
こうやって話してるだけでも腕は痛むし全身が痛い。
すぐにでも回復魔法が使える精霊を召喚して治してもらいたいので、ここは風の精霊にするべきかな。
ん?20だったらもう召喚できるんじゃないか?ちょっと見てみよう。
レイン
Lv.4
HP 8/50
MP 22/83
攻撃力 25
防御力 49
魔法攻撃力 56
魔法防御力 51
所持スキル 召喚魔法<下級>、ステータス閲覧、鑑定
固有スキル アイテムボックス
あれ⋯レベルが上がっている。しかも3つも。俺はただ熊にやられただけで倒したのはマナトなのに⋯なんでだ?
「マナト。俺のレベルが上がってるんだけど、なんでかわかる?」
「おそらく⋯僕が魔物を倒したからだと思います。僕は主様が召喚した精霊。その僕が魔物を倒したら⋯それは主様の魔法で倒したことになるんだと思います⋯。」
マジか。自分で敵を倒さなくてもレベルが上がるとかすごくね?
神様はチートな能力は授けられないとか言ってたけど、じゅうぶんにチートなのではないだろうか⋯
「3つも上がってるんだけど、さっきの熊って強かったのかな⋯?」
「さっきの熊はキラーグリズリー⋯グリズリー系の中位種です。実力的にはかなり強いです⋯。本来なら僕一人では到底勝てない相手ですが⋯今回はキラーグリズリーが主様を追って逃げ道のない横穴にいたので、なんとか倒せました。⋯あれが上位種のマーダーグリズリーだったら、さっきの状況でも僕はあっさり殺されてたと思います。」
マジか⋯ここら辺はそんな魔物が普通にうろついてるのか⋯
今まで強い魔物に襲われなかったのは運が良かったのかな?
どちらにせよ早く次の精霊を召喚して戦力をアップさせる必要があるな。
ってか!今気付いたわ!俺のHP 8って!死にかけてますやん!
確かに満身創痍で左腕なんか折れてるが、そこまでやられてたのか。
これは一刻も早く回復魔法を使ってもらわないとだな⋯
「マナト。今俺のMPが22あるんだけど、このMPで風の精霊を召喚するのは無謀かな⋯?」
「ですね⋯。下手したら主様が死んでしまいます。それにもう日が沈んでます。夜は魔物が活性化して凶暴さが増す時間です⋯。召喚魔法という珍しい魔法を使ったら魔力感知できる魔物が襲ってくるかもしれません⋯」
いかん。それは絶対にいかん。俺もマナトも弱り切ってる今の状態で強い魔物に襲われたら確実に全滅だ。
「なら、一晩休んで夜明けとともに召喚魔法を使うってことでいいかな?」
「はい。それがいいと思います⋯本来ならすぐにでも主様に回復してもらいたいんですが⋯僕が弱いせいですみません⋯」
「それは違うぞマナト。マナトがいたから今俺は生きている。マナトがいなかったら俺は確実に死んでいたんだ。そうだ、まだちゃんとお礼を言ってなかったな。俺を助けてくれてありがとう。本当に助かった。」
と言うとマナトは泣き出してしまった。
「泣く必要はないぞマナト。俺も弱いんだ。一緒に強くなろう。」
マナトはひたすら頷いていた。
「さて、そうと決まったら休もう。お互いボロボロだからな。マナトには悪いが、最低限だけの警戒はしてくれると助かる。」
「はい!わかりました!ゆっくり休んでください!」
鼻をすすりながら涙声でマナトがそう言った。
俺は少しでもMPを回復させるためにアイテムボックス内の精霊の水をマナト飲ませ、俺自身もがぶ飲みして横になり目を瞑った。
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